第36話:不法投棄は認めない
何が起きたか、最初の一秒は分からなかった。
センサーが悲鳴を上げ、レーダーが塗り潰され、全方向からの衝撃警告が同時に炸裂する。
俺は反射的に全センサーを天頂へ向けた。
そこに、あった。
百二十一隻。
星の隙間を埋め尽くす、巨大な艦隊が。
(……ずっと、そこにいたのか)
真っ白だった。
レーダー画面が衝撃波と電磁ノイズで塗りつぶされ、外部センサーが過負荷で断末魔の悲鳴を上げている。
落下する二百四十発の質量弾。
その運動エネルギーは大気そのものを灼き、空間を歪めていた。
コンマ数秒、俺の演算装置が弾き出した結論は、あまりにも冷酷な「絶望」だった。
防げない。結界を張ったところで、この物理エネルギーの前では紙細工も同然だ。
撃ち落とせない。飛行体の火力では、山のようなタングステンの塊を逸らすことすら叶わない。
王都は、ここで終わる。
でも。
(……防ぎ切るのは不可能……)
俺の意識の中で、一つのシステムが静かに起動した。
(……物理で勝てない? ルールが違う? 笑わせるな。俺の管理区域に落ちてくるなら、それはもはや物理現象じゃない。――ただの『不法投棄物』だ)
【買取システム:起動】
【対象:落下中質量弾 高純度タングステン・カーボン合金:計240件】
【買取価格:算定中……】
【算定中……】
【単価:28,000BP × 発射数:240発】
【合計:6,720,000BP】
【買取を実行しますか?】
(……当たり前だ。不法投棄は一欠片も許さねぇ。――全部、買い叩けッ!!)
王都の直上。世界を滅ぼすはずだった光の雨が、音もなく消失した。
◇
最初に気づいたのは、城壁の上で死を覚悟していたリュシアンだった。
白く染まった夜空に剣を構えたまま、彼は彫像のように固まっていた。
来る、と確信していた。防げない、と理解していた。それでも、彼は勇者として空を睨みつけていた。
だが。
衝撃が、来ない。
大気を引き裂く轟音は天に満ちているのに、地面一つ揺れない。
夜空を切り裂いた光が、都を灼きつくすはずの礫が――王都の真上で、吸い込まれるように消えたのだ。
「……何が」
リュシアンの声が、掠れた。
「……何が、起きてるんだ……」
ミリアが空を見上げたまま、腰を抜かして座り込んでいた。
王都全体が、あまりの異常事態に沈黙していた。
食事の手が止まり、傾いた酒杯から中身がこぼれることさえ忘れ、全員が「消えていく光」を、奇跡を、目撃していた。
誰も、声を上げない。
最後の一条が消滅し、夜空に再び星々が戻った瞬間、絶叫に近い歓声が爆発した。
静寂。
それから。
「……奇跡だ」
誰かが、呟いた。
その言葉が、王都に広がっていく。
「奇跡だ!! お家様が、空を食ったぞ!!」
「守られた! また、あの神の家に守られたんだ!!」
歓声が上がった。
さっきの歓声とは違う。恐怖が混じった、震えるような声だった。
チャリン、チャリン、チャリン、チャリン――。
【通知:廃棄物買取完了 ―― +6,720,000BP】
【通知:王都住民の信仰急増 ―― 計測限界超過】
【通知:奇跡認定による信仰BPチャージ ―― 大規模更新中】
(……廃棄物扱いで六百万超えか。宇宙兵器ってのは、いい商売になるな)
ミアが俺の柱に顔を押しつけた。
「……お家様、やった!!」
(……まあ、な)
俺は石畳を一度温めた。
ルカが飛び跳ねながら叫んだ。
「すごい!! お家様すごい!! 光が全部消えた!!」
「ルカ、落ち着いて」
「落ち着けないよ!!」
カシムが帳簿を開きながら、小さく口笛を吹いた。
「大量の廃棄物回収。お家様、廃品回収業者としても最強ですな。カッカッカ」
(……笑い事じゃない)
俺はすでに、次の問題に意識を向けていた。
今の買い取りは、あくまで「落ちてきたもの」に対する防衛的処置に過ぎない。
高性能レーダーは、なおも軌道上に留まる百二十一隻の「不法投棄の主」を捉えていた。
