百翼葬
煙が、ゆっくりと消えていく。
その中で響の一撃が確かに届いていた。
しかし蝶は舞う。
「本気で行きましょうか」
その一言で世界の温度が下がった。
蓮の表情が、変わる。
「……やっぱりな」
口元がわずかに歪む。
「本命はこっちか」
空気が震え、蝶が現れる。
一匹、二匹、十匹、三十匹、
――百匹。
百匹では収まらない、それ以上。
「――百翼葬」
その瞬間、世界が歪む。
距離が壊れ、認識がズレる。
「っ……!」
響が構える。
だが遅かった。
蝶が一斉に動いた。
空間を貫く速度。
回避不能である。
その時蓮が一歩、迷いなく前に出た。
「――来い」
低く、静かに。
触手が一気に広がる。
守るための壁。
だが、それだけじゃない。
「……違うな」
蓮が、呟く。
「守るんじゃねぇ」
目が鋭くなる。
「――“通さねぇ”だ」
触手が空間を埋める。
ただの防御ではない。
流れを作っている。
蝶の進行方向、速度、密度。
すべてを読み切った。
「そこだ」
わずかに、ほんのわずかに触手が動く。
その一瞬で蝶の軌道がズレ、直撃は免れた。
「……チッ」
蝶使いの目がわずかに開く。
だが止まらない。
次々と蝶が波のように押し寄せる。
蓮の触手が削られる。
「……っ!!」
触手が削られ、何本も消えた。
その都度、蓮は再生させる。
しかしまた削られる。
それでも、止めない。
止めてはいけない。
「まだだ……!」
歯を食いしばる。
服に血が滲んだ。
触手が裂ける。
それでも、前に出る。
「……舐めんな」
枯れた声で低く言った。
「一匹ずつでも……全部ずらしてやる」
触手が細かく、緻密に跳ねる。
まるで空間を操作するように。
蝶の一つ一つを見ている。
(見るんじゃない……読め!!)
「ここ……」
微細なズレに、そこに触手を差し込んだ。
蝶がーー逸れる。
「……見えてるぞ」
その言葉と同時に、蝶の群れがわずかに揺れる。
蝶使いにとって初めて百翼葬が対応されている。
静かに笑った。
「面白いわね」
そしてまた空気が変わる。
もう一段階、上。
蝶の密度が増し、鱗粉が濃くなる。
ズレの精度が上がる。
「っ……!」
蓮の目が揺れる。
さっきまで読めていたズレが一気に狂った。
「……マジかよ」
それでも彼は前に出る。
「……なら、こっちも上げるだけだ」
触手が一気に増えた。
「全部受けて、全部ずらす……全部……通さねぇ!」
その言葉と同時に、蝶が触れる。
触手が、削ぎ落とされた。
一瞬だった。
だが、蓮は動いている。
そのダメージを、受け止めながら。
「響!!」
叫ぶ。
「今だ!!やれ!!」
背中ですべてを受けながら。
その一瞬を作るために。
倒れない、折れない。
ただ、そこに立ち続けた。
その姿は戦っていた。
あの戦場の誰よりもーー




