6.学校に来た!②
予鈴が鳴る。
央世は、茉莉が教室に着いた時には、窓際の一番後ろの席に着座していた。
ガラリと勢いよく扉を開けながら、担任教師の羽賀念珠が入って来た。
生徒たちからは中々に慕われていて、『はがねん』と、愛称で呼ばれたりもするような教師だ。
「みんな。おはよう! 出席をとるぞー」
おじさんの元気な朝の挨拶から、一日が始まる。
何の変哲もない、平和な学校の、日常の風景だ。
——その、はずだった。
それは、2時限目が始まる休み時間のことだった。
予鈴とともにドアが開いたのだが——次の授業の教科担当ではなく、なぜか担任の羽賀先生が現れたのだ。
「今日は、転入生を紹介するぞ〜」
そして、急にそんなことを言い出した。
そんな羽賀の目は、焦点が合っていないようだ。ニヤニヤと、蕩けるような笑顔なのだが——非常に不気味である。
「は? このタイミング?」
「そういうの、普通朝礼じゃないの?」
「急過ぎっしょー」
当然だが、教室はザワついた。
だが央世は——我関せずというように、頬杖をついて、窓の外の青空をポケーっと見ていた。
「じゃあ、入りなさい」
羽賀が、廊下に向かって、声を掛けた。
「うむ」
澄んだ——声がした。
ペタッペタッと、小さな足音が続く。
ガタっと、音を立てて、茉莉が立ち上がった。
「あ、あんた……?! なんでいるのよ?!」
そして、震える指をさしながら、茉莉は叫んだ。
「ん……?」
央世が、その声に——ゆっくりと振り向いた。
「はぁ?! アード?! お前、なにしてんだ!?」
そして、央世もまた、驚愕の声を上げながら、勢いよく立ち上がった。
「おお、旦那様! わらわ、来たのじゃ!」
央世を見つけたアードが、輝くような笑顔を向けた。中々の光度である。
「いや、おま……来た、じゃねーよ! 留守番はどーした!?」
「んっ? ある程度ちからが戻ったから、来たのじゃよ?」
アードには、全く悪びれた様子がなかった。
「はい。みんな席に着いて静かにしろー」
パンパンと手を叩きながら、羽賀が大きな声を出すと、何か言いたげな生徒たちも、皆一様に席に着く。
茉莉は、口を開けたまま、崩れるようにストンと座った。
央世も、渋々といった苦々しい顔で、席に着いた。
「じゃあ、フェンさん。自己紹介して」
羽賀は、虚ろな笑顔で教卓へ手招きをした。
アードが、教卓前に立つ。
「アード・フェンじゃ」
小さな体躯だが、全てを睥睨するようだった。
「皆の者、よろしくなのじゃ……」
紫の瞳が、妖しく煌めいた。教室という空間に、凛と響く、天上の歌声。ふわりと漂う、芳香。
どこからともなく、ほう……と、ため息が重なっていく。
「アード! お前、またやりやがったな?!」
ただひとり、央世は机をバンッと叩き、立ち上がった。ガタンと椅子が倒れる。
「まぁまぁ、旦那様。害はないのじゃ。気にするでないのじゃ」
アードは、茶目っ気のある笑顔だった。
「いや、つーか、お前……耳……! それに、制服どうした?!」
央世の頭の上に、疑問符が沢山浮かんでいそうだ。
それもそのはず。
アードは、人間の見た目をしていたのだ。そして、制服も着ている。
茉莉も、それに気が付いたらしく、目を擦っていた。
「それは……まぁ、わらわには些末なことなのじゃ。くふふ……」
にたぁっと、得意気なアードに。
「君たち、知り合いかね?」
羽賀先生が訊いた。
「うむ。あれなるは、わらわの旦那様……魂のツガイ、伴侶じゃ。おうせ……と言うのじゃ」
「いや、円景寺央世は知って……えぇ?! け、結婚してたのか!?」
羽賀先生の声が裏返った。
「は?!」
「央世くんが?」
「円景寺って……」
「マジかよ……」
続いて、教室がザワつく。
「いや、おま……何言ってんだ? 昨日、お前が住むとこないって言うから、一時保護してやっただけだろ。変なこと言うな」
央世は、平静を取り戻したようだった。
「そ、そーよ! なんでおうせが昨日今日でいきなり結婚なんてことになるのよ! 私、小さい頃から一緒だったし! 昨日のことも知ってるから!」
だが。茉莉は、顔を真っ赤にして叫んだ。
「あー……元祖嫁だ……」
ぼそりと、誰かが言った。
「元祖嫁……」
「元祖嫁……?」
「元祖嫁……!」
「元祖嫁!!」
「あはははは!」
その一言は——あっという間に伝播し、教室は笑いに包まれた。
「ちょ、わた、私……よ、嫁じゃ……ないしっ!」
笑い声の雨の中、茉莉は最早、ゆでだこだった。頭にヤカンを置けば、沸くかもしれない。
「うむ。では、フェンさんは、円景寺が面倒見てやるように」
羽賀先生が、キラリと歯を光らせた。
「よろしく頼むのじゃ、旦那様」
「はぁ……。面倒くさいことに……」
瞳をキラキラさせたアードに、央世は少し項垂れた。
——キーンコーンカーンコーン
次の授業の鐘が鳴る。と、同時に3時限目の担当教師が、ガラッと扉を開けて入ってきた。
「はい。皆さん席に……あれ? 羽賀先生? 何を?」
「ああ、転入生のアード・フェンさんですよ」
「え? 転入生? 今、ですか……?」
教師が驚愕した、その瞬間。
「アード・フェンじゃ。よろしく頼むのじゃ……」
「……ああ、はい。よろしく」
アードは教師の様子を見届けると、央世の隣の席に歩いていく。
「……おい、アード」
ギギッと椅子を引いていたアードに、央世が小さく声を掛けた。
「お前、無闇に魔法を使うなっての。耳も、制服も、編入も、全部魔法なんだろ? てか、マジで何しに来たんだ」
声は小さいが、央世は眉間に皺を寄せて、歯を食いしばる様に話した。よく見れば、こめかみに青筋が浮いている。
「ふむ。家でじっとしておっても、退屈じゃからの。文字通りの勉強じゃよ」
アードは、にこにことしながら、平然と言ってのけた。非常に楽しそうである。
「はぁ? 勉強……ったって……。いや、まぁ……異世界ってどんな感じなんだか知らんが……。ん? てか、そもそもアードは何歳なんだ?」
央世は、思い出したようだった。アードの年齢を、まだ聞いていなかったことを。
「あー……たしか……56億7千万歳くらい、じゃのう」
アードは、顎に手を当てながら答えた。
「ごじゅ……億?! はぁ?!」
素っ頓狂な央世の大声が、教室に響いた。
「円景寺君。静かに」
「あ、はい。すんません……」
教師に注意され、頭を下げた央世は——
「……アード。後で……話がある」
「……???? わかったのじゃ」
アードに少し、身体を寄せて——眼光鋭く、囁いたのだった。
お読みいただけまして、ありがとうございました!
今回のお話はいかがでしたか?
少しでもお気に入りいただけましたら、ぜひページ左上にございますブックマーク機能をご活用ください!
また、連載のモチベーション維持向上に直結いたしますので、すぐ下にあります☆☆☆☆☆や、リアクションもお願いいたします!
ご意見ご要望もお待ちしておりますので、お気軽にご感想コメントをいただけますと幸いです!
ひとことでも大丈夫ですので、ぜひ!