◇
高性能レーダーが、軌道上の情報を吐き出し続けている。
120隻の艦隊は、微動だにしていない。
質量弾を全弾消失させられても、艦隊は動揺していないのか。それとも状況を把握できていないのか。
いずれにせよ、時間の問題だ。
俺は鑑定スキルを全開にして、艦隊の詳細を解析した。
【鑑定結果:更新】
【旗艦 全長:約1,000m】
【装甲材質:魔導合金】
【推進方式:魔力結晶炉・複数基搭載】
【武装:質量加速砲 多数 / 魔導砲台 多数 / 魔物格納庫 複数】
【搭乗戦力:推定数万】
【巡洋戦艦 全長:約500m ×120隻】
【装甲材質:魔導合金】
【武装:質量加速砲 / 魔導砲台】
【搭乗戦力:推定数千(各艦)】
(……桁が違う)
巡洋戦艦一隻だけで、王都の騎士団全体より多い戦力を抱えている。
それが、百二十隻。
さらに旗艦が一隻。
地上戦力では、届かない。
魔法では、攻撃できない。
飛行体を送り込んでも、艦隊の装甲を傷つけることすら不可能だろう。
この世界の常識では、対処できない。
リュシアンが城壁の上から夜空を見ていた。
「……まだいるのか」
「ええ」
ミリアが震える声で答えた。
「……あの艦隊、私の魔法では届かない。結界を張っても、さっきの質量弾をもう一度撃ってくれば――」
「次は防げないかもしれない、ってことか」
「お家様が防いでくれたけど……同じ手が何度も通じるとは限らない。それに」
ミリアが俺の城塞を見た。
「……お家様にも、限界がある」
(……正確に言えばな)
買取システムは有効だが、相手が学習すれば対策を取ってくる。
次は同時に数千発を撃ち込んでくるかもしれない。
あるいは、別の攻撃手段を使うかもしれない。
そして、もう一つの問題がある。
俺は旗艦の解析を続けていた。
旗艦の中心部に、異常な魔力反応がある。
質量弾の発射装置でも、魔導砲台でもない。
生体反応に近い、有機的な魔力の波動。
(……これは)
俺はデータを照合した。
先日感知した、魔王の魔力と、同じ質だ。
【警告:旗艦中枢部に生体魔力反応】
【照合結果:魔王と同質の魔力波動を確認】
(……魔王が、艦隊にいる)
地上で倒したのは、囮か。分身か。あるいは魔王の「体の一部」だったのか。
本体は、軌道上の旗艦にいる。
その瞬間、ミリアが震えた。
「……リュシアン」
「感じるか」
「ええ。……旗艦から、魔力が。さっきの魔王と同じ、でもずっと大きい。あれが――」
「本体か」
リュシアンが剣の柄を握った。剣はもうない。でも、その手は握りしめていた。
「……なるほどな。最初から、地上は囮だったわけか」
「おそらく。地上の戦力を消耗させて、王都を疲弊させて、その後で」
「本体が動く」
二人が同時に夜空を見上げた。
星の間に、光の粒が並んでいる。
百二十一隻の艦隊が、軌道上で静かに待っている。
「……どうする、お家様」
リュシアンが俺の柱に向かって言った。
(……考えている)
俺は状況を整理した。
王都は守れた。今のところは。
だが、敵艦隊は無傷だ。
魔王は旗艦にいる。
再び質量弾を撃たれる可能性がある。
艦隊が降下を始めれば、地上の防衛など意味をなさない。
防戦だけでは、詰む。
俺は城塞のシステムを確認した。
【浮遊推進システム:稼働中】
【最大高度:現在の三倍まで拡張可能】
【推進出力:追加BP投入により向上可能】
【軌道計算システム:搭載済み】
【城塞外装:追加改造可能】
軌道計算システム。搭載済み。未使用。
(……いつの間に積んでたんだ、これ)
俺はカタログを開いた。
進化ツリーがバグっているせいで、見たことのないカテゴリが混入している。
前に軍事ドローンが「マイホーム特集」に混じっていた。
そして今、「城塞改造オプション」のカテゴリの最下部に。
【対軌道戦装備パッケージ:2,000,000BP】
【内容:軌道上昇推進システム強化 / 真空対応結界 / 対艦魔導砲台 / 乗員用与圧システム】
