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花嫁修行で宮廷勤めしたら、学園の先輩だった変人魔術師に求婚された〜宮廷の事情に巻き込まれても、私は何も知りませんけど〜  作者: 月乃宮 夜見


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16 緊張エクスピディション

 翌朝、アーケルとローゼは宮廷の馬車で出発した。馬車の車輪が石畳を軋ませ、遠征用の道具と魔術書が積み込まれている。ローゼはいつものように不機嫌そうな表情で、アーケルの隣に座っていた。黒髪と鋭い目つきが特徴の彼は、無言で窓の外を見つめている。


「ローゼ、君、少しは笑顔を見せたらどうだい? この任務、僕と君で完璧にこなせるさ」


アーケルが軽い口調で話しかけると、ローゼは冷たく一瞥する。「笑顔が必要な任務ではない。アーケル、君が余計なことをしなければそれで十分だ」


「相変わらずだね。まあ、君のその態度が頼りになるよ」アーケルは笑った。


 アーケル・リベルラスとローゼ・アラネアスは、宮廷から馬車で二日かけて国境付近の荒野へと向かう。目的地は王国北部の「灰色の峠」と呼ばれる険しい山間部。そこは魔力が不安定に渦巻き、時折魔物が現れる危険地帯として知られている。今回の任務は、宮廷魔術師としてその魔力の乱れを鎮め、新たな結界を設置することだった。国王の命令は明確で、「我が国の防衛線を堅固にせよ」とのこと。アーケルにとっては慣れた任務だが、今回はローゼとの共同作業が鍵となる。


 馬車の中、アーケルは地図を広げ、結界の設計図を眺めていた。彼の隣に座るローゼは窓の外を無表情で見つめ、一切言葉を発しない。馬車の揺れに合わせて革製の鞄が軽く揺れ、中から魔術道具の金属音が響く。アーケルは沈黙に耐えかねたわけではないが、軽い口調で切り出した。


「ローゼ、今回の結界は範囲を広く取るつもりだ。僕の魔力で土台を固め、君の精密な術式で仕上げるのが効率的だろう。何か意見はあるかい?」


 ローゼは視線を動かさず、低い声で答えた。「お前のやりたいようにやれ。俺は隙間を埋めるだけだ」


 その冷たい態度に、アーケルは内心で苦笑する。ローゼの無愛想さは予想通りだったが、前回の任務での彼の働きを思い出し信頼感も抱いていた。アーケルは地図に目を戻し、国境の魔力異常が報告された地点を指差す。


「ここ、灰色の峠の頂上付近が最も魔力が不安定らしい。結界の中心に据える魔石は僕が持ってきたが、術式の調整は君に頼むよ。失敗したら魔物が溢れ出すかもしれないからね」


 ローゼはようやく顔を向け、不機嫌そうに眉を寄せた。「失敗するのはお前だけでいい。俺を巻き込むな」


 アーケルは笑い、「天才の僕を信じてくれたまえ」と軽く肩を叩く。ローゼはそれを避けるように体をずらし、再び窓の外に目を戻した。馬車は進み続け、二人はやがて峠のふもとに到着した。


×


 灰色の峠は名前の通り、灰色の岩肌と枯れた草木が広がる荒涼とした土地だった。空は薄暗く、風が冷たく吹き抜ける。アーケルとローゼは馬車を降り、荷物を背負って頂上を目指す。


「足元が不安定だから、気を付けるんだよ」


「赤子でないのだから、注意は不要だ」


とアーケルが告げるとローゼは鼻で笑い、無視して先に進んだ。二人の関係は険悪ではないが、互いに遠慮のない皮肉が飛び交う。


 頂上に着くと、魔力の乱れが目に見えて分かった。空気が重く、時折小さな光の粒子がちらつき地響きのような低音が響く。アーケルは荷物から魔石を取り出し、中央に設置した。その魔石は拳大で、深緑色に輝き、内部に魔力が渦巻いている。ローゼは黙って周囲に術式の基点を描き始め、細い杖で地面に複雑な紋様を刻んでいった。


「この魔力の乱れ、単なる自然現象じゃないかもしれないね」とアーケルが呟く。ローゼは手を止めず、「魔物の痕跡がある。おそらく小型の群れが近くに潜んでいる」と応じた。アーケルは頷き、結界の範囲を広げるため魔力を放出する準備を始める。彼の手から淡い光が広がり、魔石を中心に円形の結界が形成され始めた。


 しかし、その瞬間、地中から低い唸り声が聞こえ、地面が揺れた。アーケルが「来たか」と呟くと岩の隙間から黒い影が飛び出し、数匹の魔物が現れた。狼のような姿だが、目が赤く光り鋭い爪を持つ小型の魔獣だ。ローゼは即座に杖を構え、素早く術式を展開。小さな光の矢が魔物に命中し、一匹を仕留める。


