第34話 王都決戦・終幕
静寂は、三時間しか続かなかった。
夜明けの光の中で、王都の住民たちが食事を口に運び、傷ついた騎士たちが手当てを受けていた。
リュシアンが城塞の壁に背を預けて、目を閉じていた。
ミリアが回復魔法をかけながら、小言を言っていた。
「傷が深すぎる。もう少し慎重に戦えないの」
「慎重に戦ってたら、城門が先に落ちてた」
「言い訳しない」
「事実だ」
ミリアがため息をついた。リュシアンが目を閉じたまま、口の端を少し上げた。
その時、俺のセンサーが反応した。
西の地平線。
魔力反応。
第一波とは、桁が違う。
(……来た)
俺は城塞の警報を鳴らした。
広場に響く低い轟音に、住民たちが顔を上げ、騎士たちが立ち上がり、リュシアンが目を開けた。
「……また来るか」
「早すぎるわよ」
ミリアが城壁に駆け寄って、西の空を見た。
黒い塊が、地平線を埋め尽くしていた。
第一波より密度が高い。数が多い。そして――その中心に、一際巨大な影があった。高さは城塞に匹敵する。それが動くたびに、空気そのものが歪んで揺れていた。
(……これは)
俺のセンサーが、その魔力の質を解析した。召喚された魔物ではない。これ自体が、意思を持った魔力の塊だ。黒い外殻に複数の腕が蠢き、無数の眼孔が赤く光っている。
(……魔王だ)
◇
第二波の前衛が、王都の外壁に殺到した。
城塞の砲台が火を噴き、飛行体五十機が迎撃に散った。第一波で積み上げた連携が、今度は最初から機能した。魔物の群れが防衛網に弾かれていくが、数が多い。砲台が過熱し、飛行体が消耗していく。
そして、魔王が動いた。
巨大な腕が持ち上がり、その手のひらに黒い光が収束していく。本能的な危険を告げるアラートが鳴り響く前に、俺は城塞の結界を最大まで強化した。
【結界強度:最大値】
【BP消費:50,000BP/秒】
黒い光線が、城塞に直撃した。
ドォォォォンッ!!
城塞全体が揺れた。建物の中で食事をしていた住民たちが悲鳴を上げ、器が床に落ちる音が鳴り響く。結界にひびが入った。BP消費が跳ね上がる。
俺は全砲台の照準を魔王に集中させ、引き金を引いた。
魔導カノンが連続して吠える。爆発が連鎖し、黒い煙が魔王を包んだ。怯んだのか、黒い光線が止まる。結界のひびも止まった。
(……ダメージは入る。しかし……)
煙が晴れた瞬間、俺は言葉を失った。
魔王の外殻に、焦げ跡一つない。
(……通らない。城塞の全火力を叩き込んでも、外殻すら傷つけられない)
リュシアンが城壁から魔王を静かに見ていた。
「……でかいな」
「冷静すぎるでしょ」
「冷静じゃなかったら、ここにいない」
ミリアが言葉を飲んだ。
「私が結界で足止めする。その間にリュシアンが――」
「届かない。あの距離じゃ剣が届く前に殺される」
その目は諦めではなかった。計算していた。次の手を考えていた。
(……そうだ。火力でも、距離でも、今の俺たちには詰められない)
では。
(……超火力で外殻を剥がして、距離をゼロにすればいい)
俺はBPカタログを開いた。以前から目をつけていた、あの二つ。今使うしかない。
【陽電子砲:999,999BP】
【注意:単発式。再充填には長時間を要する】
【高性能パワードスーツ『イージス』:1,000,000BP】
【注意:搭乗者の意識分割による直接操縦が可能】
(……ポチる)
【BP消費:陽電子砲 ――999,999BP】
【BP消費:高性能パワードスーツ『イージス』 ――1,000,000BP】
【残存BP:約2,200,000BP】
城塞の最上部に、二つの巨大な物体が出現した。
陽電子砲。全長二十メートル。砲身が青白く発光し始める。
そして――パワードスーツ『イージス』。全高四メートルの人型機動兵器。白銀のボディ、胸部にバルカン砲、両腕に格闘用クローアーム、背部に推進ユニット。コックピットのハッチが、静かに開いていた。
「……なんだ、あれは」
リュシアンが呟いた。
ミリアが一歩後ずさる。「……まだ奥の手があったの」
(……高い買い物だけどな)
俺は意識を分割した。城塞の俺とイージスの俺。
