山嵐、再開
屋敷の奥へと続く廊下を、風が抜けていく。
外ではなく、中に風が流れているように感じた。
しかも一定の方向へ、まるで導かれているように。
颯は足を止めない。
背後に戦っている仲間の気配はあるが、決して振り返らなかった。
(……急げ!……この先にいる)
颯には確信だけがあった。
この先に、“何か”がいる。
廊下の奥まで走りきった颯は、少し汚れた襖を蹴り開けた。
埃が舞う向こう側の広間の中央に、少し背の高い影が立っている。
静かに、ただ立っているだけだった。
それなのに、空間が歪んで見える。
おそらく、風がその周囲を巡っている。
その真ん中にいるのは天狗。
颯は天狗と視線が合った。
その瞬間に理解する。
――やはり強い。
分かってはいたが、膝が笑っている。
しかし颯は一歩踏み出した。
「……最初は俺が相手か」
少し間が空き、やがて低い声が落ちた。
「一人か」
感情のない声だった。
颯はわずかに笑う。
「それはどうかな」
颯の周りの風が揺れると、天狗が口を開けた。
「初めに君が来てくれて嬉しいよ」
「……どういう意味だ?」
「同じ風の技能として、君を殺したかった」
その一言で、空気が冷えた。
颯の視界の端に恐怖が滲む。
それでも颯の足は止まらない。
「試してみろよ」
次の瞬間、颯の姿が消えた。
床を蹴り砕き、一気に天狗に距離を詰める。
「嵐脚!!」
天狗に蹴りが叩き込まれる――はずだった。
嵐脚は当たらなかった。
天狗は最小限の動きで、颯の攻撃を避けている。
(軌道が見えてる……?)
しかし颯は止まらない。
壁を蹴り、天井へ飛び、さらに踏み込んだ。
「風渡り」
空中で颯の足が止まる。
――風を踏んでいる。
目に見えない足場を蹴り、方向と進路をとにかく変え続けた。
そして直角に曲がり、天狗の背後へ回る。
天狗が颯の方へ振り向くより先に、風が分裂した。
颯の姿が三つに増える。
「……見切れるかよ…風影!」
天狗から見て右と左と正面に一人ずつ颯がいる。
同時に自分の方向へ迫る影。
しかし本体は天狗の死角から踏み込んでいた。
「嵐脚!」
確かな手応えは無いが、何かを掠めた感触が残った。
天狗の衣が、わずかに裂けている。
(……当たった!)
少しの高揚。
だが、その感覚はすぐに崩れた。
何も変わっていない。
天狗に傷は付いていなく、今の攻撃は意味を持っていなかった。
天狗は、ただそこに立っている。
「浅い」
短い一言で、颯の動きが一瞬だけ止まる。
しかしすぐに天狗が口を開いた。
「しかし確実に前よりは強くなったな」
天狗の右手が上がる。
そこには何もないはずだった。
だが、天狗の右手に風が集まる。
空気が収束し、形を持ちはじめた。
羽のように重なった空気の層は一つの扇となる。
「……山嵐羽扇」
それが出現したと同時に空気が一変した。
(……重い!)
押し潰されるような圧が部屋中に広がり、颯の動きが鈍くなる。
動こうとしているのに、進めない。
(……なんだ、これ)
屋敷が風に支配されている。
「強くはなったが、お前の攻撃は速いだけだ」
天狗が言った。
「全ての行動が荒く、風の流れを知らない」
颯は悔しそうに歯を食いしばる。
それでも前に出た。
「……まだだッ!!」
風を踏み込み、無理やり距離を詰める。
颯の残像を散らし、全てを叩き込んだ。
その瞬間、天狗の視線がわずかに動く。
「そうか」
ほんの少し、認めるような声の響きだった。
そして――山嵐羽扇が振られる。
「ならば、見せてやる」
風が裂け、空間ごと押し潰すような衝撃が、颯の身体へ迫っていく。
避けるのは間に合わないーー




