偏向と平等
内部社会型の問題が、S3を優先することがS4に反するということにあるのなら、S3をS4より優先することはどんな場合でも許されないのか、ということが問題になる。たとえば家族への誕生日プレゼントを買う余裕があるのなら、その分を諦めて見知らぬ子どもの貧困を減らすための寄付を優先すべきなのだろうか。
この点について哲学者のピーター・シンガーは、全体の幸福が最大化されるような結果を目指すべきだという功利主義の立場から、家族にプレゼントを買うような余裕があるのであれば、見ず知らずの人の命を救うことにその分の富を使うべきだと主張する(*1)。
それに対し発達心理学者のポール・ブルームは以下のように述べて、シンガーの考え方に反対している。
「もっとも効果的なシステムとは、一般に、すべての人が、自分と自分の身の周りの人をまっさきに思いやるシステム」(*2)であり「自然選択の論理は、私たちの利他的で道徳的な衝動に、差別的であれと命ずる。赤の他人より、友人や家族をひいきするバイアスをもつほうが、子孫をより多く残す上で有利だからだ」(*3)
*1 シンガーの詳しい議論については、以下を参照のこと。ピーター・シンガー著、児玉聡・石川涼子訳『あなたが救える命 世界の貧困を終わらせるために今すぐできること』勁草書房、2014年[2009年]。
*2 ポール・ブルーム著、竹田円訳『ジャスト・ベイビー 赤ちゃんが教えてくれる善悪の起源』NTT出版、2015年[2013年]、181頁。
*3 同、183頁。
こうした問題を考えるにあたっては、家族の客観的目的を、主観的目的に置き換えて考えてみるといいだろう。
自分の主観的目的のために客観的目的があるのだから、客観的目的を害しない範囲であれば、自分の主観的目的を積極的に促進していくのは当然許される。客観的目的のために自身の主観的目的の促進に受忍限度を超えるような制限をかけるようでは、本末転倒だろう。
だとするなら、見知らぬ子どもの貧困を減らすための寄付も、間接的には家族のためにもなるからこそ、おこなうべきなのだ。もし自分に事故かなにかがあって自分の子どもが孤児になったとき、子どものために寄付する習慣のある社会であれば、ほかの誰かに助けてもらえる確率が高くなるだろう。このように、たとえ寄付が自分や家族に直接的な利益をもたらすものではなかったとしても、寄付が自分や家族のためになると考える理由はいくらでもある。しかしそれは、あくまでも間接的な目的促進なので、直接的な促進を必要以上に犠牲にすることまでは要求されない。
シンガーは寄付額についても、これ以上寄付すれば、それで救われる子どもの命とほぼ同じくらい重要ななにかを犠牲にすることになるぐらい、貧しくなるまで寄付するべきだと主張している(*4)。
だが先に述べた理由から、間接的な促進(寄付)はあくまでも、余力によっておこなっていく形で構わない。とはいえそれは、一切なにもしなくてもいいということを意味しない。さまざまな人の余力が集まることで、それなりに大きな力になるに違いないからこそ、個々人では余力で構わないのだ。
*4 シンガー『あなたが救える命』22頁。
最大の目的は主観的目的であるため、寄付額はあくまで、自身のために使う場合と世界(他者)のために使う場合で、どちらがより大きな利益を得られるかという比較考量で決めるべきだ。
同じ額の富の増加分であっても、富が不足している状態から増加するのと、ある程度余裕のある状態から増加するのでは、リスクの減り方には大きな差が出るため、利益の増加分に違いが出てくる。そのためある程度を超えると余力を自分や自分の身の周りの人のために使うよりは、より広い道徳範囲の客観的目的を促進するために使った方が、主観的目的をよりよく促進できるようになる。
どちらかに偏重しても、効率が悪い。消費した資源の額面と利益の増え方は必ずしも一定でないことを意識しつつ、バランスよく配分していくのが一番いいだろう。
もっとも、道徳範囲が狭い人は範囲外の人のリスクにまったくの無関心であるため、より広い客観的目的の促進が自身や自身に近い人たちのためにもなるということに、気がつきにくくなっているというのもまた事実だ。本稿でこれから人間のさまざまな機能を考察していく中であきらかになっていくことだが、感情任せの道徳では、その対象者を増やすのは困難なことであり、持続的な寄付というものはほうっておいても広がる保証がない。
そのことを考えれば、極度の貧困状態にある人びとが無視されている現在の状態にやきもきするシンガーの気持ちも、理解できるというものだろう。すでに述べたとおり寄付等をするのは余力でいいというのは、なにもしなくていいという意味ではないので、無関心が正当化されるわけではない。人類の長期的な利益を考えるなら、貧困を減らすための最善の努力は絶対的に必要なことだ。