イージスが城壁の上に立ち上がった。重量で城壁がミシッと鳴る。俺は陽電子砲の照準を魔王に合わせながら、充填を開始した。
三十秒かかる。
魔王が再び腕を持ち上げた。黒い光が収束していく。俺は城塞の結界を全力で張りながら、砲の充填を続けた。
二十秒。
黒い光線が撃ち込まれ、結界が悲鳴を上げる。
十秒。
ひびが走る。
五秒。
ひびが広がる。
一秒。
【陽電子砲、充填完了】
俺は撃った。
爆音ではなかった。
静寂だった。
青白い光の柱が、魔王の中心を一瞬で貫いた。光が全てを飲み込んだ。魔王が仰け反り、断末魔のような咆哮を上げる。
そして――魔王の外殻が、砕けた。
黒い破片が空中に舞い散る中、俺はすかさず【買い取り】を発動した。
【外殻の破片を買い取り中……解析中……】
【判明した情報:魔王の核はオリハルコンの武器でなければ破壊不可能】
【外殻は再生中。推定再生完了まで:約三分】
(……やっぱりか)
(……リュシアンの出番だ)
イージスが動いた。
向かった先は魔王ではない。城壁の上、リュシアンの前だ。
白銀の機体が着地した瞬間、コックピットのハッチがゆっくりと開いた。
リュシアンがハッチを見た。それから空を見た。再生が始まっている魔王を見た。
「……乗れってか」
「リュシアン、駄目よ!」
ミリアが叫んだ。「あんな化け物に近づいたら――」
「乗らなかったら、どうする」
リュシアンが静かに言った。
「あいつを倒せる武器は、この剣しかない。この剣を届かせる手段は、これしかない」
「それは分かってる。でも」
「ミリア」
リュシアンが彼女を真っ直ぐ見た。
「俺はお前の回復魔法で、今日まで生きてきた。今回も頼む」
ミリアが唇を噛んだ。目が赤くなった。でも、頷いた。
「……必ず、帰ってきなさい」
「ああ」
リュシアンが剣を抜いた。オリハルコンの刃が、夜明けの光を受けて青白く輝く。彼はもう一度、俺のイージスを見た。
「……お家様、頼む」
(……任せろ)
リュシアンがハッチに乗り込んだ瞬間、イージスが飛んだ。
◇
推進ユニットを全開にして、魔王へ向かって一直線に突進する。
魔王が気づいた。
巨腕が横薙ぎに振るわれる。
俺はコンマ一秒でルートを計算して機体を急傾斜させ、腕の下をくぐり抜けた。
すかさずバルカン砲を顔面に叩き込む。魔王が仰け反った隙に懐へ潜り込もうとした瞬間、地面から這い上がってきた魔物の群れが行く手を塞いだ。
クローアームを展開して、正面の三体をまとめて薙ぎ払う。バルカン砲が左右を掃射する。魔物が吹き飛ぶ。でも次が来る。また次が来る。
イージスが爆音と共に加速した。
魔王の巨腕を、俺が操るクローアームで強引に掴み、引き寄せ、至近距離からバルカン砲を全弾撃ち込む。
イージスの装甲が剥がれが機体が軋む。だが、止まらない。
「……お家様、前」
リュシアンの声と同時に、巨大な飛行魔物がイージスに正面から激突した。
機体が大きく弾かれる。コックピットの中でリュシアンが壁に叩きつけられる衝撃が、俺の意識に直接伝わった。
(……すまない)
「平気だ。続けろ」
体勢を立て直す間もなく、魔王の第二撃が来た。黒い光の塊が、至近距離から直撃する。結界が一瞬で吹き飛び、機体の左腕が損傷した。クローアームの動きが鈍る。
「……荒いな」
リュシアンが短く笑った。
(……笑うな、集中しろ)
「笑った方が動ける」
右のクローアームだけで魔王の腕を掴み、強引に引き寄せながらバルカン砲を連射する。外殻が削れていく。再生が追いつかない。もっと近づかなければ。
魔物がイージスの背部推進ユニットに噛みついた。推力が落ちる。機体が下がる。魔王が右腕を振り上げた。
まずい。
俺はダメージを承知で推進ユニットを逆噴射した。
機体が急上昇し、魔王の右腕が空を切る。そのまま魔王の肩口に張り付いた。
クローアームで外殻を掴む。魔王が暴れ、イージスが激しく揺れる。機体が軋む。左腕の損傷が広がる。
それでも、離さない。
ここまで来た。あとは、一瞬でいい。
魔王の体が、次の攻撃を溜めるために一瞬だけ動きを止めた。
(……今だ)
ハッチが開いた。
コックピットの外、魔王の外殻が眼前にある。核まで、ここから跳べる距離だ。
「……お家様、頼む!」
(――行けッ!!)
