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断界の英雄  作者: 明太子
星喰天誅
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113/115

雷哭

崩れ落ちた照明が、断続的に明滅する。

割れたガラス片が床一面に散らばり、天井から垂れ下がる配線は火花を散らしていた。

かつて多くの人々で賑わっていたショッピングモールのフードコートは、もはや原形を留めていない。


その瓦礫の中央で、雷牙は片膝をついていた。

「……ッ。」

荒い息が漏れる。

身体中が重い。

脚に力を入れても震えるだけで、思うように立ち上がれない。


絶縁により、身体の電気信号を強制的に止められた影響は、想像以上だった。

さらに、その直後に叩き込まれた天衝。

全身に残る痺れが、わずかに動こうとする意志すら押さえつけていた。


「終わりか?」

ラグナの静かな声が響く。


全身から火花を散らしながら、ゆっくりと歩いてくる。

その表情に疲労はない。

むしろ、戦いを楽しんでいるような笑みを浮かべていた。

「絶縁を食らってまだ立とうとする奴なんざ、そうそういねぇ」


ラグナは雷牙の目の前で足を止める。

「けどな、身体ってのは正直だ。」


雷牙は歯を食いしばり、震える腕に力を込める。

立て、立たなければならない。

だが、身体は言うことを聞かない。


ようやく腰を浮かせたその瞬間。

ガクン、と膝が折れた。

「……くそっ。」


「ほらな。」

ラグナは肩を竦める。

「気合いだけじゃ、人間は動けねぇ。」


雷牙は何も返さない。

乱れた呼吸を整えながら、ただラグナを睨み続ける。


その視線を受けたラグナは、小さく笑った。

「その目、いいじゃねぇか」


しゃがみ込み、雷牙と目線を合わせる。

「まだ折れてねぇ」


「……当たり前だ」

 掠れた声で雷牙が答える。

「俺は……まだ負けてねぇからな」


「ハハ」

 ラグナは嬉しそうに笑う。

「そういう奴、大好きなんだよ」


数秒の沈黙。

戦場には瓦礫が崩れる音だけが響いた。


やがてラグナは、ふと思い出したように口を開いた。

「なぁ、雷牙……お前は何のために戦ってる?」


突然の問いに、雷牙は少しだけ眉をひそめる。

「……何だ、急に」

「いいから答えろ。興味が湧いた」


雷牙は短く息を吐いた。

「仲間のため、守るため、帰るため、それだけだ」


ラグナは黙って聞いていた。

「随分まともな答えだな」


「お前の戦う意味はなんなんだ?」

 その問いに、ラグナは迷いなく笑った。


「あー……俺は戦いてぇから戦う。強ぇ奴と拳を交えてる時が、一番生きてるって感じる。理由なんざ、それだけで十分だ」


拳を軽く握る。

バチッ、と火花が弾けた。

「負けてもいい、勝ってもいい。俺はただ、本気の奴と殴り合えりゃ満足なんだ」


雷牙は思わず苦笑した。

「……変わった奴だな」


「だろ?」

 ラグナは豪快に笑う。

「でもよ、今まで戦った中じゃ、お前が一番面白ぇ。何度ぶっ飛ばしても立ち上がる。何度追い詰めても、その目だけは死なねぇ」


ラグナはゆっくり拳を構えた。

「だから期待した。お前なら、もっと俺を楽しませてくれるってな」


一歩、また一歩と距離を詰める。


「……だが。」

ラグナの笑みが少しだけ薄れた。

「ここまでか?」


拳が振り抜かれ、雷牙は咄嗟に腕を上げようとするが、動かない。

鈍い衝撃と同時に、身体が数メートル吹き飛び、崩れたテーブルへ激突した。


「ぐっ……!」

肺の空気が一気に吐き出される。

立とうとする。

腕も足も動かない。

思うように力が入らない。


ラグナは静かに近づき、雷牙を見下ろした。

「惜しかったな。あと一歩だ。でも、お前の身体はもう限界だ。」


雷牙は瓦礫に手をつき、ゆっくりと顔を上げる。

その視線の先で、ラグナの全身に青白い火花が走った。


――裂光。

身体能力を強化するため、全身へ巡らせる電気。

その光景を見た瞬間、雷牙の瞳がわずかに揺れた。


ラグナの身体は、まるで稲妻そのもののようだった。

踏み込むたびに床が砕け、火花が弾ける。

その姿を見つめる雷牙の脳裏に、一つの考えが浮かぶ。


(……身体)

