10 同棲トレーニングキャンプ
「そうだ、同棲をしよう」
唐突にアーケルは言った。
今日は(定期的な)デートの日で、場所はいつもの喫茶店。他に行く場所といえば本屋や道具屋、服屋に装飾品の店だ。だから、私と彼にとってはいつもの喫茶店の方が落ち着いて会話ができる。
「同棲……って」
そういえば私達、婚約関係でしたね。
言われて、ハッとした。
結婚前提の婚約関係なら、同棲をしていても何も問題はないですね。
気づくの遅くありません? 彼もだけど、私も。
「急にどうしたんですか?」
「レオーネ。君と一緒に暮らすことで君の安全を守り、僕達の未来をより具体的に考えたいんだ」
アーケルの言葉に私は驚きつつも、その真剣さに心を動かされた。
「アーケル、私もあなたと一緒にいたいです。でも、同棲って……どうすればいいんですか?」
「心配しないで。僕が全て手配する。君が安心して暮らせる場所を用意するよ。最近ずっと君の(力を制御する)事について考えていたのだが、同棲を行えば諸々の問題が解決するだろうと気づいたんだ。やはり、僕は天才だね」
「でも急にそれって、私の意見どうなります?」
「……つまり、君は同棲をしたくないということかな?」
「いえ、私の気持ちを聞かないで決定しているのか確認しようと思って」
「無論、君の意見は反映させるとも。住処は僕の持っている屋敷になってしまうのは申し訳ないが。新たに屋敷を購入するのは手間がかかってしまうからね。でも君がどこの部屋に住みたいか、部屋にどのような機能を求めているかは自由だ」
「そ、そうなんですね」
「それで。君はどんな部屋に住みたい?」
「えっと……」
ずい、と彼が身を乗り出してきたので思わずのけぞる。この人の顔が好みだったの時折忘れて、その美しさに打ちのめされかけてしまう……!
「わ、私は。今住んでいる寮の荷物があらかた入れば、特に不満はないと思います……っ! 壁が薄かったので騒音には慣れていますし、多分治安も悪くないでしょう?」
「何? 君、割と悪い環境に住んでいるようだね? ……もう少し早めに気付くべきだったか。そうと決まれば、早速同棲の準備を整えようじゃないか。荷物の運び出しも僕に任せたまえ。僕は天才魔術師だ。何も臆することはないよ」
そう言って、アーケルは引越しの手伝いを買って出てくれた。
……まあ、私の荷物って着替えの服くらいしかないのだけれど。家具は備え付けだったし、食器類も実家から持ってきた数枚の深皿しかないのだ。
自室を飾っているものは、彼からもらった花束の生き残り(まだ長持ちしている)くらいだし。
引越しの際に「君、こんなに少ない荷物だけで本当に大丈夫なのかい?!」とアーケルに心底驚かれてしまった。……やっぱり、彼は育ちのいいところで生まれたんだなというのを再確認できました。
×
アーケルの住処は、宮廷近くの静かな区画に位置する小さな邸宅だった。そこは宮廷や城下町の喧騒から離れながらも、仕事に通いやすいだろう距離にある。邸宅は庭付きで魔術の結界が施されており、外部からの侵入や監視を防ぐ設計になっていた。
「ここなら君の能力を探るための訓練も安全に行えるし、僕たちのプライベートも守れる」
私は新しい家を見て、感激した。正直にいうと腐っても男爵令嬢である私の家よりは当然小さいのだが、掛かっている魔術の防御が考え得る中で完璧だった。
「本当に素敵な場所ですね。アーケル、私に同棲を提案してくれてありがとうございます」
魔術の具合から見て、見るからに彼の巣なのだ。つまり、彼は自身の場所に私が入る事を許してくれた。
こんなにも心を許してくれていると分かる対応に、私は驚きが隠せない。
「(……彼は、私を信頼してくれている。それに、私も応えなきゃ)」
私とアーケルの二人で引っ越しの準備を始めた。
まずは、私の部屋の位置決めからだ。
