ズレの果て
蝶が舞う。
視界が揺れ、距離が狂う。
何度攻撃しても届かない。
響の轟砲が空を裂く。
翠霞の毒針が虚空を貫く。
蓮の触手が無の空間を締め上げる。
――すべて、外れる。
「っ……!」
響が歯を食いしばる。
「いい加減当たりなさいよ……!」
苛立ちが滲む。
だが、蓮は動こうとしない。
ただ見ている。
蝶の動きと流れと散り方。
そして蓮はゆっくりと触手を伸ばした。
今度は攻撃ではない。
空間をなぞるように触手を操作する。
その瞬間、触手がわずかにゆれる。
「……そこだ」
低く呟く。
蓮に確信が走る。
「ズレてるんじゃねぇ……散ってる」
響が眉をひそめる。
「は?」
翠霞が息を呑む。
「……鱗粉、ですか」
蓮が頷く。
「この空間全部にある。だから全部ズレる」
蝶が舞い、見えない粒子が空間を満たしている。
「……厄介すぎでしょ」
響が吐き捨てる。
蓮が続ける。
「外に出すか、全部巻き込むかだな」
翠霞が即座に答える。
「この状況で外に出すのは不可能」
なら選択肢は一つ。
響が静かに息を吐く。
「……なら、まとめてやる」
響が一歩前に出た。
そして腕を引く。
だが、すぐには撃たない。
圧が内側に溜まっていく。
今までとは違う。
押し出す力ではない。
収束する力。
「少し時間を稼いで」
短く言う。
間髪入れず。
「……了解!」
蓮が応じる。
翠霞も小さく頷き、二人が前に出る。
蝶使いが、わずかに目を細める。
「面白いことするじゃない」
空気が張り詰める。
次の瞬間、蝶が弾けるように動く。
蓮が地面を踏み込む。
「逃がすかよ」
触手が広がり、一気に数を増やした。
空間を埋めるように包囲する。
蝶の逃げ場を潰そうとした。
だが、蝶が蓮の触手に触れた。
――削れる。
触手の一部が、抉り取られた。
「……っ!」
それでも止めずに、さらに伸ばす。
「まだだ……!」
翠霞が横から支える。
「近づかないで!」
毒霧を展開すると空間を覆い、行動を制限する。
だが蝶が霧を抜ける。
一瞬、距離が狂った。
翠霞の肩をかすめる。
「……っ」
そして遅れて、痛みが来た。
翠霞の肩は抉れていた。
しかし浅い。
だが確実に蓮と翠霞は着実に削られている。
「厄介ですね……!」
蓮が歯を食いしばり、触手をさらに展開し、壁のように重ねる。
「ここは通さねぇ……!」
しかし蝶使いは止まらない。
一歩踏み込んでくる。
近い。
その動きに合わせて、蝶が触手を削る。
そして隙間が生まれた。
そこを蝶が抜ける。
「――っ!」
蓮の視界が揺れ、距離が狂う。
反応が遅れた。
迫ってくる。
「蓮!」
翠霞が叫んだ。
毒針を放ち、蝶の軌道を制限する。
わずかに、動きが止まった。
その隙に蓮が後退する。
もう蓮の息は荒い。
二人とも限界は近い。
「……まだかよ」
時間が足りない。
その間にも蝶が増え、圧が増す。
翠霞の呼吸が乱れる。
「もう長くは……持たない……!」
触手が削られていき、再生が追いつかなくなる。
それでも前に立う。
「……通さねぇ」
低く、吐き捨てた。
その背後、響は動かない。
ただ、ずっと溜めている。
そして空気が歪む。
引き寄せられるように。
蝶が流れる。
鱗粉が揺れる。
蝶使いの視線が変わる。
「……それ」
少しの興味。
そして――警戒。
だが、遅かった。
響が目を開く。
「――いい加減、終わりよ」
踏み込む。
「――渦喰!!」
響が振り抜いた。
その瞬間、放たれた波動が、周囲を飲み込む。
空気が剥がれる。
蝶が吸い寄せられる。
鱗粉が流れを失い、空間の歪みが消える。
一直線に飛んでいく。
今度は逸れない。
蝶使いの目が見開かれる。
初めての動揺。
(……間に合わない!!)
衝撃が叩きつける。
空間が揺れ、蝶が吹き飛ぶ。
響の一撃が――初めて届く。
「っは……!」
響が笑った。
「当たったじゃない」
煙の奥で蝶使いの身体が後方へ弾かれるのが見えた。
完全ではない。
だが、確実に捉えた。
蓮がその場に崩れそうになりながら、笑う。
「……やっとかよ」
翠霞も息を吐く。
「攻略……完了だね」
だが終わりではない。
蝶使いが、ゆっくりと顔を上げる。
その目に宿るものが変わった。
静かだった感情が――揺れる。
「……いいわね」
蝶が集まる。
今までよりも濃く、重くなる。
周囲の圧が変わった。
「本気でいきましょうか」
空気が張り詰め、蝶が一斉に羽ばたく。
蝶はここからが本番だと告げるように、
舞い続けていたーー




