光が映す影
金剛が施設に入ってからかなり遅れを取ったが、瓜生と水面も施設に足を踏み入れた。入って早々に水面が異臭に気が付く。
「なんだか血の匂いがする…。」
それを聴いて一層恐怖が増した瓜生は、水面の手を握る力が自然と強くなる。施設に侵入したという緊張感よりも、握られている手の痛みの方が鮮明に思える程力が加わる。
大量の血にまみれて転がっている死体を見つけても、恐怖や焦燥、血生臭い匂いよりも、ますます強まる握力の方が水面が顔をしかめる要因となった。
「叡、痛い…。」
堪らず声を漏らす。言われて力を込め過ぎたことに気付いて思わず手を離す。
「っ!ごめん…。」
「ウチは大丈夫。…でも、この先もっとたくさんの死体があるよ。」
瓜生の顔は一気に青ざめ、全身から血の気が引き、吐き気を催す。それらをなんとか必死に耐えて、歩き続ける。しかし、突き当りで限界を迎える。そこに充満した強烈な血生臭い匂い、山積みになった死体に虫や鼠が群がっていて、二人は嘔吐する。込み上がってくる吐き気は絶えず、胃の中身が空になるまで吐き続けた。
死体に近づきたくない一心で突き当りを左に進む。二人は自ずと窶れており、腹部に手を当てながら歩き続けた。水面は壁にも触れながら歩いていたため、部屋の扉を押し開けてしまう。
「いったぁ…。」
「大丈夫?」
「うん。ここ何の部屋?…美味しそうな匂いするんだけど。」
水面が開けた部屋は食料庫であり、先ほど胃の中が無くなる位吐いて疲弊した二人にとって、まさに渡りに船な状況であった。
『ぐぅぅ~』
二人のお腹がわかりやすく音を立てる。人が死ぬ瞬間を目撃したり、死体を直視したり、血や臓物の匂いが鼻に残ったりして非常に不快だったところに、大量の食料品が目の前に現れ、嗅ぎ慣れた匂いもそこには広がっていた。
空腹を誤魔化すように唾を飲み込んで水面が口を開いた。
「食べたい…。」
「でも、この施設って表向きは孤児院なんだよね?食べたらまずくない?」
「そうだよね?でもさっき、ウチら全部出しちゃってお腹空いてるよね?」
「確かにそうだけど…でも…。」
空腹と盗み食いで葛藤している二人は、決断する。
「ここに居てもお腹空くだけだ。早く出よう。」
「そうだね。それに、今後もあんな匂いが出てくると思うとむしろ食欲無くなるよ。」
「それに、私の事だからきっとまた出しちゃうかもだし。」
そう自分たちに言い聞かせ、名残惜しくも二人は部屋を出て扉を閉じる。再び歩き始めた二人は、空腹が気にならなくなる程強く歯を食いしばり、拳を握り、涙を流した。
二人共俯いており、水面は白杖を使って前方を確認することも忘れ、いくつかの扉を通り過ぎてしまう。それに気付くのは二人して突き当りの壁に頭をぶつけてからだった。
『っ!痛!』
「壁?」
「ウチらいつの間にそんな歩いたの?」
二人は、後ろを振り返る。すると、何部屋か素通りしていたことが判明する。
「戻る?」
「時間もったいないし、とりあえず進もうよ。ウチ今度は白杖使うの忘れない。」
水面が白杖を持ち直して、道中流れ落ちた涙をできるだけ回収し、先へと向かう。
右に曲がって直ぐ、左手側に扉があり、慎重に開けて、その隙間から中の様子を窺う。大きな棚がいくつも並んでいて見通しが悪い。だが、人がいる様子も無いため、中に入って何の部屋か確かめることにした。
「何があるかわからないから、気を引き締めて行こう。」
「うん。」
囁くような音量で注意を促す瓜生だったが、水面は白杖を使っているため、多少の音は出てしまう。
「水面ちゃん、私が手を握って状況とか道とか教える形にしてもいい?」
「いいよ。白杖の音でバレるもんね。」
「ありがとう。でも、人が来たら教えて。水面ちゃんの耳、信じてるから。」
そう言って瓜生は、白杖のグリップから出ている輪に右手を通してから持ち、左手で水面の右手を握る。