ハッチが跳ね上がり、リュシアンが弾丸のように飛び出した。
魔王の外殻を蹴って、さらに上へ跳ぶ。魔王の腕が彼を狙って迫った。
俺はイージスをその腕に全力でぶつけて軌道を変える。機体がさらに軋む。構わない。リュシアンが届けばそれでいい。
リュシアンが核の真上に達した。
剣を振り上げた。
青白い光が、刃に収束し、オリハルコンの剣が、夜明けの太陽よりも眩く輝く。
「シャイニング・スラッシュ!!」
リュシアンが剣を振り下ろした瞬間、光が炸裂した。白い閃光が魔王の核を両断する。
一瞬の静寂。
それから魔王が内側から崩れ始めた。黒い外殻が光の粒になって散り、オリハルコンの剣も、光の中に静かに溶けていく。
空中に放り出されたリュシアンへ向けて、俺はイージスを全速で飛ばした。ハッチを開いたまま落下に合わせて機体を滑り込ませる。
ガンッ。
コックピットの中に、リュシアンが転がり込んだ。
「……痛っ」
「リュシアン!!」
ミリアの声が響いた。
◇
魔王が消えていく中、最後に声が聞こえた。
静寂が戻る中、消えゆく魔族の兵士が、不吉な言葉を遺した。
「……忌々しい……オリハルコンが……消滅した……だが、いいのだ……魔王様の、お体は……」
声が途切れた。塵になって、消えた。
(……まだ何かある、か)
俺はその言葉を、記録した。今は考えない。今は、目の前のことだけだ。
◇
イージスが城塞に戻った。ハッチが開いて、リュシアンが転がり出てきた。全身傷だらけ。剣はない。でも、生きている。
「リュシアン!」
ミリアが駆け寄り、彼の状態を確認しながら回復魔法をかけ始めた。
「無茶しすぎよ。剣まで失って」
「……倒した、だろ」
「倒したけど」
「なら、いい」
リュシアンが城塞の石畳に仰向けになった。空を見上げた。魔王が消えた空は、青かった。
「……お家様」
彼が呟いた。
「剣、なくなったな」
(……そうだな)
俺は柱を、一度だけ鳴らした。
リュシアンが少し笑った。
「……まあ、いいか。やることはやった」
ミアが走ってきた。リュシアンの姿を見て、一瞬立ち止まり、それから近くに座り込んだ。
「……生きてるね」
「生きてる」
「よかった」
ルカが後ろから追いついて、リュシアンの横に座った。しばらく空を見て、それから言った。
「……かっこよかった」
「そうか」
「剣、光ってた。すごかった」
「……ありがとな」
リュシアンが、ルカの頭に手を置いた。
チャリン、チャリン。
【通知:魔王撃退によるBP還元 ――+500,000BP】
【通知:王都住民・騎士団・冒険者ギルドからの感謝 ――+300,000BP】
【通知:信仰BPチャージ大規模更新 ――継続中】
(……まだ終わっていない、か)
俺はあの魔族の最後の言葉を反芻した。「魔王様のお体は」。続きがあった。聞けなかった。でも、確かに言った。
(……次がある)
今は、それだけ確認しておけばいい。
広場では住民たちが歓声を上げ、騎士たちが抱き合い、冒険者たちが酒を飲み始めていた。カシムが、王都の商人に名刺を渡している。
(……カシム、お前は本当にぶれないな)
石畳が温かい。空が青い。ミアとルカがリュシアンの隣で、三人で空を見上げている。ミリアが呆れた顔で三人を見ながら、それでも笑っていた。
俺は城塞の全機能を確認した。
【現在の形態:浮遊機動城塞都市】
【現在の保有BP:約2,000,000BP】
【陽電子砲:再充填中(残り約72時間)】
【イージス:稼働可能】
【信仰BPチャージ:継続中】
(……やることが、まだある)
でも、今日はいい。
今日くらいは、この空を眺めていい。
白亜の城塞が、青い空の下に静かにそびえていた。




