10.お買い物へ行こう!
「おう、そこのデケェにいちゃんよぉ」
触手の――集団の先端に歩み出たガラの悪い男が、肩を怒らせ、央世に近寄った。
「ん? オレ?」
央世が自身を指差す。
「てめぇ以外に誰がいるってんだぁ? デクノボーが!」
チンピラがひとり、横からしゃしゃり出た。朝、北条零に絡んでいた男だった。
「あー……どっかで見たことあったかな……? まぁ、オレちょっと忙しいんで、またにしてもらえる?」
央世は答えながら、チラッとアードに目線を送った。
「コイツの上履き買いに行かなきゃなんで」
「そうじゃぞ! わらわ、旦那様と約束したのじゃ! ほれ、下郎ども! 道を開けるがよいのじゃ!」
アードが一歩前に出て、バッと手を振った。張った胸が、ぷるんと揺れる。
「おい、アード。お前また……」
背後からの央世の声に、アードは慌てて振り向く。
「してないのじゃ! なんにもしてないのじゃ!」
そして、ぶるぶると左右に首を振った。
「なんだぁ? このロリ巨乳はよぉ? 売れそうじゃねぇか……」
チンピラが手を伸ばした――
「おい、待て」
その時。
アニキと呼ばれた男から、待ったが掛かる。
「へ?」
「おう、にいちゃん。場所、変えるか。ここで暴れんのも……お互いよくねぇだろ?」
いつの間にか央世は、アードに掴みかかろうとしていたチンピラの横にいた。
「いや、オレ待ち合わせ……はぁ……」
央世は手を下ろし、溜息ひとつ吐いて、アードに向き直った。
「アード。マツリと二人で上履き買ってきてくれるか? オレはお客さん対応があるらしいんだ」
「ええー?! そんなの酷いのじゃ! 約束したのじゃ! じゃからわらわ、授業中も大人しくしておったではないか!」
「いや、約束なくても授業は大人しく真面目にだな……」
央世は、56億7千万歳児をなだめるように諭したが、当のアードはプリプリと怒っていた。
「いつまでゴチャゴチャやってやがんだ! おら、来いや! その女もだ!」
痺れを切らしたチンピラが、央世の腕を掴んだ。
「はぁ……行くよ。オレもこんな場所でモメんのは勘弁だ」
スルリとチンピラの手を解くと、央世はリーダー格に向き直った。振りほどかれたチンピラは、勢い余ってたたらを踏んでいた。
「わかりゃあいいんだ。……こっちだ。その女も逃がす気はねぇよ」
リーダー格の男が、顎でアードをさす。そして、背を向けて歩き出した。
六人ほどがふたりを取り囲む。
「お? わらわも往くのじゃな? では往こうか旦那様♡」
アードが、すっと央世の手を取った。
央世は歩き出しながら、そっとその手から抜けた。
「むー……」
アードは、ガラの悪い男に囲まれることより、腕組みが出来なかったことが不満らしい。
「ところで旦那様。この者らは知り合いなのか?」
ふと、アードが訊いた。
「いやぁ? 知らな……あ。一人キャンキャン吠えてたヤツ、朝見かけたかも?」
「おい! 聞こえたぞ! 誰がキャンキャン吠えてるだと?!」
ぐるんと振り向いたチンピラが、央世に睨みを利かせながら、顔を近付けて凄む。
「おお、こやつか。ふはっ! 確かにキャンキャン吠えておるのじゃ! えーと、なんじゃったか……そうじゃ! チワワじゃ! 小さくて涎を垂らしておるような、情けない生き物じゃ!」
アードがチンピラを指差しながら、腹を抱えて笑った。
「いや、アード。あんまり言ってやるな。それにな、それを言うなら犬だ、犬」
「ふはは……! ひー……ひー……っ……。 ふー……。え? 犬はもっと立派な感じじゃろ?」
「うーん……。お前、変な知識の吸収の仕方してるんだなぁ……。犬って、色んな種類がいるんだよ」
「ほぉー。そうなのじゃな。チワワみたいなのも犬なのじゃなー。ふむ。ならばこの下郎も、一応は人族ということなんじゃなー」
「まぁ、迷惑この上ないけど、そうなんだ」
「な……て、てめぇら! いいかげんに……」
「おい、黙れ。通報でもされたらどうすんだ。面倒だろうがよ」
先頭を歩くリーダー格の男が振り向いた。
「さ、さーせん……」
チンピラが、顔を青くしながら謝り、そしてアードを憎々し気に睨みつけた。
「タダじゃおかねぇからな……楽しみにしてやがれ……」
チンピラは、小声でそう漏らしたが、街の音にかき消されて誰にも届くことはなかった。
▽
そこは、倉庫のような場所だった。
鉄骨組みで、トタン貼り。簡素だが、広さはあった。隅の方には、一斗缶やドラム缶が積まれている。
「おら、きびきび歩けや」
央世たちは、その倉庫の中央辺りに連れて来られた。
「うわー……。キッツイ臭いだなー……ここ」
鼻をつまみながら、央世は周りを見渡していた。
「ぬー……。なんじゃここは。汚らわしいのじゃー。わらわ、旦那様と買い物とやらに行くというに……。はっ?! まさか……ここが……?」
「なわけあるか」
同じように顔を顰めながら周りを見渡していたアードに、央世は呆れた顔をした。
