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断界の英雄  作者: 明太子
星喰天誅
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115/115

雷継

「……ッ」

ラグナの動きが、一瞬だけ止まった。

拳を振り抜こうとしていた腕が止まり、瞳だけが大きく見開かれる。


「……そういう、ことか」

誰に向けた言葉でもなかった。

胸の奥で、止まっていた歯車が音を立てて噛み合っていく。


失われていた記憶、封じられていた過去。

その全てが一つに繋がった。


ラグナは静かに目を閉じる。

そして、小さく笑った。

「ハッ……」


その笑みは、これまで浮かべていた獰猛なものではない。

どこか肩の荷が下りたような、穏やかな笑みだった。


「……どうした」

雷牙が構えを崩さぬまま問う。


ラグナはゆっくりと目を開く。

「いや、何でもねぇ」

短く答え、拳を握る。


裂光が全身を駆け巡り、青白い火花が静かに弾けた。

「最後まで付き合えよ」


雷牙は小さく笑う。

「言われなくても、そのつもりだ」


「そうか」

ラグナは嬉しそうに頷いた。

「やっぱり、お前で正解だった」

「……何の話だ」

「ただの独り言だ」


言い終えるより早く、ラグナは地面を蹴る。

雷牙も反射的に踏み込む。

互いの拳が再び真正面からぶつかり合った。


衝撃波がフードコートを駆け抜ける。

それでも二人は止まらない。

拳を交え、蹴りを放ち、互いの攻撃を真正面から受け止める。


「ハハハッ!」

ラグナは心の底から笑った。


「最高だ!本当に最高だ、お前!」


雷牙は返事の代わりに拳を叩き込む。

ラグナはそれを受け止めると、そのまま雷牙の手首を強く掴んだ。


「……!」

雷牙が眉をひそめる。

「何のつもりだ」


ラグナはニヤリと笑った。

「決めた」

「……?」

「お前なら、この力を腐らせねぇ」


その瞬間、眩い閃光が二人を包み込んだ。

雷とは違う何かが、雷牙の身体の奥深くへと流れ込んでいく。


知らないはずの感覚、知らないはずの力。

身体のどこかに、新しい何かが刻み込まれていくのを感じていた。


雷牙は思わずラグナの手を振り払った。

「ぐっ……!」


数歩後退し、息を乱す。

「……今、何をした」


ラグナは何事もなかったかのように肩を回し、満足そうに笑った。

「俺からの餞別だ。」

「餞別……?」

「そのうち分かる。返却不要だぜ」


そう言って再び拳を構える。

「さぁ、早く続きをしようぜ、雷牙。」


ラグナはゆっくりと息を吐いた。

口元には、最後まで消えない笑みが浮かんでいる。

「最高だったぜ、雷牙」


裂光が全身を駆け巡る。

弾けた雷が足元の瓦礫を跳ね上げ、崩壊したフードコート跡地を青白く染めた。


雷牙は何も答えない。

脳はとっくに限界を超えている。

それでも身体は迷わない。

目の前の敵だけを見据えていた。


ラグナが踏み出すと同時に指を鳴らした。

「絶縁」


雷が雷牙の全身を貫く。

脳から身体へ送られる電気信号は断ち切られた。

だが、雷牙は止まらない。

一切の淀みなく攻撃を繋ぎ、ラグナへ食らいつく。


ラグナは次々と攻撃を受け流しながら笑った。

「それでいい。止まるような奴だったら、ここまで楽しめなかった」


雷牙の拳を弾き返すと、大きく後方へ跳ぶ。

崩れた瓦礫の山へ着地したラグナは、静かに右腕を掲げた。

「天衝!!」


ショッピングモール全体に残っていた電気が、一斉にラグナの右腕へ集束する。

耳をつんざくような高音。

その刹那、一気にフードコートを巨大な電撃が包み込んだ。


雷牙は真正面から駆け出す。

迫る電気を紙一重でかわし、砕けた床を蹴り、舞い上がる瓦礫を足場にしてさらに加速する。

雷撃が背後で炸裂し、熱風が背中を押す。


それでも雷牙は止まらない。

一直線にラグナとの距離を詰める。

「紫電撃!!」


雷を纏った拳が唸る。

ラグナも迷わず拳を振るう。


「裂光!!」


拳と拳がぶつかり合う。

衝撃で周囲の瓦礫が吹き飛び、地面に大きな亀裂が走る。

そのまま蹴りが交差し、肘がぶつかる。

互いの攻撃を受けながら、一歩も退かない。


