強制連行未遂、舞台そでの乱入者
舞台そでの薄暗い空間から、舞台をうかがう。
ライトに煌々と照らされた舞台の上では、タキシードを着たテノール、バスの男性たちと、シンプルな白いドレスを身につけたソプラノ、アルトの女性たちがかけあいをするように激しい旋律をたたみかけている。
絶妙なかけあいをあやつる年配の指揮者は、右を向いていきおいよく腕をふり上げたかと思うと、こんどは左を向き左の歌い手たちをあおるように腕をぶり上げる。
四つの旋律がひとつに調和し、会場の高い天井へつきぬけるように響いていく。
客席にすわった人々は、みな微動だにせずステージの上を見つめている。
演奏がうまくいっている証拠だ。
そろそろ出番だ。
秋月 京也はタキシードの蝶ネクタイを軽く整えた。
薄暗い舞台そでの一角に立てかけられた姿見で、自身の身だしなみをチェックする。
ウェーブのかかった色素の薄めの髪、すらりと通った鼻筋。
俳優なみといわれる容姿は、ある程度は自覚している。実力はもちろんだが、舞台の目立つ場所に立つ以上、やはり華があるという要素もだいじだ。
いま歌われている楽章が終わったら、入場する。
ほかの合唱団員よりまえの位置に立ち、指揮者と軽く目配せしてテノールのソロパートを開始。
なんどもやっている。
いつもどおり。練習どおり。
そう自身に言い聞かせてテンションの調整をする。
背後からいつもと違う騒がしい足音が聞こえたが、新人のスタッフだろうか。
舞台そでの床はあんがい薄い。
華奢な床板をドタドタと踏みつける雑な足音が耳に入る。
「あ━━いたいた。ちょっとおまえ、来てくれるか」
大柄でごつい男がこちらに走りよる。
着古したモッズコートに、あまりきちんと糊付けしてなさそうなシャツとスラックス。
合唱団の出演者でもなければ、もちろんスタッフでもないだろう。
どこの酔っぱらいおじさんかと思ったが、近づいてみると自身とそう変わらない年齢っぽい。
二十代後半くらいか。
「すみません! どこから入ったんですか!」
「出てください!」
スタッフがうしろからつかみかかり男を京也から引き離そうとする。
舞台そでまでの廊下は関係者以外立ち入り禁止のエリアが延々とつづき、あちらこちらにスタッフが待機している。
たしかにそこをどうやって突破したんだと京也も鼻白んだ。
「あやしいもんじゃねえから。椀間署の……」
男が自身のモッズコートの内ポケットに手を差しこむ。
その格好のまま、男性スタッフたちが群がり太い腕をがっしりと拘束した。
よく見ると女性スタッフたちも男のうしろから二、三人でモッズコートをぎっちりとつかんでいる。
「秋月さん! かまわずに舞台でてください」
「このままおさえてますから!」
男女のスタッフが力ずくで押さえながらそう声を上げる。
「だれか通報して!」
男性スタッフの一人がそう声を上げた。
「だから警察だって言ってんだろ!」
「大声出さないでください! 威力業務妨害!」
女性スタッフが上げた声で男が黙る。
男性スタッフの一人がスマホを持ってこちらに走りよる。うかがいを立てるように先輩の男性スタッフに目配せした。
「一一〇番、ふつうに一一〇番」
「はい」
早口の指示で、男性スタッフがスマホ画面をタップする。
「殺しちゃえ」
そんな声が混じった気がした。
男性の声とも女性の声とも区別のつきにくい、雑音の波長と波長のあいだを縫うようなかすかな声。
スタッフが群がるあたりからではない。
京也は薄暗い舞台そでの中を見まわした。
舞台そでの入口天井あたりが音源だったような気がする。
「秋月さん、楽章終わります! 準備してください」
スタッフの一人が舞台のほうをうかがいつつ京也に指示する。
「はい」
京也は軽く襟もとを直した。
「みなさんもケガしないで」
そうと告げて煌々とライトに照らされた舞台に向かった。




