名無しと実験体
鐵月が先に行った螺茅に追いつき、しばらく走ると今度は、赤子が閉じ込められた小部屋が壁に並んでいる空間が広がっていた。
「異様な光景だな。」
螺茅が口を開く。現実のものだとは思えない光景に皆が呆気にとられる。
「覚えてないだろうけど、ここは、赤ん坊だった僕らが使われていた空間。」
鐵月の持つ刀の形が変わり始める。柄や鍔が伸び、刀身の曲線が消えていく。そして鐵月は、武器を右手に持ち替えた。
「ここで俺らが実験されていたのか。」
「具体的にどんな実験されてたとか覚えてんの?」
「汗に適性があれば室温を上げられ、涙に適性があれば刺激を与えられ、唾液に適性があれば口に専用のマスクを着けて性能を測っていた。」
汐の質問に答えた鐵月だが、そこに人影が近づいてくる。
「お前らか、例の侵入者は。」
四人の前に現れた白衣の女性は、鐵月たちを見ても一切の動揺はせず、ポケットに手を入れて、場所を変えるよう促す。
「ここは被験体が多い。話し合いも含めて気兼ねなく行える場所へ案内しよう。」
四人は、一度顔を合わせて、警戒しながらもその女性に付いて行くことにした。
多くの鳴き声がずっと聞こえており、その場に留まっていると精神に異常をきたしそうだった。
「着いたぞ。」
案内された先には部屋があり、女性が扉を開け、先に入っていく。扉が閉まる前に螺茅がドアノブを掴み、中を確認する。
「何をしている?入って来ても大丈夫だ。罠など仕掛けてはいない。」
恐る恐る岸青が部屋の中に顔を入れ、周囲を警戒する。しかし、何も起こらず、足を踏み入れても変化がなかった。
「本当に罠を仕掛けていないんだな?」
部屋に体が入っても、頻りに首を動かし、疑い続けている岸青だが、本当に何も起こらない。
「まあ、疑うのも無理はない。俺もそうするだろうからな。」
そう言って女性は、ポケットから煙草を取り出す。
「ここは喫煙スペースなんだ。こんな仕事だからな、ストレスが溜まるんだよ。かといって、被験体がいる傍で吸うわけにもいかない。だからこうやって…ふう…専用のスペースが各フロアに常備されている。」
部屋の隅の壁に凭れて、右手にライターを持ち、煙草に火を点け、煙を吐く動作をした後、女性の直ぐ左隣にある灰落としへと煙草を近づける。
「あんたをここで殺すとどうなる。」
「いきなり物騒なことを言うねえ。…ふう…まあ落ち着いて話し合おうじゃないか。」
銃口を向けられても、女性は依然として煙草を吹かしていた。
「俺を殺したらどうなるかだったな。…ふう…結果から言うと、変わらない。俺みたいな職員はいくらでもいるからな。いくら殺しても切りが無い。」
「お前らの目的はなんだ。」
「そこにいる汗鉄くんが知っているんじゃないのか?…ふう…聴いた話だと赤ん坊の頃の記憶があるそうじゃないか。」
螺茅が鐵月を睨む。他の二人も怪訝そうに鐵月を見つめる。
「僕の記憶は断片的なもので、全部の記憶がある訳じゃない。」
「そうかい。それなら納得だ。…ふう…。」
全員の視線が再び女性へと向く。螺茅は、歯を食いしばり、銃の引き金に指を掛けており、相当怒っっていることが伺える。
「どのみち意味がないなら、今ここで殺してやる。」
「…ふう…せめてもう一本吸った後にしてくれないか?ちょうど次でラストなんだよ。」
吸っていた煙草を片し、箱から最後の一本を取り出す。もう一度火を点けようとした瞬間。”バンッ!”と乾いた銃声が響き、女性の頭を貫いた。
「敵の言うことなんざ誰が聞いてやるか。」
そう言い残して部屋を出て行こうとしたが、突如床から天井まで一気に隙間なく埋め尽くす量の細長い岩のような物体が飛び出し、四人を襲った。
「なんだこれ?」
「こっちは何とか防げたけど、皆大丈夫?」
「クソッ!痛ぇぇ…。」
「…。」
