雷哭
崩れ落ちた照明が、断続的に明滅する。
割れたガラス片が床一面に散らばり、天井から垂れ下がる配線は火花を散らしていた。
かつて多くの人々で賑わっていたショッピングモールのフードコートは、もはや原形を留めていない。
その瓦礫の中央で、雷牙は片膝をついていた。
「……ッ。」
荒い息が漏れる。
身体中が重い。
脚に力を入れても震えるだけで、思うように立ち上がれない。
絶縁により、身体の電気信号を強制的に止められた影響は、想像以上だった。
さらに、その直後に叩き込まれた天衝。
全身に残る痺れが、わずかに動こうとする意志すら押さえつけていた。
「終わりか?」
ラグナの静かな声が響く。
全身から火花を散らしながら、ゆっくりと歩いてくる。
その表情に疲労はない。
むしろ、戦いを楽しんでいるような笑みを浮かべていた。
「絶縁を食らってまだ立とうとする奴なんざ、そうそういねぇ」
ラグナは雷牙の目の前で足を止める。
「けどな、身体ってのは正直だ。」
雷牙は歯を食いしばり、震える腕に力を込める。
立て、立たなければならない。
だが、身体は言うことを聞かない。
ようやく腰を浮かせたその瞬間。
ガクン、と膝が折れた。
「……くそっ。」
「ほらな。」
ラグナは肩を竦める。
「気合いだけじゃ、人間は動けねぇ。」
雷牙は何も返さない。
乱れた呼吸を整えながら、ただラグナを睨み続ける。
その視線を受けたラグナは、小さく笑った。
「その目、いいじゃねぇか」
しゃがみ込み、雷牙と目線を合わせる。
「まだ折れてねぇ」
「……当たり前だ」
掠れた声で雷牙が答える。
「俺は……まだ負けてねぇからな」
「ハハ」
ラグナは嬉しそうに笑う。
「そういう奴、大好きなんだよ」
数秒の沈黙。
戦場には瓦礫が崩れる音だけが響いた。
やがてラグナは、ふと思い出したように口を開いた。
「なぁ、雷牙……お前は何のために戦ってる?」
突然の問いに、雷牙は少しだけ眉をひそめる。
「……何だ、急に」
「いいから答えろ。興味が湧いた」
雷牙は短く息を吐いた。
「仲間のため、守るため、帰るため、それだけだ」
ラグナは黙って聞いていた。
「随分まともな答えだな」
「お前の戦う意味はなんなんだ?」
その問いに、ラグナは迷いなく笑った。
「あー……俺は戦いてぇから戦う。強ぇ奴と拳を交えてる時が、一番生きてるって感じる。理由なんざ、それだけで十分だ」
拳を軽く握る。
バチッ、と火花が弾けた。
「負けてもいい、勝ってもいい。俺はただ、本気の奴と殴り合えりゃ満足なんだ」
雷牙は思わず苦笑した。
「……変わった奴だな」
「だろ?」
ラグナは豪快に笑う。
「でもよ、今まで戦った中じゃ、お前が一番面白ぇ。何度ぶっ飛ばしても立ち上がる。何度追い詰めても、その目だけは死なねぇ」
ラグナはゆっくり拳を構えた。
「だから期待した。お前なら、もっと俺を楽しませてくれるってな」
一歩、また一歩と距離を詰める。
「……だが。」
ラグナの笑みが少しだけ薄れた。
「ここまでか?」
拳が振り抜かれ、雷牙は咄嗟に腕を上げようとするが、動かない。
鈍い衝撃と同時に、身体が数メートル吹き飛び、崩れたテーブルへ激突した。
「ぐっ……!」
肺の空気が一気に吐き出される。
立とうとする。
腕も足も動かない。
思うように力が入らない。
ラグナは静かに近づき、雷牙を見下ろした。
