踏み込み
訓練場には、激しい衝撃音と声が何度も響いていた。
「紫電撃!」
雷牙の拳が訓練用の的へ叩き込まれる。
拳に纏った雷が炸裂し、的に大きな亀裂が走った。
しかし、雷牙の表情は冴えない。
「違ぇ……」
吐き捨てるように呟いた後、再び構える。
「稲翔!」
指先から放たれた雷が的を貫いた。
だが、それでも雷牙は首を横に振る。
「これでもねぇ……」
もっと強く、もっと速く。
そう思って修行を続けているが、答えは一向に見つからない。
雷牙は大きく息を吐いた。
「くそっ……」
その時だった。
「やっぱりここにいた」
背後から声が聞こえる。
振り返ると、そこには蒼真が立っていた。
「……なんだよ」
「だいぶ行き詰まってるみたいだから」
蒼真は短く答えると、訓練用の木刀を手に取り、訓練場の中央へ歩いていった。
「それが何だよ」
「少し相手してあげようかなって」
その言葉を聞いた雷牙は、不敵に笑った。
「後悔すんなよ」
「しないね」
二人は向かい合う。
先に動いたのは雷牙だった。
「紫電撃!」
地面を蹴り、一気に間合いを詰めた。
雷を纏った拳が蒼真へ迫る。
だが、蒼真は半歩だけ身体をずらした。
拳は空を切る。
「っ!」
雷牙はそのまま反対の拳を振り抜く。
しかし、それも木刀によって受け流された。
「見切ってるよ」
蒼真が言い終わる前に、掌底が雷牙の腹部へ突き刺さる。
「がっ!」
雷牙の身体が数メートル吹き飛んだ。
それでも、雷牙はすぐに立ち上がる。
「まだだ!」
再び蒼真へ突っ込む。
「紫電撃・連!」
雷を纏った連続攻撃。
一撃目を躱されても止まらない。
そのまま身体を捻り、二撃、三撃と容赦なく拳を叩き込む。
だが、蒼真はその全てを最小限の動きで避けていく。
一撃も当たらない。
「くそっ!」
雷牙は後方へ飛ぶ。
距離を取ると、右手を蒼真へ向けた。
「稲翔!」
放たれた雷が一直線に蒼真へ迫る。
蒼真は木刀を一振りした。
雷は軌道を逸らされ、そのまま壁へ激突する。
「なっ!?」
驚いた雷牙に、蒼真は一瞬で距離を詰めた。
雷牙は咄嗟に拳を振るう。
「紫電撃!」
しかし、拳が届くより早く蒼真の姿が消えた。
「しまっ──」
「終わりだ」
背後から声が聞こえる。
振り返る間もなく、蒼真の蹴りが雷牙の背中へ叩き込まれた。
「ぐぁぁっ!」
雷牙は訓練場の端まで吹き飛ばされ、そのまま壁へ激突する。
土煙が舞い、勝負は決した。
蒼真は静かに木刀を下ろす。
「終わりだ」
「……ちくしょう」
雷牙は悔しそうにその場に寝転んだ。
しばらく沈黙が流れたが、やがて雷牙が口を開いた。
「なぁ、蒼真」
「何?」
「お前、どうやってそんなに速くなったんだ?」
蒼真は少し考える。
「どう、って?」
「だから、修行法とかだよ」
再び沈黙が流れる。
そして蒼真は当然のように答えた。
「俺は小さい頃から人より速かったからな…」
「……は?」
「だから分かんない」
雷牙は頭を抱える。
「参考になんねぇよ……」
蒼真は少しだけ考え込んだ。
そして静かに言う。
「でも、雷牙には雷があるじゃん」
「雷?」
「うん」
蒼真は続けた。
「雷牙の場合、踏み込みをもっと意識してみたらいいと思う」
「踏み込み?」
「雷牙の戦い方は直線的だから、誰よりも最初の一歩を速くすればいいんじゃない?」
雷牙は黙り込む。
踏み込みと最初の一歩。
蒼真はそれだけ言うと、木刀を元の場所へ戻した。
「ほどほどにね」
そう言い残し、訓練場を後にする。
一人残された雷牙は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「踏み込み……か」
雷牙は立ち上がり、ゆっくりと構える。
脚へ最大限の雷を流す。
そして、地面を蹴った。
視界が追いつく頃には、雷牙の身体が、今までにない速度で前へ飛び出していた。
「うおっ!?」
勢いを制御できず、そのまま訓練用の的へ激突する。
盛大な音が訓練場に響いた。
倒れ込んだ雷牙は、しばらく動かなかった。
だが、
「……今の」
ゆっくりと顔を上げる。
その表情には、わずかな笑みが浮かんでいた。
「見えたぜ!!新技!!」
口元が自然と歪む。
さっきの感覚。
あれだ。
あの踏み込みをもっと磨けば、もっと速くなれる。
雷牙は再び構えを取った。
「待ってろよ、蒼真!!次は一発ぶん殴ってやるからな!!」
入口から蒼真は静かに雷牙を見る。
先程まで訓練場の隅で落ち込んでいた男の姿は、もうそこにはなかった。
いつもの、真っ直ぐな雷牙が戻っている。
「……そっちのほうが雷牙らしいよ」
蒼真は小さく呟く。
そして、ほんの僅かに口元を緩めた。
蒼真は訓練場を後にする。
訓練場には、再び激しい衝撃音が響き始めるのだった。




