バディの条件 3
シャワーを浴び朝食を食べて、糊付けしたシャツとスラックスを身につけた海東が署に戻ったあと、京也はシックな内装のリビングでようやく一息ついた。
ほとんど樹も植えていない殺風景な庭から射しこむ午前中の陽光がすがすがしい。
一週間まえまでは起床した時間帯からずっとすがすがしかったのだが、これはいつまで続くのか。
海東の話を総合すると、奇妙な連続殺人が解決するまでということか。
とはいえ怪異に関わる活動などしたこともなければ、そもそも自分に霊感があるのかすら考えたこともない。
たしかに舞台上で歌っている歌の多くはミサ曲で、歌詞もたいていキリスト教の公用語のラテン語だが。
それがお経のようにたまたまオカルト存在に効いたということだろうか。
聖書についてとうぜん勉強したことはあるが、クリスチャンというわけでもなければ教会の司祭やエクソシストというわけでもない。
そんな人間の歌でも効くのだろうか。
ならべつの声楽家でもいいのでは。
イスの背もたれにギッと背をあずけて京也は顔をしかめた。
そもそも海東にしても、そういった能力を持つ人間を見抜けるような勘を持ってるというわけでもないらしい。
藁にもすがるという感じなのかもしれないが、当てずっぽうやぐうぜんで藁にされたほうも困る。
悩んでもしかたないか、とイスから立ち上がりリビングを出る。
ともかくとことん断っていればいいだけだ。
シンプルな間取りの母屋なので、リビングの横はすぐに玄関だ。
いったん庭に出て、庭履きをつっかけ離れのほうに歩を進める。
離れは母屋よりもさらにシンプルな間取りで、トイレと洗面所があるのみのワンルームだ。
はしにピアノが二台あるほかは簡素なテーブルとソファしかない。
海東がこちらに泊まりこめそうとか言っていたが、姿勢を確認するための大きな姿見と口の形を見るためのウォールミラーがあるので、たぶん入室するのもムリではと思う。
ため息をつきながら離れのドアを開ける。
ドアを開けたとたん、姿見とウォールミラーが同時にゆがんだように見えた。
光の加減かなと、いちど庭のほうをふりむく。
「あの」
背中のほうから声をかけられて、こんどはそちらに顔を向ける。
ショートヘアの少女がそこにいた。
パーカーにハーフパンツ。ボーイッシュな感じの子だ。中学生くらいだろうか。
門を入ってくる人影すら見なかった気がするが、いつの間に背後まで来ていたんだと京也は眉をひそめた。
「えと……」
門を見つめたまま口を開く。
「レッスン希望の子? 未成年だと親御さんもいっしょじゃないと」
京也は愛想笑いでそう応じた。
舞台は入場料のほとんどがコーラス団の運営費に使われるので、あまり大きな収入にはならない。
おもな収入源は、ピアノや声楽のレッスンやアマチュアのコーラス団の指導といったところだ。
あたらしい受講申し込みはありがたいが、なにか不審な空気を感じて脚をじりじりと後ろに引く。
「親御さんも連れてもう一回……」
「あなた、あのクソ役人に手を貸したくなってるでしょ」
「は?」
少女が一転して口汚い言葉づかいで睨む。
初対面の子なのでふだんの様子はしらないが、中学生の少女としてはあまりまともな目つきではないように見える。
据わった目というか、まっとうな世間からかなりズレた雰囲気というか。
「ク……えと役人?」
だれのことを指しているんだと思ったが、いまのところ関わりのある役所の人間といったら海東くらいか。
いや、確定申告のときに話した税務署の職員だとか著作権について問い合わせた文化庁の電話口の人まで言われたら心当たりがありすぎるが。
「胸くそ悪い声を出すその口を閉じろ」
少女がますます据わった目つきになり、じりじりとこちらに迫る。
「声……?」
京也は後ずさった。
離れのドアに背中があたる。
「クソがああ! 地獄になんか戻されてたまるかあああ!」
少女が絶叫する。
「うっ」
白くほそい両腕をのばすと、京也の首をとらえた。
ギリギリと締めつける。
振りはらおうとしたが、少女の力ではない。どこからこんな腕力がというような怪力だ。
喉をつぶす気か。
そう直感した。
仕事を失くす恐怖と命の危険にたいしての恐怖とで全身が総毛立つ。
「ぐっ……」
京也は必死で少女の両手首をつかんだ。