ラグナは笑う。

「その調子だ!!」


雷牙は返事をしない。

雷哭が身体を動かし続ける。

ただ倒すために、ただ勝つためだけに。

二人は激しく打ち合い、やがて同時に距離を取った。


互いに向かい合う。

崩れたフードコート跡地には、もう戦いを遮るものは何もない。

足元に瓦礫だけが静かに転がっていた。


ラグナはまた拳を握る。

裂光が今までで最も激しく弾け、周囲の空気を震わせる。

「これで終わりだ」


雷牙は静かに腰を落とした。

焼き切れそうな脳が、それでも最後の最適解を探し続ける。


距離、踏み込み、重心、呼吸、視線。

すべてが、本能の中で組み立てられていく。


ラグナが一歩踏み出した。

「来い、雷牙」


雷牙も踏み出す。

一歩、また一歩と二人の距離が縮まる。


ラグナは笑ったまま拳を引く。

裂光が拳の一点へ集束していく。


雷牙とラグナの距離が約10メートルになった瞬間だった。

雷哭が答えを導き出す。


「……電遷」

雷牙の身体が一瞬だけだが雷へと変わる。

踏み込みの勢いを殺すことなく、ラグナの目の前へ滑り込む。


ラグナは避けない。

むしろ自ら一歩踏み込んだ。

「最高だ。雷牙!!」


裂光を纏った拳を振り抜く。

雷牙も呼応するように右腕を振り抜く。

すべてが、その一撃へ収束する。


「驟破ッ!!!」

「裂光ッ!!!」

二人の渾身の一撃が、真正面から激突した。


青白い閃光が視界を埋め尽くし、積み重なった瓦礫が一斉に宙へ舞い上がる。

激しくぶつかり合う雷と電気。

互いの力は一歩も譲らようとしない。


均衡は、ほんの一瞬だけ続いた。

裂光が驟破を押し返し、驟破が裂光を押し返し合っていた。


その均衡は、ラグナの右腕が消し飛んだことにより、終わりを迎える。

「……ッ」

ラグナは笑った。


避けようとも、受け流そうともせずに、自分の身体に拳を押し込んだ。

「そうだ……それでいい」


驟破が裂光を貫いた。

鈍い衝撃が走る。

ラグナの身体が大きく後方へ弾かれ、瓦礫の山へ転がる。


舞い上がった砂埃が静かに晴れていく。

雷哭はまだ身体を動かそうとしているが、雷牙はその場から動けなかった。


とっくに限界だった。

全身が焼け付くように痛む。

膝が震え、呼吸が乱れる。


それでも視線だけはラグナから逸らさなかった。

瓦礫の中で、ラグナが小さく笑う。


「ハハ……」

苦しそうな笑いではなく、満足そうな笑いだった。

「負けたか」


雷牙は無理やり立ち上がり、ゆっくり歩き出す。

一歩ずつ地面を踏みしめ、やがてラグナの前で立ち止まった。


ラグナは空を見上げた。

崩れた天井の向こうには、薄く差し込む光だけがあった。


「……雷牙」

「……なんだよ」

「最後まで……楽しかった」


雷牙は少し苦笑し、静かに息を吐く。

「俺もだ」


ラグナは少しだけ目を細めた。

「なら、よかった」


しばらく沈黙が流れる。

瓦礫が崩れる音だけが響いていた。


やがてラグナは、小さく呟く。

「……天城蒼真に伝えろ」

「……なんでお前があいつの名前を」

「コハクを止めてくれ、ってな」


その言葉とともに、肩の力がゆっくり抜ける。

裂光を纏っていたラグナの身体も、静かに落ち着いていった。


ラグナは最後まで笑みを浮かべたまま、静かに目を閉じる。

もう、その瞳が開くことはなかった。


雷牙は何も言わない。

何も言えなかった。


勝った実感も、喜びもない。

あるのは、全力で拳を交えた相手を見送る静かな時間だけだった。


その時だった。

雷哭により、限界を超えて動いていた身体が動かなくなる。

身体中を駆け巡っていた雷が一気に霧散し、全身から力が抜けた。


「……がっ」

視界が大きく揺れ、膝をつく。


それでも最後に見えたのは、穏やかな表情で眠るラグナの姿だった。

「……ありがとな」


誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。

次の瞬間、雷牙の意識は静かに闇へと沈んでいった。

崩壊したフードコート跡地には、もう雷鳴は響かない。

残されたのは、戦いを終えた静寂だけだった。

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