部屋の中に入った直後、素早く、静かに棚の陰に隠れる。そして、棚から一つのファイルを取り出す。その表紙には、”危険個体”と書かれた紙が貼られていた。最初のページをめくると、見開きには以下のように記されていた。
No,5 適性:涙 パターン:鉱 変換:鉄 代償:体温上昇に伴い強力な磁力発生 処分:済
純鉄に変換されたはずの涙から強力な磁力を検知。
実験の結果代償が判明。速やかに廃棄せよ。
No,9 適性:洟 パターン:石 変換:琥珀 代償:伝染病の媒体化 処分:済
新種の病原体を発見。発生源は個体と判明。
変換後も接触感染の危険性あり。個体含め廃棄せよ。
No,10 適性:洟 パターン:石 変換:砂岩 代償:周囲の温度上昇 処分:済
変換時に著しく温度を急上昇。至急活用方法を模索。
自身を含めた温度上昇だった模様。全身火傷した状態での死亡を確認。
No,23 適性:唾液 パターン:石 変換:真珠 代償:痛覚過敏化 処分:済
変換された唾液に触れた職員の防護服を貫通して痛覚を刺激。
唾液が自身にも触れた模様。赤子の身体では痛みに耐えられず死亡。
次のページを開こうとして、つい水面の手を引っ張る。
「あ、ごめん。急に引っ張って…。」
瓜生の口から謝罪の言葉が出たが、そこに水面の姿は無かった。しかし、瓜生の左手には水面の右手が手首まで残っていた。
「ヒィッ!」
咄嗟に、持っていたファイルと水面の右手を落としてしまう。気が動転した瓜生だったが、「この部屋に居てはいけない。」と感じ、慌てて扉を開けて廊下に出る。するとそこには、まるで見せつけるかの様に、人体を貫通して壁に杭で打ち付けられた水面の姿があった。
「…ごめんなさい…。」
扉の前に座り込み、ただ涙を流して謝ることしかできなかった。
何度も…。何度も…。何度も…。謝り続けた。自身の行動を悔いた。涙を拭っても止めどなく溢れてくる。そして、右手に持っている白杖が視界に映る。
「…水面ちゃん。…ズズッ…白杖…ズズッ…ごめん…ズズッ…。」
水面の前にそっと白杖を置き、そしてまた、何度も謝り続ける。涙と鼻水が止まらず、静かに廊下で泣きじゃくる。
一人の男性が不敵な笑みを浮かべて呟く。
「これはぁ、汗金もぉ、そろそろかなぁ。」
部屋にいくつもあるモニターのうちの一つを覗き込んでは、また別のモニターに視線を移す。
「さてぇ、こっちはぁ、唾塩が消えてぇ、何か変わったかなぁ。」
男性の興味は、呆気なく鐵月たちへと移り、佐藤0号を処理した後の動きを気にしていた。
佐藤0号を破壊し、樹木が腐り落ちていくのを見届けて、螺茅が鐵月に尋ねる。
「それで?その鈴木の0号ってのは何処に居るんだ?」
「この部屋からは行けないから、一旦この部屋を出よう。」
それを聴いた螺茅が声を荒げて詰め寄る。
「はあ⁉じゃあここに来た意味ねえのかよっ!」
「まあまあ、これ以上被害が出ないってことを考えたら、全くの無意味って訳じゃないでしょ?」
「チッ!わかったよ。で?何処に居るんだ?」
「こっちだよ。」
今度は、鐵月が先頭になって螺茅と岸青の二人を連れて進む。
水面 雫
年齢 14歳 適性 涙 パターン 石 変換 水晶
代償 精神的・身体的にタフで、泣きにくい
心理テストや恋バナが好きで、休み時間や放課後などで友人によく「好きな人いる?」と訊いていた。
男女問わず交友関係はそれなりで、実は瓜生と鐵月と同じ小学校出身。勉強が大の苦手。
特異の代償は本人の性格的なもののため、人が違ければ実質代償が無いのと同じ。
キャラクターのモデルにしたのは、作者が中学当時、一番仲が良かった女友達。
心理テストや恋バナが好き、同じ小学校出身、勉強が苦手という裏設定も現実とリンクさせている。
実は食いしん坊。