「僕の部屋は魔術の肝になっているから、防犯上移動させることができない。でも、君の部屋はどこだっていいからね」
アーケルはそう言ってくれる。……でも。
「私は、部屋の位置はもう決めているんです」
そう言い、私は妻の部屋となる場所を選んだ。
貴族の建物には、屋敷の主の部屋とその伴侶のための部屋がある。彼の部屋は主の部屋にあったので、迷うことはなかった。
「……本当に、そこでいいのかい?」
少し驚いた後、彼は確認するように問うた。
「もちろんです。だって、私とアーケルは婚約者であり、将来は結婚するんですから。それなら、私の部屋はここがいいでしょう?」
「わかった。君がそう望むのなら」
それから私は自分の荷物を整理し、アーケルは預かっていた私の荷物を運び込んだ。それと私は自分の絵画道具も持ち込み、別の部屋の一角に小さなアトリエを作ることにした。
「これから、よろしくお願いします」
「そうだね。君と一緒にこの空間を作るのが楽しみだ」
最初の夜、二人はリビングで夕食を共にした。アーケルは私のために簡単な料理を作り、私は彼の料理に思わず顔がほころんだ。
「アーケル、料理上手なんですね。こんなに美味しいなんて」
「君が喜んでくれるなら、毎日でも作るよ。研究に支障が出ない限り、だが」
その後も、私とアーケルは共同生活を通じて互いの生活習慣や好みを知るようになった。アーケルはいつも早起きで、朝は魔術の研究に時間を割くことが多い。私は休日は少し遅めの起床で、休日は朝食の準備を担当することが増えた。
朝食、とは言っても目玉焼きとハムやソーセージのような肉類と少しの野菜やスープとパンのような、簡単なものだ。和食のようなものは私は作れない。
「レオーネ、君の朝食は本当に美味しい。僕の研究の活力になるよ」
「ありがとうございます。あなたが頑張ってるから、私も力になれることが嬉しい」
夜になるとリビングで談笑したり、私が休日中に描いた絵をアーケルに見せたりした。アーケルは私の絵に感心しながら、時折魔術の話を交える。
「この絵、君の心がそのまま表現されているね。どこか、癒しを感じるよ。……聖属性の力が、君の絵にも影響を与えているかもしれない」
「そうなのかもしれないですね。でも、今はただ描くことが楽しいんです」
アーケルは私の能力を秘匿するため、邸宅の結界を定期的に強化し外部からの監視を防いだ。また、私が自分の力を制御するための訓練も、夜遅くに行うことが多かった。
「レオーネ、今夜は少し高度な魔術を試してみよう。君の力がどれだけ安定しているか、確認したい」
私は緊張しながらもアーケルの指導に従い、聖属性の力を用いた魔術を試みる。私の力は徐々に安定し、アーケルはその進歩に満足した。
「素晴らしい。君の力は確実に成長している。これなら、君を守るための準備も整う」
共同生活の中で私達は互いの弱さや強さを知り、支え合う関係を築いていった。私はアーケルの冷静さと優しさに安心感を覚える。……彼は私との生活で、何か良い事を感じてくれるといいのだけど。
ある夜。
二人は庭で星空を見ながら、未来について語り合った。
「アーケル、この生活が始まってから、私、もっと強くなれた気がします」
「君は元々強いよ。ただ、それを自覚するきっかけが必要だっただけだ。僕も君と一緒にいることで、自分自身を見つめ直すことができた」
「私達のこの先って、どうなるんでしょうか?」
「それは、僕達次第だ。君の力が秘匿される限り、僕達はこの場所で静かに、しかし確実に影響力を増すことができる。そして、いずれ君がその力を公にする時が来たら。僕は君の側にいて、全力で支える」
私はアーケルの言葉に心から感謝し、もっと彼の役に立ちたいと思うようになった。……だけれど。転生者であるけれど、ただの男爵令嬢である私にできる事ってなんだろう。




