罪の感覚
初めて人を殺した手の感触はそう簡単には消えず、金剛はその場から動くことが中々できなかった。
包丁を振った時には生じなかった震えが止まらず、ついには嘔吐してしまう。
「金剛くん…。」
心配しているが、近寄ることができない瓜生。それを横目に水面が言う。
「この先、またこうして人を殺さなくちゃいけないなら、先に施設に入った灰もこんな気持ちになったのかな…。」
その言葉に二人は凍り付く。この後も人を殺さなくてはならない。自分たちの体を実験に使った奴らであっても、人であることに変わりはない。
「そっか…。鐵月くん…。」
俯いて弱弱しく呟く瓜生に、金剛が立ち上がって声を掛ける。
「あいつが何で俺を踏み台にして先に行ったのかも訊けてねえし、早いとこ追いついて問い詰めてやろう。」
気持ちの整理が着いたのか、金剛の手の震えは収まり、今は鐵月に対する思いでいっぱいだった。
「うん…。行こう…!」
しかし瓜生には、まだ戸惑いがあり、そう簡単には気持ちが落ち着かず、鐵月の他に、目の前に転がっている死体が瓜生の心をひたすらざわつかせる。
「叡…。辛いとは思うけど、今はとにかく先に行った灰に追いつこう?」
瓜生の心情を察したのか、水面が瓜生の手を握りながら施設に向かうことを促す。
三人は、鈴木の死体を後にし、施設に向かって歩き出した。ほんの数分程度で、爆発があった裏口に到着した。
「この爆発…誰がどうやったんだろう…。」
「こんな規模の爆発は、子供だけでできる物じゃないよね?」
瓜生と水面が疑問を口にする。二人は未だ手を繋いだままだが、瓜生の手は繋いだだけでは解消できない程酷く震えていた。
「でも、誰も出てこないってことはやっぱ、俺ら以外にもこの施設に乗り込もうとして行動した奴がいるってことだよな。」
金剛は、固唾を飲み込み、入り口に足を踏み入れる。その様子を見ていた瓜生は、いよいよ施設に入る実感が湧いてきたのか、手だけではなく、足まで震えだした。
「私たちも行こう?」
発した声まで震えて、無理をしていることは誰が見ても一目瞭然だった。それは、目が見えない水面にも伝わっていた。
「…叡、無理しなくていいんだよ?」
「無理なんてしてないよ?さあ、早く行こう?金剛くんの後に続かなきゃ…。」
終始震えたままの瓜生を水面は励ますことができなかった。結局、歩き始めた一歩目で足が縺れて、その場に座り込んでしまう。
「…うう…ぐすん…私、だめだぁ…。」
とうとう瓜生は泣き出してしまい、水面はただ黙って静かに瓜生の背中を摩ることしかできなかった。
一方で金剛は、裏口に入り、階段を下りている途中で振り返っても誰もいないことに気付いて事態を察した。
「あの様子だったしなぁ…やっぱ二人はついて来れねえか…。」
それでも歩みを止めず、先へと進む。階段が終わり道になり、金剛はダイヤのグローブを付けて、何が出てもいいよう準備する。
警戒しながらしばらく歩くと、床に倒れている人を見つける。
「これ…鐵月が?…それとも入口爆破した奴か?…。」
疑問に思いながらも先へと進み、扉を開ける。
生きた人間とは誰とも会わず、ただただ歩き続ける。すると、突き当りに差し掛かった。
「どっちだ?」
左右どちらが正しいのか迷ったが、右を向いた瞬間、左に進むことを選んだ。
「なんだよこれ…まさか鐵月じゃないよな?…。」
大量の血溜まりと死体。そして死臭により右に進むことは自然と拒んでいた。
「直接人を殺したせいか、死体を見ただけなら気持ち悪くならねえな…。」
人の死体に慣れてしまう。それがどれだけ恐ろしい事か、金剛はまだ気付いていない。
道に沿って歩いていると、いくつか扉を見つける。どこが何の扉かわからないが、手前から順に扉を開けていった。
初めに開けたのは食料庫だった。どこを向いても大量の食品が目に映る。
