足跡を追って
水面が亡くなり、瓜生には果てしない孤立感が伸し掛かり、ひたすらに涙を流す。そうして泣き尽くした時、泣き腫らした目を拭って立ち上がる。
「行かないと…。」
重たい足取りで先へと進んで行き、いくつかの扉が横目に映る。だが、それを通り過ぎて階段とエレベーターが目の前に現れる。
階段の横にあるエレベーターのボタンを押して、やって来るのを待つ。程なくして、エレベーターが到着した音が聞こえ、扉が開く。
その小さな箱に入って、B3と記されたボタンを押して、隅で壁に凭れながら下を目指す。
B2に差し掛かった時、エレベーターが止まり始めて、完全に静止した後、扉が開き、思わず身構える。
開いた扉の隙間から人の手が伸びてきたため、即座に右手にナイフを作って斬りかかる。しかし、ナイフがその手に届くことはなく、あっという間に溶かされ床に落ちる。
「敵地で味方が死んで、悲しむ気持ちは分かるが、立ち上がるまで随分と時間が掛かったものだ。」
瓜生の前に現れた男性の見た目からは、かなり高齢であることが伺える。髪の毛は所々白くなっており、濃い髭と隈を持ち、無表情だが顔色には疲労が感じられる。
「攻撃察知は申し分ないが、自ら密室に入ったのは頂けないな。」
「あなた、佐藤で合ってる?」
男性を睨みつけながら、ほとんど確信していたが、「一応、念のために」と問い掛ける。
「敵から情報を引き出すのなら、相手が自由に動けては意味がないだろう。」
しかし、問いには答えてもらえず、一蹴されてしまう。
「とりあえずそこから出てくるといい。このままでは君は不利なままだぞ。」
男性は、閉まり掛けたエレベーターの扉に手を当て、出てくるよう促す。
「なら、そっちが私に攻撃すればいいだけなんじゃないの?敵の誘いにわざわざ乗るほど、私、無警戒じゃないから。」
男性の言っていることは的を射ており、瓜生自身もそれを理解していた。それでも、男性を挑発するその姿勢には、これまで溜め込んできた鬱憤や心労を表明するようだった。
「確かに君の意見も尤もだ。だが、その施設の意向もあってね。ここでむざむざ君を殺すわけにもいかないんだよ。全く、これだから上に従うことしかできない現場は嫌なんだよ。」
大きくため息を吐いて男性は不満を垂れる。
「でも、それこそあなたがさっき言った通り、相手が自由に動けては、引き出した情報なんて意味ないじゃない。」
瓜生の発言に対し、男性は少しだけ考えた末、無言でエレベーターの入り口の一部を溶かして、扉が閉まらなくしてから、距離を取って見せた。
「ほら、これならどうだ?」
「…。」
男性の一連の動きを見た瓜生は、新たにナイフを作って強く握り込む。そして、頻りに辺りを確認してから、エレベーターを出た。
「うん。さっきと比べて、君の危機感が順調に育ってきているようで、こっちとしてもありがたい限りだよ。」
施設の意向と言い、成長を望んでいる姿に違和感を覚えながらも、瓜生は、エレベーター内にある、溶かされた金を回収しようとするも、金は動く事がなかった。
「っ⁉」
「知らなかったか?君らのその力は、溶かされたら使い物にならない。砕かれただけなら、まだ再利用ができてしまうから、君らの力を完全に制圧できるよう、高橋が作られたんだよ。」
攻撃が通らなければ、金の回収ができない事を認識し、態勢を整えて、ナイフを構える。
「あなた、私の危機感がどうのって言ってた割に、施設について色々話しているけど、私をどうしたい訳?」
「生憎、それを話してやる道理は無い!」
自由に動ける敵の情報に意味は無いと言っておきながら、施設についての情報を次々と話している男性に不信感を抱きながらも、そんな瓜生の感情や都合などを無視するように男性は、瓜生の頭部に蹴りを入れる。
「ックウゥッ!」
咄嗟にナイフを空中に置き、新たに左手の甲から肘に掛けて盾を作り、男性の攻撃を防ぐ。
「やはり攻撃の察知能力は極めて高い。だが!」
続けて男性は、瓜生の脇腹目掛けて掌底を喰らわせる。
