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道徳の意味づけ  作者: 弾泥
第七章 感情を意味づける
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ギャンブル実験の解釈

 ギャンブル実験においてVMPFC損傷患者は、各組のカードに対していい悪いという知識はあったが、その評価が意志決定に影響することはなかった。このことをどう説明できるだろうか。

 グリーンは「VMPFCは、経験……から得た断片的な多数の情報を統合して、その情報を情動信号に変換し、その信号が意志決定者にどう行動すべきか適切な忠告をする」(*1)と説明している。

 だがVMPFCが断片的な経験を統合しているとする考え方には、いまいち納得がいかない。VMPFCが経験の統合をおこなっているということは、そうした統合プロセス(このような複数の概念を統合するプロセスは、判断と呼ばれる)がすべて無意識的におこなわれていることを意味するが、過去の意識的な判断が影響している可能性を排除する理由は特にないからだ。

 ヒントを与えてくれるのは、ダマシオらによる定性分析だ。

「その分析から、患者たちはペナルティを支払った直後は健常者と同じようにその悪いカードが出てきた組を避けているが、健常者とはちがい、その後ふたたび悪い組に戻ることがあきらかになった……どうも罰の効果がそう長くはつづかないのは、たぶんそれが将来展望に関する系統的予測装置と結びつかないからだろう」(*2)

 後半にあるダマシオの解釈は結果がマークされるという考え方を前提としたものだが、少なくとも直後には健常者と同じような意志決定をしているのだから、VMPFCを損傷していても経験を統合するのに必要な判断自体はされていることがわかる。意識的な判断なら、健常者と同じようにできるのだ。


*1 ジョシュア・グリーン『モラル・トライブズ』185頁。

*2 ダマシオ『デカルトの誤り』330頁。


 ダマシオによるものとも、グリーンによるものとも違う説明を与えてみよう。認知科学ではしばしば脳をコンピュータにたとえて説明されるが、ここでも同様にしてみる。

 最近のパソコンではメインメモリの容量も増えてきたためあまりないかも知れないが、一昔前にはブラウザでいくつもタブを開けば、すぐにメインメモリの容量を超えてしまい、急に動作が遅くなるといったことが頻繁に起きていた。

 このとき内部では、なにが起きているのか。メインメモリとストレージ(ハードディスクなど)の関係は、机と本棚の関係にたとえられることが多い。作業場となる机は、広ければ広いほど同時にいろいろな作業ができる。その際作業に使う本やノートは、本棚にあるものを取り出して、机の上に広げることになる。

 だが机の上がいっぱいになって、これ以上本やノートを広げられない状態になった場合、すでに広げてある本やノートのうちしばらく使っていないものをいったん本棚の中に戻して、それによって空いたスペースに今使いたい新たな本やノートを置くことになるだろう。

 それと同様で、作業場となるメインメモリがいっぱいになった場合には、その一部のデータをストレージに確保した領域に保存しておいて、それによって空いた領域を利用することになる。ストレージに保存したデータにアクセスしようとすると、そのタイミングでストレージからそのデータを読み出して表示する。もちろんメインメモリ上のほかのデータが代わりにストレージに保存され、それによって空いた領域に読み出したデータが展開される。パソコンの動作が一気に遅くなるのは、メインメモリと比べるとストレージの読み書き速度が遅いためだ。

 パソコンの場合は、ストレージの読み書きが間に挟まるのはある意味異常事態なわけだが、おそらく人間の脳は同様のことを、もっと頻繁におこなっている。パソコンのメインメモリに当たる領域は、人間の脳の場合はワーキングメモリと呼ばれている。そしてこの領域の容量が、昔のパソコンにもまったく歯が立たないほどに小さい。よくいわれるのは7±2チャンクというマジックナンバーだが(チャンクはひとまとまりの情報を表す単位で、要するに普通の人の思考では5~9個の情報しか同時に利用することはできないということ)、正確な数はともかくとしても、非常に少ない数の情報しか同時に利用することができないのはたしかだろう。

 そのためいったん利用可能な状態になった情報でも、新たな情報を得るにつれ、時間とともに忘れられる。忘れられるといっても記憶から消え去るわけではなくて、もっと深い領域、長期的に記憶を保持する領域に移動されると考えられる。

 その情報を再び利用可能な状態にするには、その深い領域からワーキングメモリーに記憶を読み出さなくてはならない。その読み出しに、快不快の感情がかかわっている可能性がある。

 快不快はわたしの意識に、過去の経験から学んだこと、今意識している手段候補にかかわる法則を以前見つけたことを教え、そうした記憶の存在に気づかせてくれる。快不快を感じられない場合、思い出そうと思えば思い出すことはできるのだが、無意識に(反射的に)思い出すということができない。そのためいざめくるカードを選ぼうとする瞬間には、その組がかつて悪い結果をもたらしたことからくる評価の記憶を、(予感として)思い出すことを忘れてしまう。


 とはいえメカニズムの神経基盤についてのたしかな議論は、その道の専門家に任せておくべきだろう。ここでは次の仮定を用いて、種々の概念を整理していこうとしているのだということだけわかってもらえれば十分だ。

 すなわち快不快が手段へのマーカーとして機能していて、われわれはそうした感情を使って過去の経験を参考にし、日常的な意志決定をおこなっている。

 つまり快不快という感情は、過去の経験から学習した特定手段(あるいはそれに類似した手段)への評価を表し、この手段はおすすめですよ、この手段はやめておいた方がいいかもしれませんよといったことを、われわれの意識に教えてくれるということだ。YouTubeやAmazonができるよりはるか昔から、われわれの身体のアルゴリズムには、レコメンド機能が備わっていたのだ。

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