「今は要らねえな。」
そう言って扉を閉め、次の扉を開ける。そこは、仮眠スペースというべきか、二段の寝台が奥にも横にも並んでいた。
「ここも用はねえ。」
次の扉を開ける。そこには、大量の赤子が謎の機械の中で横になっていた。「なんの部屋だ?ここ。」と疑問に思っていると、どこからか女性の話し声が聞こえてくる。
「双子の両者適性あり。安定してきたな。」
「あと残る問題は、病気と代償か。」
「代償については完全に取り払うの不可能でしょ。」
「それでも限りなく0に近づけるのが私たちの存在意義だ。」
「相変わらず堅いねえ。よっ!真面目さん。」
「その呼び方をやめろ。お前をここに閉じ込めてやってもいいんだぞ?」
「それだけは勘弁~。」
双子という言葉に引っかかり、機械の中を覗く。赤子のため、見分けがつかないが、おそらくこの部屋にいる赤子は双子だと思われる。
「ねえ、君。侵入者かな?」
剽軽な声で話し掛けられ、咄嗟に身を隠し、息を潜める。
「侵入者⁉誰を見つけた。」
「ほらあそこ、隠れてるつもりだろうけどまるわかり。」
少しずつ足音が近づいてくる。徐々にこちらへ向かってきているのが分かる。隠れても意味がないことを悟った金剛は、不意打ちをするために身構える。そして、人影が見えた瞬間、機械の陰から飛び出し攻撃を仕掛ける。
「やっぱりいた。」
あっさりと金剛の拳は受け止められ、不意打ちは失敗した。
「ほんと、お前の人感センサーだけは尊敬するよ。」
金剛は、背後からスタンガンを押し当てられ、気絶してしまう。
ようやく涙が引いた瓜生が水面に訊く。
「ねえ、目の前であんなことが起きたのに、水面ちゃんはどうしてそんなに平気でいられるの?」
泣き止んでも、気持ちは一向に落ち着かず、声は未だ震えている。
「ウチ、昔から色々と我慢強くて。痛くても怖くてもあまり泣かないんだ。」
「…今は水面ちゃんのそうゆうところが羨ましいよ。」
肝心な時に一歩が踏み出せない自分に嫌気がさし、つい水面を妬んでしまう。
「でも、ウチだって平気なわけじゃないよ?」
「…?」
俯いていた瓜生が顔を上げて、水面を見る。
「昔から、涙が出ないだけで、心の中ではすごく不安に思ったりもするし、今だってほら。」
そう言って水面は瓜生の手を取り、自身の胸に押し当てる。水面の心拍はかなりハイペースで、緊張していることが感じ取れる。
「ウチも今すごく怖い。どうしていいのかわからない。でも、灰と張斗は先に行っちゃった。ここで止まってても二人には追い付けない。」
「私にだってそれはわかってるよ!…みんな何で進めるの?…私は怖くて仕方ないのに…。」
瓜生はひたすら肩を震わせまた泣き出してしまう。立ち上がることすらできない自分自身に怒り、その憤りを水面にぶつけてしまう。そんな自分にまた怒る。
「…叡がウチを羨ましいと思うように、ウチも叡の事羨ましく思ってるよ。」
「…。」
「誰かのために涙を流せるなんて素敵じゃん。ウチ、自分のことばっかで、周りの事とか全然気にできなくて、だから…その…ウチは、三人が友達になってくれたこと、すごく嬉しくて…その友達が行く所なら一緒に付いて行きたいの!」
水面の必死の演説を聴いて瓜生は呟く。
「…何それ…馬鹿みたい…。」
瓜生の言葉に水面が顔をしかめる。
「でも、ありがと。おかげで少し気が楽になった。」
ようやく立ち上がることができ、二人は鐵月と金剛の後を追うため、施設へ入る。
双子の両者適性
鐵月が過去に見た適性を持った双子を基に、研究は進んでおり、大量のクローンが保管されている。金剛は、そのクローンを見た。また、双子に代償を分散させることや異なる適性を持たせる研究もされており、双子の孤児を連れてきては、クローンを作ってから研究している。




