バディの条件 1
「S山公園は、市民音楽ホールにも市音楽堂にも近いので舞台直前の練習によく使うんです」
京也の自宅ちかくの遊歩道。
朝六時半。
ジャージにパーカー、口にはマスクという格好で走りこみをしていた京也に、「よっ」と声をかけると、海東がシャツにスラックス姿で伴走してきた。
そのまましばらく並んで走る。
「楽屋でそう話してくれりゃよかったじゃん」
「楽屋のときは、さっさと帰ろうと危険回避本能が働いたんです」
京也はそう応じた。
「一週間伴走してようやく話してくれるとか、あんたけっこう手強いな」
「あなた、けっこう事情聴取とか下手なほうですか?」
京也は顔をしかめた。
「つか本番まえって楽屋で練習するもんじゃねえの?」
海東が、スッスッハッハッと規則的な呼吸をつづける。
京也の呼吸音と同じリズムで重なった。
「楽屋は数が限られてますし、案内されるのは本番の数時間まえってところです。そのまえの練習はだいたい外でやります」
「はー」
海東が宙を見上げる。
彼には触れたことも関わったこともない世界なのだろう、いちいち理解の追いつかないような顔をされるとイラッとくる。
問題なく伴走してくるのは、さすが警察官という感じだが。
「つかいつもこんな朝早く走んの? 何時起きだ、あんた」
海東が遊歩道のよこの車道をふりかえる。
車もまだほとんど通っていない。
もうすこし大きな通りなら大型トラックがときおり通るかもしれないが、遊歩道のそばとなるとトラックの走り抜けというものはめったにない。
「六時です。交通量の多い時間帯だと排気ガスで喉を痛めますので」
京也は答えた。
「警察名物、おはよう逮捕もびっくりだな」
そんな名物、知らないんだけどと京也は眉をよせた。
「おはよう逮捕って知ってる?」
「知りません」
「被疑者がかならず家にいる時間帯ねらって逮捕に行くと、だいたい早朝になるっていう」
「それ有名なんですか? けっこう知られてるなら、そろそろ早朝に在宅を避ける犯人だらけになってもいいような」
海東が走りながらグッと身を乗りだし、京也の顔をのぞきこむ。
「……何ですか」
「マスクして走りこみって、ボクサーくらいだと思ってたからよ」
海東がもとどおりまえを向く。
「音楽のほかにボクシングでもやってんのかと思ったけど、やっぱ違うんか」
「ハァハァ息を吸いこんだら、排気ガスと早朝の空気の冷たさで喉を痛めるのでつけてるんです」
「はー」
海東が宙を見上げる。
また同じ返しかと京也は思った。
「んでさ、捜査に同行……」
「なんで僕がそんなことしなきゃならないんですか」
京也はぴしゃりと返した。
ここ一週間くりかえしているやりとりだ。
「警察の仕事って時点で危険そうなのに、相手が意味不明な手とか。民間人をなんだと思ってるんですか」
「そこは責任持ってちゃんと守る」
海東が大きな手を握ったり開いたりしてみせる。
腕っぷしは強そうだが。
「あなたがいちばん狙われてるのにですか?」
京也は顔をしかめた。
「だぁって、署内であれに対抗できそうなやついねえんだもんなあ……」
海東が声を上げる。
「僕だって自分の声で手が引っこんだの消えたの言われても分かりませんよ」
「霊媒師の家系だとか、先祖にエクソシストがいたとか」
「まったく心当たりありません」
京也は答えた。
「そもそも声楽家排出するって、どういう家庭だ?」
「ふつうの家庭ですよ。専業でやってる人のなかには音楽一家とかあるかもしれませんけど、兼業の人はわりとふつうです」
「はー」
また海東がそう返す。
いちど早朝の空を見上げたが、ややして顔を軽く強ばらせた。
伴走しながらこちらにススッと身をよせる。
なにをぶつかって来るんだと京也は眉根をよせた。
数メートル先に、カーブミラーがあるのに気づく。
あれを避けたのか。
カーブミラーをじっと見つめた。
ゆらゆらと何かが動いた気がしたが、たぶん鏡の微妙な凹凸だろうと思った。