「グアァッ!」
重たい一撃を喰らった事により、体勢が崩れてしまう。空中に置いておいたナイフを再び手に取り、立ち上がるも、脇腹には、衝撃と高熱による激痛が走り、大量の汗をかく。
「力の使い方が下手だ。」
「ッウウッ!」
痛みに耐えながらも、瓜生はナイフを男性に向けて、突っ込んで行く。
「無策だな。」
まるで「お見通しだ」とでもいうように手を掴んで、階段へ叩き落す。
「ッグッ!」
瓜生の背中に強い衝撃が加わり、数回咳き込んだ後、立ち上がって、空中に金塊を作り、それを利用して階段を飛び越して行き、空中で右足の甲に金を纏って、男性の顔目掛けて蹴り下ろす。
「少しは工夫してきたな。でもまだだ!」
当然の如く止められるが、瓜生は左足で男性の顔面に足底で蹴りつけ、男性が手を離す。それと同時に男性の顔面を踏み台に跳び、空中に作った金塊を何発も男性に命中させる。
「痛いな。確かに対処しきれない程の猛攻だったけど、」
「…。」
二人は再び対峙した状態になる。
「君、人を殺していないのか。」
瓜生には、人を手に掛ける勇気がなく、決め手に欠けていた。そして、それを自覚していた。
「確かに私には人を殺す勇気がない。施設の広場で鈴木さんに止めを刺した金剛くん、ここに真っ先に乗り込んで行った鐵月くん、私の事を見捨てないで傍にいてくれた水面ちゃん。皆何かしら勇気を持っていたのに、私だけ守ってもらってばっか。」
この場にいない三人の事を思い出し、瓜生の顔は自然と俯いて行った。同時に、男性に向かって飛んで行った金塊が、瓜生の元へと戻って行き、形を変える。
「それを自覚しておいて、何故君はこの施設に入って来た?君の友人達は、君が断っても責めなかっただろうに。」
空中に浮かんでいる金塊は、持ち手も無いただの刃となったが、男性は、金塊の移動や変化には目もくれず、瓜生に問う。
そして、瓜生は男性の問いに対して素直な気持ちで答え、最後には顔を上げて見せた。
「確かに。皆優しいし、きっと分かってくれたと思う。でも、たとえそれがわかってても、私には、皆が進もうとしている道を拒む勇気すら無かったんだよ。」
前を向いた瓜生の目には、涙が流れ出ており、空中の刃は一斉に男性へと飛んで行く。
「考えたな、直接手を下せないから遠距離攻撃か。流石にこの数の刃物を捌くのは、ちと骨だ。」
どれだけ飛ばしても、いずれはすべて処理されてしまう。ただ、少なくとも今の男性は飛んで来る刃に手一杯と考え、瓜生はナイフを右手に男性へと走って行く。
「だが、走って来る姿が捕らえられない程ではない。」
そう言って男性は、溶かした金の刃をそのまま瓜生に投げつけた。
「ッグアアアッ!グッウアアッ!」
少しは躱せたが、瓜生の顔の左半分は、高熱の溶けた金によってひどく爛れ、大火傷を負った。しかし、それでも足を止めず、金のナイフが男性の顔に刺さるその寸前、真正面から止められたが、瓜生は、溶けた金ごと男性の蟀谷を掴んだ。
「ウアアアア!!」
男性の断末魔が響き渡る。追い打ちを掛けるように、瓜生は男性の右手首を掴んで眼前へと持って来ては、その掌に金の棒を押し当てて、男性の息が止まるまで、自身の右手と一緒に男性の顔を溶けた金で熱し続け、火傷を刻み込んだ。
瓜生と対峙した男性
年齢 不明 適性 無し パターン 名無し佐藤 変換 掌に高熱
代償 使った時間の分だけ体温低下(1秒で約0.1℃低下)
佐藤の中ではかなり優秀で、最大で2000℃まで出した記録があるが、1500℃段階で異常が確認されていた。
最期の瞬間は、死の寸前だった事もあり、特異の制御が利かず、ほとんど暴発状態だった。そのため、顔を含めたあらゆる部位の温度が著しく低下していた。
高橋の力に強い抵抗を持っており、あまり見た目に変化がない。
実は結婚しており、娘が一人いる。懐には、誰にも見せないが、家族写真を入れており、肌身離さず持ち歩いている。
因みに、瓜生の実の父親という裏設定がある。瓜生がそこに気付くことは無い。