(……やっぱりバグってるな、このカタログ)
(なんで城塞のカタログに「対軌道戦装備」が入ってるんだ)
(まあ、今は文句を言っている場合じゃないけどな)
俺はもう一度、状況を見た。
地上から攻撃できない。
待っていても状況は悪化する。
防戦だけでは詰む。
では、答えは一つしかない。
(……向こうが来られないなら、こっちから行くしかない)
ミアが俺の柱の前に立っていた。
「……お家様、考えてる顔してる」
(……顔はないけどな)
「あるよ。柱の温度が変わるんだもん。いつも考えてる時は、ちょっと冷たくなる」
(……そんな細かいこと、気づいてたのか)
「ずっと一緒にいるんだから」
ミアが柱に手を当てた。
「……どこかに行くんですか」
俺は少し間を置いた。
(……行く、かもしれない)
「遠い?」
(……遠い)
ミアが柱から手を離さないまま、夜空を見上げた。
「……帰ってきますか」
(……帰ってくる)
俺は石畳を強く一度だけ温めた。
ミアが少し笑った。
「……分かりました。信じます」
チャリン。
【通知:家人からの深い信頼 ――+500BP】
(……500BPか。でも、これが一番重い)
◇
俺はシステムの最終確認を行った。
【現在の形態:浮遊機動城塞都市】
【現在の保有BP:約9,000,000BP(買取・信仰BP込み)】
【対軌道戦装備パッケージ:購入可能】
【軌道計算システム:待機中】
【イージス:稼働可能】
【陽電子砲:再充填中(残り約48時間)】
九百万BP。
対軌道戦装備パッケージが二百万。
残り七百万で艦隊と戦う。
勝てるか。
一キロメートルの巨大な旗艦。巡洋戦艦が五百メートル級が百二十隻。
魔王が旗艦にいる。
リュシアンの剣は消えた。
問題だらけだ。
でも。
(……問題があるなら、一つずつ解決すればいい)
それが、俺の仕事のやり方だ。
ボロ小屋の頃から、変わっていない。
リュシアンが城壁の端に立って、俺を見ていた。
「……行くのか、お家様」
(……ああ)
俺は城塞の推進システムを起動した。
「上か」
(……上だ)
リュシアンが夜空を見上げた。星々の隙間に整然と並ぶ艦隊の光は、獲物を待つ獣の眼光のように冷たく王都を見下ろしている。
「……俺も連れていけ。剣は失ったが、まだ体は動く。あんた一人(一軒)で行かせるわけにはいかない」
リュシアンが俺の柱に手をかけ、真剣な眼差しを向けてくる。
だが、俺は無言で、城塞の全てのハッチを「ガチリ」と音を立ててロックした。
(……いいや。ここからは、人間は連れていけない)
俺は石畳を鋭く鳴らして拒絶した。
「……足手まとい、か……」
リュシアンが低く、絞り出すような声を出した。その拳は白くなるほど強く握りしめられている。魔王を倒し、世界を救うはずの勇者が、最大の決戦を前に「置いていかれる」という事実に、彼の自尊心が悲鳴を上げていた。
「違うわ、リュシアン」
ミリアが静かに、彼の肩に手を置いた。
「……あそこは、私たちの魔法も、あなたの剣も届かない『空の果て』。空気もなく、血が沸騰するような絶望の場所よ。お家様は、私たちを足手まといだと思ってるんじゃない」
ミリアが、慈しむように俺の壁に手を触れた。
「……お家様は、家だもの。自分の『住人』を、そんな地獄へ連れて行けるわけがないわ」
カシムが帳簿を抱えたまま言った。
「お家様、王都を留守にするということでよろしいですか」
(……そうなる)
「では、その間の王都防衛について、騎士団長と協議が必要ですな」
(……カシム)
「はい」
(……今は、それだけでいい)
カシムが帳簿を閉じた。
「……承知いたしました。」
◇
俺は夜空を見上げた。
星の間に、百二十一隻の艦隊が並んでいる。
旗艦の中心に、魔王がいる。
陽電子砲の充填は四十八時間後。
リュシアンの剣はない。
浮遊機動城塞都市の俺で――
本当に、あの艦隊に勝てるのか。
答えは、まだない。
でも、やるしかない。




