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レクイエム双響曲 〜声楽家と刑事のエクソシズム事件簿〜  作者: 路明(ロア)
第1楽章 Kyrie eleison:主よ、あわれみたまえ――血まみれのマリアと不協和音の双響曲

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楽屋にて 1


 

「海東 駿太(かいとう しゅんた)、椀間(わま)署刑事課、強行犯係。用件は協力要請」



 舞台を終えて京也(きょうや)が舞台そでに戻ったときには、スタッフが椀間署に確認をとり終えたところらしかった。


 男があらためて警察手帳をとりだし京也に名乗る。

「事情聴取とか逮捕とか、そういうんじゃないから安心してな」

 そうつづけてニカッと笑う。


 同じコーラス団に所属する出演者たちは、すべての演目を終了しわらわらと舞台そでの出入口ドアへと向かっていく。


 「何かあったの?」というふうにこちらを見る者もいたが、基本的には全員ほかに職業を持ちながらの兼業だ。

 あとは着替えて現地解散。あまり迷惑をかけるわけにもいかない。

 京也は愛想笑いを返した。

 

 男がほんものの警察官との確認がとれたとはいえ、はじめの接触のしかたがしかただ。

 スタッフたちは、男から手を離しつつも全員がそろってそれぞれの角度から睨みつけていた。

「さいきんの警察ってさぁ」

「まともな仕事してないイメージだよねぇ」

 女性スタッフが聞こえよがしに放つ言葉がポソッ、ポソッと耳に入る。

 ここまでの状況になるあいだ、どれだけトゲトゲしい言葉が飛び交ったんだろうと京也は想像した。


「ああ、あんたには名刺渡しとく。こっちから協力要請する立場だからな」


 四方八方から睨まれている空気の悪さなどどうでもいいのか、海東(かいとう)と名乗った男がもういちどモッズコートの内ポケットに手を入れて名刺入れをとりだす。

「んーとな、待ってな。悪用されないよう、いろいろ書くからよ」

 海東が自身の胸元のポケットをパンパンとたたいてさぐる。

 ボールペンをとりだすと、一枚だけぬきとった名刺にいろいろと書きだした。

 

「……時間かかりますか?」


 京也は問うた。

 できればさっさと楽屋にもどって着替えてくつろぎたい。

 舞台まえ一時間ほどは声のかすれ防止と尿意防止のためにチビチビとしか水分をとらないので、飲みものがほしいというのもある。



「あー、平気すぐ済む」

「すみません。楽屋、少し時間すぎてもだいじょうぶですか?」



 京也は音楽ホールのスタッフに向けて問うた。

「あ、はい」

 音楽ホールのスタッフが、そそくさとスマホをとりだす。べつのスタッフと連絡をとった。

 ややして、大きく両手で丸をつくる。


「楽屋で話聞きます。着替えながらでもいいなら」


 京也は、タキシードの襟(えり)もとをゆるめながら海東を舞台そでの出入口へとうながした。

「お、楽屋」

 楽屋がめずらしいのか、海東がわずかに声を弾ませる。

「女優さんがお化粧とかする」

「男性用の楽屋です」

 京也は答えた。

「あーそか。男性用」

 こちらに歩みよりながら海東が復唱する。

 薄い舞台そでの床が、ベニヤ板特有のボコボコと雑な靴音を響かせた。


 音楽ホールのスタッフが舞台そで出入口のドアを開ける。

 会釈して、ほどよく陽がさした薄青の廊下に京也は踏みだした。


「あ、べつに男の楽屋とか着替えは興味ねえから」

 半歩ほどうしろをついてきながら海東がつけ加える。

「何の申告ですか。警察の規定で申告しろとかあるんですか?」

 京也は顔をしかめた。

「ねえけど、女優イメージしてちょっと喜んじまったから。さいきんはLGBTとかあっから、さきに申告しといたほうがむしろ安心じゃねとか」

「話がさっぱり分からないのに、安心も何もないんですが」

 京也は答えた。





 舞台そでから楽屋までは、ほそい廊下をだいたい数十メートルほど。

 

 京也は、出番まえに着替えと最終の練習場としてつかった部屋のドアを開けた。

「どうぞ」

 海東をなかにうながす。

「ほー」

 ゆっくりとなかに入った海東が、部屋のあちらこちらを見回した。

 部屋は四十畳ほど。

 窓もなく白い壁と青色の毛足のみじかい絨毯(じゅうたん)が敷いてあるだけのきわめてシンプルな部屋だ。

 片すみに二、三十脚ほどのパイプイス、べつの一方のかたすみに華奢(きゃしゃ)なハンガーラックが置かれている以外は、調度品のたぐいもない。



「なんつうか……くそシンプルな部屋だな。楽屋なんつうとファンからのプレゼントとか花束とかごちゃごちゃあるもんかと」



「クラシックのコーラス団にそんな派手なものないですよ。花束は交流のあるほかのコーラス団とか音楽教師とかからもらったりしますけど、みんな持ち帰りますから」

 室内にだれも残っていないところをみると、ほかの男性団員は早々に着替えて帰ったのだろう。

 京也は、開いたまま置きっぱなしにされたパイプイスを手で指した。



「座るならどうぞ。僕は着替えますのであと勝手にしゃべってください」



 ハンガーラックにかけた私服を自身のほうに引きよせながら蝶ネクタイをはずす。

 私物のボストンキャリーからペットボトルのお茶をとりだし、シャツのボタンを外しながらがぶがぶと飲んだ。

 海東のほうをチラリと見て、もう一本入れていたペットボトルをとりだす。

「どぞ。よければ」

 社交辞令として手わたす。

「ああ、悪い」

 海東がごつい手で受けとりパッケージを見た。


「お茶か。ちなみにコーラとかはねえの?」

「舞台上でゲップが出たら困るので炭酸飲料を持ちこむ人はいません。それ以外がいいならホールの自販機で買ってください」

 

 京也は飲みかけのペットボトルを足もとに置き、上着を脱いだ。





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