11.お土産があるようです
リーダー格の男は、一頻り叫び散らかすと、ギリギリと奥歯を嚙み締めた。
そして、すっと懐に手を入れる。目が細まり、据わった。
――カランッ!
木材を転がしたような、軽い音がした。
左手に、棒状の何かが握られている。それは、倉庫の天窓から漏れた光を受けて、妖しく煌めいた。
「あらー……。高校生相手に、そんなの出しますかー」
央世が、両手を広げながら、溜息混じりに吐きこぼした。
「ずいぶんと短い剣じゃのう。あれではちょっと長いナイフなのじゃ」
アードは、初めて見るのだろう。首を傾げていた。
「アード。あれはな、短刀とかドスとか匕首とか言ったりする刃物だ。ちゃんとした刀工がしっかり造ったものは、結構高いんだぞ?」
央世は、少し口を尖らせていた。やはり、男子は男子である。刀は好きらしい。
「おーおー。カタナじゃな! しかし、刀とは——もっと長くて、かっこよい装飾がされているのではないのかの?」
アードが、記憶を検索するように、こめかみに指を当てていた。
「アレは、白木拵えと言って――」
「はっ! クソガキが! ヒカリモン見て、ビビっちまったかぁ?」
どうやら自信を取り戻したらしいリーダー格の男が、スタスタと歩きながら央世たちに近付いていく。
「……はぁ。まぁ、いいけど」
央世は、左手の鉄パイプを――正眼に、構えた。
「なんじゃ、旦那様。わらわにやらせてくれてもよいのじゃぞ?」
「いや、お前……何するか分からんからなぁ……」
アードの言葉に、央世は顔を顰めた。
「むぅー。つまらんのじゃ……。わらわも遊びたいのじゃがなー」
アードはブツブツと呟きながら、唇を尖らせた。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞおぉおらああぁあ!!」
リーダーの男が、腰溜めに白刃を構え、走り出した。
凄まじい形相だ。
僅かの間だった。
央世の腹部目掛け、リーダー格の男は身体ごとぶつかっていった。斜め下から刺し込まれる、上向きの刃。覆い被さる身体。男の口角が、ギイッと上がった。
――殺った!
だが、白刃が央世に触れる刹那。蜃気楼のように、霧散した。気が、した。
――ガッ! キィン!
その思考が、形となる頃に——硬い金属音が、男の鼓膜を揺らしていた。
「……は? ……な?!」
リーダー格の男は、立ち止まり、己の手と、地面を交互に見やる。カラカラと音を立てながら、短刀が転がって行くのが見えた。
思考が、全く追いつかないらしい。壊れた人形のように、脚を震わせ、首をひたすら動かしている。
手が、微かに震えている。
どうやら衝撃を受けたらしいということだけは、数秒後に理解したようだ。じっと手のひらを見詰めた。
「て、てめぇ、何しやがった……?」
央世に向けた男の瞳が、揺れていた。
「何って……答える義理、ある?」
素早い振りで、打ち払っただけなのだが。
央世は、リーダー格の男に冷たい目線を送った。
「ふむふむ、これは良いものなのかのう? ぬふふ。気になるのじゃー」
カラカラと転がった短刀を、アードが拾う。
とてとてと走って、鞘も回収したようだ。
シュッパチン、シュッパチンと、納刀と抜刀を繰り返した。
「まぁ、帰る……というか、買い物行かなきゃなんで。もういいです?」
「は? て、てめぇ、どこまでも舐めやがって……! 俺ぁ中村組の者だぞ!」
リーダー格の男は、震えながらも青筋を立てた。
「へー。そうなんすねー。建築系かな? ご苦労様です。……おーい、アード。買い物行くぞー」
だが、央世は全く意に介した様子はない。
「ぬ? わかったのじゃー」
とてとてと走ってきたアードと、倉庫の扉に消えていった。
「くっ……! 絶対ェ許さねぇぞ……クソが……!」
リーダー格の男の声が、広々とした倉庫に空しく響いたのだった。
▽
「はぁー。マツリ、怒ってんだろなぁー」
央世は、アードを肩車しながら学校まで戻っていた。
「ふーむ。この刃は、幾重にも重ねられておるのか……? ふむふむ。太い部分と、刃先の硬さが違うようじゃなぁー。興味深いのう……」
そんなアードは、央世の頭の上で、短刀をマジマジと見詰めていた。
「ちょ、アード。街中でそんな物出してたら捕まるって。しまえしまえ」
央世は、表情を変えずにそう言った。
「ぬ? そうなのじゃな。おかしな世界じゃのー。無力な人族は、武器を持っておるものじゃろうに……」
アードは、眉間を寄せて、唇を尖らせた。
「いや、この国では、おおっぴらにそういう事したらダメなんだよ」
そんなアードに、央世は静かに諭す。傍から見れば、子守のようである。