「さーて。話し合いを始めようか、にいちゃん」
リーダー格の男が、奥の位置から口を開いた。
「話し合い?」
「ああ、そうだ。にいちゃん、落とし前ってやつだ。お前さん、今朝、コイツに怪我ぁ負わせてくれたんだろ? ……なぁ?」
リーダー格の男が、チンピラの肩を叩く。
「うっす。全治三ヶ月の重傷っす」
チンピラは、包帯すらしていないのだが、そういう話になっているのだろう。
「怪我? させたつもりもなければ、してるようにも見えねーけど」
央世は、うんざりとした口調だった。
「おいおい、コイツはな、身体が弱えぇんだよ。どんなつもりとか関係ねぇんだ。怪我したっつんてんだ」
「……で? それが?」
リーダー格の男が、にゃっと嗤った。
「おう。その女、寄こせ。んで、お前さんは……100万払えや。それで手打ちだ。破格だろ?」
「……はぁ?」
央世が、顔を顰めながら首を傾げた。
「全治三ヶ月ったら、そんなもんだろ。何なら安い方だぜ……?」
「え、アニキ、300万取るって……」
ニタニタとしているリーダー格の男に、チンピラが耳打ちした。
「ははは……。あの女、いい売りモンになんだろが。だから破格だっつってんだろ」
リーダー格の男は、機嫌良さそうに小声で返した。アードを売り捌いた皮算用でもしているのだろう。
「……で? それ断ったら?」
央世の目が、鋭く光った。
「ああん……? 断る選択肢なんざぁ、あるわけねぇだろうが」
リーダーの言葉とともに、手下が包囲網を狭めた。
「のう、旦那様や。こやつらは先ほどから何を言っておるのじゃ?」
「あー……お前を売るんだってよ」
「売る……というのは、上履きみたいなものかの?」
「ん? まぁ、そんな感じ……かな?」
「ほぉう……。旦那様や。わらわ、このような不敬……人族から働かれることなぞ記憶にないのじゃ……ちいと懲らしめてやるのじゃ……」
アードの瞳が、冷たく凍った。
「まてまて! だから何度も言っ――」
「わかっておるのじゃ、旦那様。心配せずとも使わぬのじゃ」
そう言ってアードは、すっと脚を緩く開いた。それは、央世の型に似ていた。
「きゃはは! コイツ等やる気だぜ!」
囲んでいた男どもが、一斉に笑い出した。
「ふん。まぁ、わからせてやれ」
「うっす」
リーダーのひと声で、男どもは一斉に――央世とアードに躍りかかった。
その数5人。少々のタイムラグ。
央世に手を掛けた、最初の男は――
「おらっ!」
掴んだ、つもりだった。
「――?!」
すっと引かれてしまった腕のあった場所を、己が腕を振り回したのみ。何の感触もなく、空を切った。
そこへ、次の男が――
「ガキがぁ!」
体当たりのように突っ込んできた。
央世は、半身に構えていたが、その半身分だけ、上半身を緩く傾けた。
――ガッ!
「ぎィっ……」「ぐえっ」
残された脚に引っかかり、男は宙に舞いながら、ひとり目に激突した。
「てめぇ、なにしやが――」
――ヒュンッ……カッ!
驚いて止まった三人目の男の懐に、央世は瞬く間に潜り込んでいた。素早く振った右手の掌底部分が、顎先を掠めた。
「――ごっ」
男は顔面から地面に倒れ込んだ。
央世がアードの方へ視線を送る。
「くっ……このっ!」
「ちっ……! ちょこまか逃げんな!」
アードは、マタドールのようにヒラヒラと男二人の手を躱していた。
「はははー。おっそいのう。チワワの仲間は所詮チワワじゃのー。トロルやらゴブリンのほうがよっぽど素早いぞー」
そして、楽しそうにケタケタと笑っていた。
ゆらりと央世が歩み寄る。
「おぅらあ!」
――ガィン!
そこへ、チンピラが鉄パイプを央世の頭目掛けて、振り下ろした。央世は、半歩ズレて躱す。鉄パイプは地面を叩き、倉庫に硬い音が響いた。
「なー。あんた、怪我は?」
「うるっせぇぇ!!」
央世の問いに、チンピラは鉄パイプのフルスイングで返答する。
「まぁ、別に分かってたけど……」
央世は小声で呟きながら、ブンブンと振られていた鉄パイプを――チンピラの腕に触れたように見えた瞬間――奪い取っていた。
「……な?! は?! え?!」
チンピラは、自分の手と、央世の持つ鉄パイプを交互に何度も見ながら、情けない声を上げた。
「はぁ~……。手早く終わらすかぁ。マツリ怒ってるだろうし……」
すっとチンピラの背後に回っていた央世は、チンピラの首後ろに、左手に持つ鉄パイプを当て、右手で顎先をコツンと撫ぜた。
「……!?」
チンピラが倒れ行く。
央世は振り返らず、アードに翻弄されている男の背後に迫った。
――ドサッ!
チンピラが倒れる音と同時に、男が白目を剥いた。央世の締めだ。
「あ、旦那様ー。わらわがやるのじゃ、こやつはー」
その様子を見ながら、アードは6人目の男の顎先に、掌底を掠めた。
「アード……。お前、本当に何者なんだよ……」
「くっそがぁ! 好き勝手やってくれやがってよぉ!」
央世の呟きは、リーダーの男の声に搔き消された。




