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断界の英雄  作者: 明太子
星喰天誅
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114/115

本能が導く先へ

雷牙とラグナの拳が真正面からぶつかり合う。

衝撃は足元の床を砕き、ひび割れは蜘蛛の巣のように広がっていく。

周囲に積み上がっていた瓦礫が宙へ跳ね上がり、砕けたガラスが乾いた音を立てて散った。


「ハハッ!」

ラグナは拳を押し込みながら笑う。

「いいぞ、雷牙!それだ!!それを待ってたんだ!」


雷牙は何も答えない。

拳を引き、踏み込み、再び打ち込む。

考えている感覚はなかった。

目の前の相手を倒すために、最も無駄のない動きを本能で選び続けていた。


ラグナの右拳が迫る。

身体が半歩ずれる。


左の回し蹴り。

上体が自然と沈む。


膝蹴り。

腕が勝手に受け流す。


全て避けようと考えたわけではない。

攻撃を見切ったわけでもない。

気づけば身体がそう動いていた。


「……はっ」

ラグナの笑みが深くなる。

「やっぱりそうか」


さらに踏み込む。

拳の速度が増す。

だが、雷牙はそのすべてを紙一重でかわしていく。


頬を掠め、髪を揺らし、服を裂く。

それでも決定打だけは決して許さない。


「見えてんのか!?」

ラグナが叫ぶ。


雷牙は短く息を吐いた。

「……何にも見えてねぇ。身体が勝手に動く」


一瞬、ラグナは目を丸くする。

そして腹を抱えて笑い出した。

「ハハハハハッ!!最高じゃねぇか!!お前は今頭じゃなく身体が戦ってんのか!」


雷牙は答えない。

返事をする間もなく、一歩踏み込んだ。

そのまま体勢を低くし、膝を突き上げる。

ラグナは腕を交差して受け止めるが、その勢いに数歩後退した。


「……!」

ラグナの口元が吊り上がる。

「その一撃……重くなってやがる」


雷哭は、ただ速くなっただけではなかった。

力も、踏み込みも、間合いも、さっきまでとは別人だった。


「いい!!もっと来い!!」

ラグナが拳を握ると、全身へ火花が走る。

「裂光!!!」


青白い光が筋肉を駆け巡った。

床を蹴ると、爆発したような勢いで距離を詰め、拳を振り抜く。


雷牙は反射的に腕を交差する。

そのまま押し込まれ、崩れた柱へ背中を打ちつけた。


だが、雷牙は止まらない。

柱を蹴って跳び返し、その勢いのままラグナへ殴りかかる。


拳が交差し、蹴りがぶつかり、肘が擦れ違う。

二人の動きはあまりにも速く、散る火花だけが軌跡を描いていた。


その最中、ラグナが不敵に笑う。

「だったら、これはどうだ。」


身体が青白い光へと弾けた。

「――電遷!!」


ラグナの姿が消える。

電気となって、一瞬で戦場から姿を消失した。


雷牙はその場から動かない。

視線だけが静かに揺れる。


その刹那、身体が何かに引っ張られるように後ろに振り返った。

迷いなく拳を振るう。


空中で二つの拳が激突した。

電気となって背後へ回り込んだラグナの拳を、雷牙は寸分違わず迎え撃っていた。


ラグナは目を見開く。

「……は?」


電遷を合わせられた。

それもおそらく偶然ではない。

完全に動きを読まれていた。


いや――読まれたのではない。

雷牙の身体が勝手に反応したのだ。


その事実に気付いたラグナは、再び口元を吊り上げた。

「ハハ……ハハハハハハッ!!」

 笑い声が崩壊したフードコートに響き渡る。

「最高だ!!やっぱりお前は最高だ、雷牙!!」


笑いながら、ラグナは拳を握り直す。

「面白ぇ……!電遷を合わせられたのは初めてだ!」


その瞳に浮かぶのは焦りではなく、歓喜だった。

全身から迸る火花がさらに激しさを増していく。

「だったら、もっと速くなるだけだ!」


全身を巡る電流が一段と強くなる。

筋肉が軋む音すら聞こえてきそうなほど、その出力は跳ね上がった。


ラグナが地面を蹴ると、爆発にも似た衝撃と共に、その姿が雷牙の懐へ飛び込んだ。

絶え間なく繰り出される猛攻に、雷牙の身体は反射だけで応え続ける。


考えるより先に身体が動く。

それが雷哭だった。


しかし頬を拳が掠める。

「……!」

続けざまに肩へ一撃。

さらに脇腹へ蹴りが入る。

今まで避け切れていた攻撃が、少しずつ届き始めていた。


「どうした!」

ラグナが笑う。

「さっきまでの勢いは!」


雷牙は何も言わない。

言葉を返す余裕がなかった。

頭の奥が焼けるように熱く、耳鳴りが止まらない。

視界がわずかに揺らぎ始める。

それでも身体だけは前へ出ようとしていた。


足を止めれば終わる。

本能だけが、その一点だけを理解していた。


雷牙は踏み込み、拳を振るう。

ラグナもそれを迎え撃つ。


轟音と衝撃波で近くの柱に亀裂が走る。

天井の一部が崩れ、コンクリート片が雨のように降り注いだ。

二人はそれすら気にせず、瓦礫を踏み砕きながら、拳を交わし続けた。


ラグナは攻撃を繰り出しながら、雷牙の様子を静かに観察する。

呼吸、足運び、視線、額に浮かぶ汗。

そして、目から滴り落ちる血液。


「……そういうことか」

ラグナが小さく呟く。

「お前……その技、代償があるな」


雷牙は拳を止めない。

「……多分」

短い返答だった。

「長くは……保たねぇ」


ラグナは一瞬だけ黙り、そして小さく笑った。

「やっぱりな。そんな都合のいい力、あるわけねぇ」


裂光を纏った拳をゆっくり握り締める。

「自分を壊してまで俺に勝とうってのか」


「……違ぇ」

 雷牙が初めてラグナを真っ直ぐ見た。

「勝ちたいんじゃねぇ。負けられねぇんだ」


その一言に、ラグナの笑みが少しだけ変わる。

ただ戦いを楽しむ笑みではない。

どこか嬉しそうで、どこか懐かしそうな笑みだった。


「……そうか、その目……どっかで見た気がするな」


ラグナが拳を振り抜き、雷牙もそれに呼応する。

激突による衝撃で二人の身体が弾かれ、それぞれ距離を取る。


肩で息をする二人。

周囲には立ったままの柱はほとんど残っていない。

照明はすべて落ち、青白い火花だけが瓦礫を照らしていた。


ラグナは静かに息を吐く。

そして、雷牙を見つめたまま小さく呟く。

「……コハク」


その名前を口にした瞬間だった。

胸の奥に、忘れていたはずの景色が微かに揺れる。

白い肌に無邪気な笑顔。


そして――

「……ッ」

 ラグナの動きが、一瞬だけ止まった。

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