「惜しかったな。あと一歩だ。でも、お前の身体はもう限界だ。」
雷牙は瓦礫に手をつき、ゆっくりと顔を上げる。
その視線の先で、ラグナの全身に青白い火花が走った。
――裂光。
身体能力を強化するため、全身へ巡らせる電気。
その光景を見た瞬間、雷牙の瞳がわずかに揺れた。
ラグナの身体は、まるで稲妻そのもののようだった。
踏み込むたびに床が砕け、火花が弾ける。
その姿を見つめる雷牙の脳裏に、一つの考えが浮かぶ。
(……身体)
筋肉を限界まで動かすために、全身へ力を巡らせる。
だから、あれだけの速度と威力を生み出せる。
雷牙は静かに目を閉じた。
(身体だけじゃ足りねぇ)
今の自分では勝てない。
驟破も届かなかった。
身体はもう限界で、動こうとするたびに悲鳴を上げている。
だったら――
(もっと根本だ)
ゆっくりと目を開く。
「……そうか」
「ん?」
ラグナが眉をひそめた。
雷牙は震える右手を持ち上げる。
指先へ、小さな火花が集まり始める。
ラグナは不思議そうに首を傾げた。
「まだ戦ってくれるのか?」
雷牙は首を縦に振る。
「あぁ」
短く答えると、その指先をゆっくりと自分のこめかみへ近付けた。
ラグナの表情が変わる。
「……おい」
雷牙は震えながら立ち上がっていた。
「颯がよく俺にバカって言ってくるんだ。バカはバカなりに考えて戦えってな」
「……なぜ立てる」
雷牙は小さく息を吐く。
「確かに俺はバカだ。必死に考えても……なんも分かんねぇ」
ラグナの笑みが消えた。
「何をしようと……」
「だったら、考えるのを辞める」
「お前……」
雷牙は自嘲気味に笑う。
「俺はバカだからな。だからこっからは……本能に任せる」
修行中に創りきることが出来なかったもう一つの新技が、今なら成功するような気がしていた。
一瞬の静寂。
そして、雷牙は迷うことなく、指先の雷を自らの頭へ叩き込んだ。
轟音がフードコート中へ響き渡る。
激しい火花が弾け、床に雷鳴が走る。
雷牙の身体が大きく震えた。
「ッ……!」
脳が焼けているのが分かる。
視界が白く染まり、耳鳴りが頭の中を支配する。
心臓が激しく脈打ち、呼吸が乱れる。
それでも、雷牙は倒れなかった。
ゆっくりと立ち上がる。
肩で息をしながらも、その瞳だけは真っ直ぐラグナを捉えていた。
全身から細かな火花が漏れ続ける。
頬を一筋の血が伝う。
それでも、拳はしっかりと握られていた。
「……雷哭。」
静かな声だった。
ラグナは数秒、何も言わない。
ただ雷牙を見つめる。
やがて、口角がゆっくりと吊り上がる。
「ハハ……。」
肩が震える。
「ハハハハハ……!」
笑いは次第に大きくなり、やがてフードコート中へ響き渡った。
「ハハハハハハハハッ!!」
ラグナは腹を抱え、涙が滲むほど笑う。
「最高だ!!自分の身体を強化する奴は何人も見てきた!」
笑いながら拳を握りしめる。
「だが!自分の脳を焼いてまで強くなろうとする馬鹿は初めてだ!!」
全身へ再び裂光が走った。
「そうだ!それでこそ神崎雷牙だ!!」
雷牙は何も言わない。
ただ静かに拳を構える。
頭の奥は焼けるように熱く、思考は霞んでいる。
だが、不思議と身体は軽かった。
迷いがない。
考える前に、身体が動こうとしている。
「来い、雷牙!!ここからが本当の勝負だ!!」
雷牙は短く息を吐く。
「……あぁ」
二人は同時に地面を蹴る。
瓦礫が宙を舞い、青白い火花が交錯する。