筋肉を限界まで動かすために、全身へ力を巡らせる。

だから、あれだけの速度と威力を生み出せる。


雷牙は静かに目を閉じた。

(身体だけじゃ足りねぇ)


今の自分では勝てない。

驟破も届かなかった。

身体はもう限界で、動こうとするたびに悲鳴を上げている。


だったら――

(もっと根本だ)


ゆっくりと目を開く。

「……そうか」


「ん?」

ラグナが眉をひそめた。


雷牙は震える右手を持ち上げる。

指先へ、小さな火花が集まり始める。


ラグナは不思議そうに首を傾げた。

「まだ戦ってくれるのか?」


雷牙は首を縦に振る。

「あぁ」


短く答えると、その指先をゆっくりと自分のこめかみへ近付けた。


ラグナの表情が変わる。

「……おい」


雷牙は震えながら立ち上がっていた。

「颯がよく俺にバカって言ってくるんだ。バカはバカなりに考えて戦えってな」

「……なぜ立てる」


雷牙は小さく息を吐く。

「確かに俺はバカだ。必死に考えても……なんも分かんねぇ」


ラグナの笑みが消えた。

「何をしようと……」

「だったら、考えるのを辞める」

「お前……」


雷牙は自嘲気味に笑う。

「俺はバカだからな。だからこっからは……本能に任せる」


修行中に創りきることが出来なかったもう一つの新技が、今なら成功するような気がしていた。


一瞬の静寂。

そして、雷牙は迷うことなく、指先の雷を自らの頭へ叩き込んだ。


轟音がフードコート中へ響き渡る。

激しい火花が弾け、床に雷鳴が走る。


雷牙の身体が大きく震えた。

「ッ……!」


脳が焼けているのが分かる。

視界が白く染まり、耳鳴りが頭の中を支配する。

心臓が激しく脈打ち、呼吸が乱れる。


それでも、雷牙は倒れなかった。

ゆっくりと立ち上がる。

肩で息をしながらも、その瞳だけは真っ直ぐラグナを捉えていた。


全身から細かな火花が漏れ続ける。

頬を一筋の血が伝う。

それでも、拳はしっかりと握られていた。


「……雷哭。」

静かな声だった。


ラグナは数秒、何も言わない。

ただ雷牙を見つめる。


やがて、口角がゆっくりと吊り上がる。

「ハハ……。」


肩が震える。

「ハハハハハ……!」


笑いは次第に大きくなり、やがてフードコート中へ響き渡った。

「ハハハハハハハハッ!!」


ラグナは腹を抱え、涙が滲むほど笑う。

「最高だ!!自分の身体を強化する奴は何人も見てきた!」


笑いながら拳を握りしめる。

「だが!自分の脳を焼いてまで強くなろうとする馬鹿は初めてだ!!」


全身へ再び裂光が走った。

「そうだ!それでこそ神崎雷牙だ!!」


雷牙は何も言わない。

ただ静かに拳を構える。


頭の奥は焼けるように熱く、思考は霞んでいる。

だが、不思議と身体は軽かった。


迷いがない。

考える前に、身体が動こうとしている。


「来い、雷牙!!ここからが本当の勝負だ!!」


雷牙は短く息を吐く。

「……あぁ」


二人は同時に地面を蹴る。

瓦礫が宙を舞い、青白い火花が交錯する。

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