「僕が結界を完成させるから、君が時間を稼いでくれ!」アーケルが叫ぶとローゼは無言で頷き、魔物に向かって次々と術を発射した。アーケルの魔力は結界に注がれ、魔石が強く輝き始める。だが魔物の数が予想以上に多く、ローゼの術が追いつかない。アーケルは結界の完成を急ぎつつ、一方で防御用の魔術を展開し、ローゼを援護する。


「もう少しだ、耐えてくれ!」とアーケルが声をかけると、ローゼは冷たく返す。「お前の結界が遅いからだ。さっさと終わらせろ」


 二人の連携はぎこちなかったが、次第に息が合ってきた。アーケルが結界の土台を固めると、ローゼが細かい術式で補強し、魔石を中心に強力な光の壁が立ち上がる。魔物はその光に触れると悲鳴を上げ、退散していった。結界が完成し、魔力の乱れが収まり始めると、二人はようやく一息ついた。


×


 結界の設置が終わり、二人は頂上の岩に腰を下ろす。アーケルは汗を拭い、魔石の輝きを確認した。ローゼは杖を手に持ったまま、無言で空を見上げている。アーケルは水袋を取り出し、ローゼに渡した。


「君のおかげで助かったよ。精密な術式がなければ、魔物に突破されていたかもしれない」


 ローゼは水を受け取り、軽く飲んでから呟く。「お前の結界が派手すぎるから魔物を引き寄せたんだ。次はおとなしくしろ」


 アーケルは笑い、「天才の派手さは仕方ないさ」と返す。ローゼは鼻で笑い、初めてわずかに口元を緩めた。二人はしばし黙り、風の音だけが響く。アーケルはふと、レオーネのことを思い出した。


「ローゼ、君に言っておくけど、レオーネには絶対に手を出さないでくれないかな。彼女は僕の婚約者だ」


 ローゼは目を細め、「そんな気はない。お前が心配するほど、俺は暇じゃない」と冷たく返す。アーケルは笑い、「ならいいさ。彼女には毎日手紙を送るつもりだから、君も何かあったら報告してくれ」と軽く告げた。ローゼはそれを鼻で笑い「お前の私事はどうでもいい」と吐き捨てる。


 その夜。

 二人は簡易なテントを張り、休息を取った。アーケルは魔術の手紙を準備し、レオーネに宛てて短い報告を書く。「結界は無事に設置できた。魔物が少し出たが、ローゼのおかげで問題なし。君の待つ家に早く帰りたいよ」。手紙が光と共に消え、アーケルは疲れた体を横にした。ローゼはテントの外で夜の見張りをしながら、杖を手に持っている。


×


 遠征は一週間続き、二人は結界の微調整と周辺の魔力安定化を終えた。帰路につく馬車の中でアーケルはレオーネの待つ屋敷を思い、小さく笑みを浮かべる。ローゼは相変わらず無表情だが、アーケルとの協力でわずかな信頼が生まれた気がした。


 灰色の峠に新たな結界が輝き、王国の防衛線が強化された。アーケルとローゼの遠征は、任務の成功と共に、二人の奇妙な絆を深めた一週間だった。


 遠征の最終日、アーケルはレオーネに魔術の手紙を送った。「任務は無事に終わった。ローゼと協力して結界を完成させたよ。明日には帰るから、待っていてくれ」と綴られたその手紙は、彼女の手元に瞬時に届いた。


 翌日、アーケルとローゼは宮廷に帰還した。アーケルはレオーネのもとに真っ直ぐ向かい、彼女を抱きしめた。「ただいま、レオーネ。約束通り帰ってきたよ」


「アーケル、おかえりなさい! 無事でよかった……」レオーネは彼の胸に顔を埋め、安堵の涙を浮かべた。


 ローゼは少し離れた場所でその光景を見ていた。彼の不機嫌そうな表情は変わらないが、どこか満足げな光が目に宿っていた。「アーケル、君の婚約者は幸せ者だな」と小さく呟き、彼は静かに去っていった。


 アーケルとレオーネはその夜、屋敷で穏やかな時間を過ごした。アーケルは遠征の話を少しだけ語り、ローゼとの意外な協力関係に笑みを浮かべた。レオーネは彼の無事を喜び、二人の絆がさらに深まったことを感じていた。


 遠征は終わり、二人の日常が戻ってきた。だが、アーケルの力とローゼの精密な魔術が結びついたこの任務は、彼らの関係に新たな信頼を生み、宮廷での未来に一つの足跡を残したのだった。

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