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断界の英雄  作者: 明太子
星喰天誅
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届かない背中

断界戦線本部には少しずつ日常が戻り始めていた。

負傷した隊員たちの多くは既に回復し、各々が次の戦いに備えて訓練を再開している。

廊下を歩けば、隊員同士の談笑する声が聞こえ、訓練場からは金属音や掛け声が響いてきていた。


少なくとも今は、戦いは終わった。

そう思えるほどには、本部はいつもの空気を取り戻しつつあった。

だが、その空気に馴染めない者が一人だけいた。


「……」

雷牙は一人、本部の廊下を歩いていた。

特に目的はないが、部屋にいても落ち着かない。

かといって誰かと話す気分でもない。

気がつけば、ただ本部の中を歩き回っていた。


脳裏に浮かぶのは、天狗との戦いだった。

あの戦いで、自分は何ができたのか。

天狗の思考を一瞬だけ上回ったらしいが、確かな手応えはなかった。


蒼真のように最後まで戦い抜いたわけでもなく、颯のように天狗を出し抜き、流れを変えたわけでもない。

結局、自分は何も成し遂げられていない。

そんな考えが、頭から離れなかった。


「……くそ」

小さく吐き捨てた時だった。

雷牙の足が止まる。


視線の先には、訓練場があった。

開かれた入口の向こうでは、二人の人影が動いている。

蒼真と颯だった。


雷牙が訓練場の入口に近寄ると、蒼真は静かに身体を動かし始める。

一つ一つの動作に無駄がなく、まるで呼吸をするように鍛錬を続けていた。


その隣では、颯が軽快な足取りで身体をほぐしていた。

時折風を起こしながら、調子を確かめている。

二人とも、既に次の戦いを見据えているようだった。


雷牙は入口に立ったまま、その様子をただ見つめている。

中へ入ろうとはしなかった。

というより入れなかった、という方が正しいのかもしれない。


蒼真も颯も、前へ進んでいる。

なのに、自分だけが取り残されている気がしていた。


雷牙は自分の拳を握る。

技はあるし、戦う力だってある。

だが、それだけだった。

今のままでは、あいつらには届かない。

そんな感覚だけが、胸の中に重く残っていた。


しばらくして、颯が入口に立つ雷牙に気づいた。

「ん? 雷牙じゃん」

颯が手を上げる。


蒼真も視線だけを入口へ向ける。

「何してんだ?」

いつも通りの調子だった。


だが、雷牙は答えない。

視線を落とし、強く握りしめていた拳を緩める。


颯は不思議そうな顔をした。

「おい、雷牙?」


雷牙は何も言わなかった。

数秒の沈黙が続いた後、雷牙はゆっくりと背を向ける。

そのまま訓練場から離れていった。


「……?」

颯は去っていく背中を見つめる。

「何だったんだ、あいつ」


蒼真はしばらく雷牙の背中を見ていたが、やがて静かに颯の方に視線を戻した。


一方の雷牙は、また廊下を一人で歩いていた。

訓練場から聞こえる声が、少しずつ遠ざかっていく。


「……このままじゃダメだ」

ぽつりと零れた言葉は、誰に聞かれることもなく消えていった。


雷牙は立ち止まり、壁に頭を何回か打ちつけ、再び歩き出した。

その瞳には、わずかな焦りと、強い決意が宿っていた。

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