岸青と鐵月は咄嗟に防御ができたため無傷だったが、螺茅は防御が間に合わず、左足に物体が貫通してしまう。そして、汐は…
「結菜さん?結菜さん?!」
「間に合わなかったのか…。」
全身が貫かれて死亡していた。汐の死亡を確認した鐵月は、防御のため盾に形を変えていた剣を戻して物体を切って床に辿り着く。
「これは、珊瑚だな。」
「珊瑚?なんでこのタイミング?」
「おそらくあの女性、死んだ瞬間に発動するよう仕込んでいたんでしょう。」
冷静に分析する鐵月の横には串刺しになった汐の死体があり、三人は手を合わせ、部屋を出る。
「鐵月、この先何がある?」
「この先は確か、佐藤の収容部屋がある。」
左足を引きずりながらも先頭を歩く螺茅の質問に答え、歩き続けていると、道の先に厳重に施錠された扉が見えて、行き先を塞がれていた。
「行き止まりだね。」
「そういえば、入り口の爆破はどうやったんだ?」
「俺らを襲ってきた奴らが持ってたもん奪って使ったんだよ。」
鐵月が気になっていた事の答えは実にシンプルだった。
「もしかしてその銃も?」
「ああ。銃はアイツ等ので、弾は俺の能力で作った。」
「入り口で使った爆弾はまだ余ってる?」
「上で使ったやつじゃないが、爆弾ならこれがある。威力はそこまでじゃねえけど、爆弾は爆弾だ。ただし、ここを爆破したらもう爆弾はない。」
「了解。あの規模より劣る爆破でも、もう少し離れた方がよさそうだ。」
三人は扉から距離を取り、螺茅は手に持った手榴弾を扉に向けて転がした。
大きな爆発音と共に、扉には人が通るには十分な程の大きさの穴が開いた。それと同時に、手榴弾の破片が飛んできて、鐵月たちの足元を掠める。
「行くか。」
爆破が終わり、破片も静止した段階で、またもや螺茅が先陣を切って部屋に入る。
部屋の真ん中には、大きな樹のようなものが在り、そこから枝のようにして壁に向かって伸びている細長いものが見える。そして、壁には穴のような小部屋がいくつも在り、何人が見える。
「ここが佐藤の収容部屋…。」
「さっきのガキだらけの壁と言い、気持ちわりいな。」
螺茅と岸青は、部屋に入った直後に、その部屋の異常性に触れた。鐵月はその部屋に妙な既視感を覚えた。本来、適性のある鐵月が佐藤の収容部屋の中はおろか、場所を知っていることはおかしなことである。
「真ん中の樹みたいのは、佐藤の0号と呼ばれているもので、これがある限り永遠と佐藤は生み出され続ける。」
「なら、さっさとぶっ壊すか。」
そう言うと螺茅は、銃を乱射した。弾が切れたら、マガジン(弾倉)を外して、特異で作った弾丸を即座に装填する。何度も経験したのか、その動きに一切の無駄は感じられない。
「中心部に核がある。そこを破壊して。」
「もっと早く言え。」
そうして弾丸は、中心部目掛けて飛んでいくが、分厚い外皮のせいで核まで到達できない。だが、岸青が特異で作ったスコップで外皮を削り、核を露出させる。そして、もう一度発砲する。今度は核に命中し、打ち抜くことに成功する。
「0号はもう一つ。鈴木だけだ。」
汐 結菜
年齢 15(満16)歳 適性 唾液 パターン 石 変換 岩塩
代償 500gの岩塩を作るのに約1L相当の水分を消費
ギャルに憧れがあり、口調だけでも寄せようとしているが、いまいち踏み込むことができず中途半端。
特異の関係で、常に鞄には大量の水を常備している。そのため、死亡現場の床は水浸し。
名無し変異体の設定を考え付いた時点で、珊瑚と岩塩という海の共通点があるから退場させようと決めていた。
キャラクターのモデルにしたのは、大した能力もないのに仕切りたがりだった昔のクラスメイト。
なお、本編で活躍の場を設けなかった理由は、モデルにしたクラスメイトがあの場で活躍できるとは到底思えなかったため、早めに処理したいと思ったから(できるだけ惨い死に方で)。