「ふーむ。しかたないのう……。まぁ、見たところゴブリン以下の人族が暴れておったに過ぎぬし……弱き者には、楽な世界なのじゃなー」
そう言いながら、アードは制服の内側へ短刀を差した。
「楽……まぁ、そうなのかもなー。オレも、結構退屈してたからなぁ……。だから――つい、お前を拾う羽目になったんだし」
「ほほぉ……? そうなのじゃなー。わらわ、ただ飛ばされてきたからの、ちからの濃い場所に吸われたのかと思うておったのじゃが……。偶然とはいえ、旦那様がいてくれて助かったのじゃよ」
アードがニコリと笑った瞬間。
「あーーーー!!!! どこ行ってたのーーーー!!!!」
少し先に見える校門辺りから、甲高い怒声が響いた。茉莉だった。
「おお、すまんすまん。ア、アイス食うか? 奢ってやるからさ……」
央世が顔を引き攣らせながら、近づいた。
「あのさぁ、おうせ。アンタいっつもそうなのよ! 全然教えてくれないの! アイス食べながら訊くからね!」
「おう。いつもありがとな、マツリ。じゃ、まずはアードの上履き買ってからだな! モールでいいんだっけ」
央世は、ホッと笑顔を見せた。茉莉は怒っていたはずだったが
「わ、分かればいいんだけど……」
と、少し俯き、頬を赤く染めた。
「学校指定はモールにないよ。駅裏の指定店でしょ」
そして、顔を上げながらそう言った。
それでいいのか、茉莉。少々……いや、かなりチョロいのでは?
「おお、そっか。そうだった」
既に央世は、先程のことなど忘れたかのようだった。それくらいでないと、駄目だったのかもしれない。
「ふむ。あいす……。冷たい……食べ物じゃったのう。こちらの人族は変わっておるのじゃ」
央世の肩の上で、アードはそんなことを呟いた。
太陽が少し傾きかけた中、央世は走りだし、茉莉は自転車のペダルを踏み込んだ。
▽
「で、何だったわけ? 結構待ったんだけど」
ショッピングモールのベンチ。約束通りの、アイスをつつきながら、茉莉が訊く。周りは夕方ということもあり、平日ながら混んでいた。
「あー。朝のさ、続きって言うかさ……」
央世が口を開いたのだが。
「何やらチワワが騒いでおったのじゃ。『しかたない』とか言うて、旦那様が躾けたのじゃよー」
隣からアードが、脚をプラプラしながら言い放った。
「……え? チワワ? おうせ、いつからペットシッターになったの? そんなバイトしてたっけ?」
「いや、そうじゃなくって……」
目を丸くした茉莉に、央世が答えようとするのを、再びアードが遮る。
「ほれ、これをな、お礼といってお土産にもろうたのじゃ!」
すっと、白木拵えを取り出した。
「……え? 何その木の棒……」
茉莉には、それが何なのかすぐには分からなかったようだ。
「ちょ、アード! それはこんなとこで出すなって!」
央世が、少し焦った声を出した。
「おお、そうじゃったの。これは帰ってからのお楽しみじゃったのー」
くくっと喉の奥で笑いながら、アードが短刀を制服の内側に差す。
「オウセサン……。アナタ……マタナニカシマシタネ」
茉莉が何かを察したようで、ロボット語になっていた。
「あー……いや、朝さ。北条さん、助けたろ? その時の男が、仲間連れて仕返しに来たんだよ。中村組とか言ってたかなー。どこの会社か知らんけど」
「……えっ?! それって、暴力団ってやつじゃないの?」
茉莉が顔を青くしていた。
「ははは! 本物のヤクザが、そんな真似するわけないだろー。今時厳しいんだからさー」
央世は、カラカラと笑った。
「そ、そうなの?」
「一般人相手に名乗るだけで捕まるんだぞ? 騙りか半グレだと思うなー」
央世が頭の後ろに腕を組んだ。
「そ、そうなんだ……。で、二人とも戻ってきたってことは、解決したんだよね?」
茉莉が、央世の顔をじっと覗き込んだ。
「おお、大丈夫だと思うぞ!」
爽やかに答えた央世に、ほっとひとつ、茉莉は息を吐いた。
「そっか。ならいいけど……」
「旦那様ー。わらわ、早くこやつを観察したいのじゃー。帰りたいのじゃー」
茉莉が小声で呟いたところに、アードの大き目の声が被された。
「ん。まぁ、上履きも買ったし、マツリも食べ終わったし、帰るかー」
央世が立ち上がる。つられるように、二人も立ち上がった。
そうして、三人はモールを後にした。
辺りはすっかり夕暮れ。朱に染まる街に、三人の影が伸びる。
その光景を目に焼き付けて、アードは感嘆の声を上げていたが。
央世の一際長い影は――ずいぶんと――黒く見えた。
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