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断界の英雄  作者: 明太子
星喰天誅
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星喰う者達

海辺にぽつんと建つ古びたホテルがあった。

かつては観光客で賑わったその建物も、今では誰も訪れることはない。

潮風に晒された壁は色褪せており、廊下には人の気配はなかった。


その一室でレイは本を読んでいた。

部屋にはページをめくる音だけが響いている。

向かいではコハクが金平糖を口に放り込んでいた。


「それで何冊目だ」

コハクがレイに聞く。


「覚えていない」

レイは答えた。


「よく飽きないな」

「君こそ」

コハクの問いには答えるが、レイは本から目を離さなそうとしない。

「ずっと毎日同じ物を食べているだろう」


コハクは金平糖を摘まむ。

「別に好きで食ってる訳じゃない」

「そうなのか」

「ああ」

「ならなんで食べる」

「癖みたいなものだ」


レイはページをめくる。

「……そうか」

しばらく客室に沈黙が流れた。


「今日は静かだな」

コハクが言う。


「ラグナがいないからだろう」

「確かにな」

「ガイもいない」

「それもあるな」

コハクは小さく笑った。


レイは本を閉じる。

「静かな時間は貴重だ」


「珍しく同意見だな」

コハクは立ち上がる。


「どこに行く」

「飯だ」

「なるほどな」

コハクは部屋を出ていった。

レイは再び本を開くが数秒後、勢いよく扉が開く。


「レイ!」

レイはため息を吐いた。

「もう終わりか」


「何がだ?」

ラグナが首を傾げる。


「静かな時間だ」

「失礼だな」

ラグナは勝手に椅子へ座った。


「何読んでんだ?」

「本だ」

「見りゃ分かる」

「なら聞くな」

「冷てぇなぁ」

ラグナが笑う。


すると、ラグナが開けたままにしていた扉から、小柄な男が入ってきた。


「お、ガイじゃん」

ラグナが立ち上がる。

「ちょうどいい」

「何がだ」

「暇だから遊ぼうぜ」


ガイは少し黙った。

「嫌だ」

「即答かよ」

「面倒だ」


次はラグナがため息を漏らす。

「そう言うなって」

ラグナが肩を回した。

「少しくらい付き合えよ」

ガイはラグナを見る。


「……少しだけだ」

「よっしゃ!」

ラグナが言い終わる前に、ガイが手を振った。

手の動きと同時に、地面から骨が突き出す。


「うおっ!」

ラグナが飛び退いた。

レイの部屋にガイの骨が床へ突き刺さる。


「危ねぇな!」

「避けられただろ」

「そういう問題か?」


さらにレイの部屋に骨が飛び回った。

ラグナは身体が電気となり、骨を全て回避する。


「当たるかよ」

「ならもっと速くするだけだ」

「やってみろ!」


骨と電気がぶつかり、衝撃が部屋中に響いた。

レイは静かに本を閉じる。

「うるさい」

二人はレイの話を一切聞いていない。


もうしばらく経ってから、レイは立ち上がった。

「どこ行くんだ」

ラグナが聞く。

「もっと静かな場所だ」

「あるのか?」

レイは答えず部屋を出ていった。


キッチンではナギトが料理を作っていた。

魚の香りが広がっている。

コハクは椅子に座りながらその様子を眺めていた。

「まだ出来ないのか」

「もう少しだ」

「遅い」

「ならコハクも手伝ってくれ」

「嫌だ」

ナギトは呆れながら笑った。


そこへレイがやって来る。

ナギトは横目でレイが入ってきたのを確認した。

「避難してきたか」

「ああ」


レイは鍋を覗き込む。

「これは何だ」

「鯛の煮付けだ」

「そうか」


少し間が空く。

「美味いのか」

「食えば分かる」

その会話を聞き、コハクが吹き出した。


レイがコハクを物珍しそうに見つめた。

「どうした?」

「いや、何でもない」


ナギトも笑いながら二人に言う。

「もうすぐ出来る」


レイは少し考えてから言った。

「何か手伝えることはあるか」

「もうだいたい終わった」


ナギトは皿を並べながら言う。

「代わりにラグナとガイを呼んできてくれ」


レイは露骨に嫌そうな顔をした。

「面倒だな」

「頼む」

「……分かった」


しばらくして、全員が食卓に集まる。

テーブルにナギトが作った料理が並んだ。


「いただきます」

ナギトの声で食事が始まった。


「うまっ!」

ラグナが叫ぶ。

「相変わらず美味いな」

「そうか」

ナギトが満更でもない様子で笑った。


ガイも煮付けを口へ運ぶ。

「確かに美味い」

「だろ」

「自分で言うな」

「事実だからな」


レイも静かに魚を口へ運んだ。

「美味い」

「そうか」

ナギトは満足そうに頷く。


そして何かを思い出したラグナが箸を止めた。

「そういやさ」

「何だ」

「この前コハクが言ってた蒼真って誰なんだ?」

コハクの動きが止まった。


「断界戦線にいる人間だ」

「それは分かるよ」

ラグナが言う。

「でもお前珍しく気にしてただろ」


ガイも頷いた。

「確かにな」

レイは黙って聞いている。

ナギトは魚を食べながら様子を見ていた。


コハクは金平糖を摘まむと同時に、脳裏に一人の男の姿が浮かぶ。

ずっとうるさかった。

馬鹿みたいによく笑っていた。

何度倒れても立ち上がってきた。

そして誰よりも強かった。

その男の名前は天城緋鷹。


胸の奥がざわつき、あの笑顔が浮かぶ。

あの圧倒的な力が浮かぶ。

思い出したくない。

だが忘れられない。

気づくと握った金平糖が砕けていた。


「コハク?」

ナギトが声を掛ける。


コハクは我に返った。

「……何でもない」

新しい金平糖を袋から取り出し、口へ放り込む。


ラグナは首を傾げた。

「変な奴だな」

「お前に言われたくないだろ」

ガイが言う。


「……喧嘩売ってんのか?」

「売ってない」

「売ってるだろ」

「食事中だ」

ナギトが一言だけ言う。

二人は黙った。


暫くして、コハクは静かに口を開く。

「近いうちに断界戦線と戦おうと思う」

食卓が静まり返った。


ラグナの口元が歪ぶ。

「やっとか」


ガイも笑った。

「面白そうだ」


レイはそれを聞き、湯呑みを置く。

「興味深いな」


ナギトはコハクを見た。

「準備は出来てるのか」


「ああ」

コハクは答える。

「問題ない」


ラグナが席から立ち上がろうとした。

「楽しみになってきたな」

「飯を食い終わってからにしろ」

ナギトが言う。

「分かってるって」

食卓に笑いが戻る。


だがレイだけは黙っていた。

視線の先にいるのは、今はこうして笑っている四人。

だがレイは覚えている。

血に染まった人間の頃の姿を。

死の淵に立たされた姿を。

技能を譲渡された瞬間を。

あの時は生きていくことすら難しかった。


レイは静かに目を伏せる。

「レイ?」

ナギトが声を掛けた。


レイは顔を上げる。

「何だ」

「珍しく静かだな」

「そうか」

それだけ答える。


誰も気付かないが、レイだけが覚えている。

今この場所に五人で座っていることが、決して当たり前ではなかったことを。


レイは湯呑みを口へ運ぶ。

その瞳には、一瞬だけ過去の姿が映っていた。

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