幸福の数量計算(快楽計算)批判
トロッコ問題において助かる人の数が多くなるような判断をすることは、すでに述べたように功利主義的な判断だといえる。その根底にあるのは、ベンサムが提唱した快楽計算と呼ばれる手続きだ(*1)。
快楽と利益の概念の違いについては次章に譲るとして、ここでは利益の加算減算について考えよう。ジョシュア・グリーンはこうした功利計算こそ合理的な考え方で、歩道橋から人を突き落とすのを躊躇することは非理性的だと考えているようだ。たしかにfMRIを使った実験結果では、人びとに太った人を突き落とすのを躊躇させているのは、理性ではなく情動だということが示唆されている(ただし次章以降における考察からは、情動的なことが即座に理性に反するとは限らないことがわかるはずだ)。
グリーンによると歩道橋パターンで太っている人を「突き落とすのは間違っていると答えるとき、たいていの人は自分の判断に戸惑っている」し、「功利主義的理由づけはつねに意識されているが、自分たちの反功利主義的動機についてはよくわかっていない場合が多い」(*2)。彼の考えでは、功利主義的判断が正しいことは誰にでもわかる、自明なことなのだ。
*1 ベンサム『道徳および立法の諸原理序説(上)』(中山訳)93~94頁(第四章五項)。
*2 ジョシュア・グリーン『モラル・トライブズ』167~168頁。
だが本当に、つねに助かる人の数が多くなることが、合理的な<道徳判断>なのだろうか。
ポイント切り替えパターンでのわれわれの直観についてポール・ブルームは、道徳的熟慮によるものではなく、数学の問題と大差ないものとして処理している可能性を指摘している。彼は著書の中で、次のような実験を紹介している。
この実験ではトロッコ問題と同じシナリオで、人間の代わりにティーカップを置いた。すると被験者の多くは、ティーカップを5つではなく、1つだけ割る選択をしたという(*3)。
*3 ポール・ブルーム『ジャスト・ベイビー』192~193頁。ブルームによると、以下から(筆者は未読)。S.Nichols and R.Mallon, "Moral Rules and Moral Dilemmas," Cognition 100(2006):530-42.
人間の理性は、答えのないものを嫌う。だからどちらかを選べといわれたら、どちらかを選びたくなるのが人情というものだろう。しかし理由もなくどちらかを選ぶというのも、なんとなく気持ちが悪い。なのでなにかしらの、基準となるものを探す。
そんなとき、数ほど便利なものはない。なぜポイントを切り替えたのかと訊かれたら、その方が助かる人の数が多くなるからと答えればいいだけなのだから。なにより数は明確だ。数ほど客観的な基準はない。「1と5のどちらが大きいか」という問題にパラフレーズすることで、保育園に通っているような小さな子どもでも間違いようがない、完璧な答えを出せる。
だがこれは、道徳的な価値に関する判断ではない。大きいつづらと小さいつづらのどちらを選べばより大きな価値を得られるかと問われたときに、もちろん大きなつづらに決まっていると答えるようなものだ。
だが知りたいのは、どちらがより大きいかではなく、どちらがより価値があるのかということだ。どんなに明確な基準だったとしても、数や物理的な量の大きさは、決して価値の大きさの根拠にはならない。
したがって複数の人が小さな不利益を受けるか、一人が大きな不利益を被るかの二者択一を迫られた際に、複数の人の小さな不利益を足し合わせることで大きな不利益となり、その結果一人の大きな不利益を上回るために、後者を選ぶべきだとする考え方は否定される。
こうした利益計算の不合理さについては、次のような説明もできる。第一章で説明したように、利益とは目的が促進されることをいう。そして道徳判断で増減する客観的価値とは、主観的目的の手段たる社会そのものの価値のことだ。価値は足し算や引き算といった操作の対象となる数量を表すものではなく、度合いをもつ質を表している。
同じく度合いをもつものには、たとえば温度がある。40度の湯と60度の湯を混ぜ合わせたところで、100度の熱湯ができたりはしないだろう。一つの湯の中で、40度の部分の体積より60度の部分の体積を大きくすることで、より温度を熱くするというような考え方もしない。
世界は一つしかないのだから、同じ世界の中に幸福な人が何人いて、不幸な人が何人いるかは、世界の価値には影響しない。どれだけたくさんの人が幸せだったとしても、自分が不幸になりやすい世界を、善い世界だと考える理由はない。大事なのは任意の人が幸福になれる確率と、不幸を脱することのできる確率だ。
もちろんそれぞれ異なる40度の湯と60度の湯は、どちらがより熱いかという比較はできる。それと同じように、しようとしている行為をした場合に予測される世界と、その行為をしなかった場合に予測される世界が、どちらがより高い価値をもっているだろうかと比較することは可能だ。
温度のメタファーからは、価値が貯金できないということもわかる。つまり以前に善いことをしたからといって、別のときに悪いことをしても許されるということにはならない。
仮にあなたが温泉はなるべく熱い方がいいと考えているとして、温泉に入っているときに、それが徐々にぬるくなっていったり、かと思ったらまた温度が上がったり、そしてまた冷たくなったりしたらどう思うだろうか。たとえ温度が下がっても、さっきまで温かかったことで相殺されているとして、問題視しないということがありうるだろうか。
度合いである価値(善)には、一定以上の安定性が求められる。一時的に上がっても、その後にまた下がっては意味がないのだ。もし過去の善行によってその後の悪行が許されやすくなるとしたら、それは過去の善行によって相殺されたのではなく、過去の善行からの推測によって、その人が将来にはまた善行を続けるだろうことが予想され、悪行を悔い改めることによって、社会の価値を高める人になる確率が高いと期待されるからにすぎない。
もし利益の加算減算に違和感がないとしたら、それは価値を数量的に扱いやすくした、金銭価値への換算になれているからかもしれない。
しかし本来の利益とは生存確率を高めることをいうのだから、異なる人の利益や不利益を単純に足したり引いたりしてもしかたがない。異なる人の利益不利益を比較するには、一人ずつで比較しなければならない。多くの人の小さな不利益と、一人の大きな不利益が対立する場合には、後者を避ける努力を優先したとしても十分な合理性がある。
このような説明をすると、たとえば自動車を使えない不利益と交通事故に遭う不利益を比較すると後者の方が大きいから、自動車の利用を廃止するべきだということかと批判が来るかもしれない。この場合は交通事故に遭うという具体的な原因で考えるよりも、交通事故に遭う可能性があるという、原因可能性で考えた方がいいだろう。
そもそもあらゆるリスクは、それ自体がなにかしら具体的な結果を引き起こすことを確定させる原因というよりは、原因を発動させる可能性があるという、原因可能性にすぎない。他者が被害に遭ったものをリスクとして捉えるのは、いずれは自分もその被害に遭う可能性があるという、原因可能性として認識されるからだ。そうしたリスクが具体的に原因として発動したものまでリスクとして考えるのは、もともと原因可能性だったものが原因として実体化したものだからだ。
原因可能性の時点ではまだ結果への影響は不確定だが、原因は発生した時点で結果に影響を与えることが確定する。客観的目的でリスクに注目するのは、原因が発生したときにはもう遅いので、未然に防ぐことが必要とされるという意味合いもある。
交通事故に遭う可能性自体は、すべての人に等しくある。そして自動車が社会からなくなることによる不利益も、同様にすべての人に等しくあるだろう。直接運転する機会がなくとも、運送業者が自動車を使えなくなれば物資がスムーズに行き渡らなくなるなど、間接的な不利益はいろいろと考えられる。
どちらの不利益が、みずからの生存確率をより下げることにつながるだろうか。多くの人は、やはり自動車のある生活を望むように思える。交通ルールを守っていても交通事故に遭う確率は、自動車がなくなることで起こる社会の不便さに自身の生活が影響される確率に比べると、やはり小さいと考えられるからだ。とはいえ人がみずからの生存確率について考えるときの確率とは、あくまで主観的な確率にすぎない。そのため身近な人が交通事故に遭うなどの経験を通じて意見を変化させ、人によって異なる考えに至るということは十分にありうる。
したがって交通事故で亡くなる人が多くいるにもかかわらず自動車に反対する人が少ないのは、自動車がなくなることによって被る人びとの不利益をすべて足しあわせたものが、交通事故で亡くなる人の不利益をすべて足しあわせたものより大きいからではない。そうではなく、そもそも社会から自動車がなくなることが、交通事故に遭う可能性があること以上に主観的目的に反すると、人びとが考えているからだと思われる。
つまり自動車のある生活を享受できるが交通事故に遭う可能性もわずかながらある世界と、交通事故に遭う可能性はないが自動車のある便利な生活を享受できない世界のどちらがいいか、言い換えればどちらがより自分の生存確率を高めるかという、二つの世界の価値を比較したことによるものだといえるだろう。
もちろんもしより安全な代替手段が出てきたような場合には、自動車の廃止が支持されるように人びとの意見が変化する可能性も十分ある。これは技術的に可能なことが変わったことにより、比較される世界の価値に変化が生じたためだ(自動車のない世界の価値が高まった)。




