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転生したらボロ小屋でした。〜住人の笑顔が燃料なので、全力でおもてなしします〜  作者: ひろボ


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第31話 魔王の正体

 生け捕りにした魔族が吐いた情報は断片的だった。


 人間の使う言葉とは違う、魔族固有の言語だった。だが、俺には理解ができた。「異世界言語理解」スキルが、ここでも静かに機能している。普段は意識することもない地味なスキルだが、今この瞬間、それが存分に役立っていた。


 場所の名前はない。座標もない。ただ、「森の奥、人が踏み込めぬ場所に我らの根がある」という言葉だけだ。


 それ以上の情報は引き出せなかった。魔族は口を閉じ、それきり何も話さなかった。眼光だけが、暗く、鋭く、俺のドローンを睨んでいた。


 人が踏み込めぬ場所。


 俺には関係ない。


 ◇


 翌朝から、俺はドローンを使った広域捜索を開始した。


 ミアとルカとカシムには、ドローンを上下に揺らして「出かける」という意思だけを伝えた。カシムがいつものように帳簿を広げながら「ご武運を」と言い、ルカが「お土産よろしく」と言い、ミアが「絶対に帰ってきてください」と言った。


 もっと詳しく伝えられれば良かった。でも俺には言葉がない。ドローンの揺れだけが、俺の言語だ。いつもより長くなるかもしれない、危険かもしれない、でもそれすら伝える手段がない。


 俺は車体を王都の空き地に停めたまま、意識をドローンに分割した。


 十二機のドローンが、それぞれ別のルートで王都の外へと飛び立っていく。夜明けの光の中で、鉄の鳥たちが一斉に散らばっていく光景は、傍から見れば相当に奇妙だろう。だが、この時間帯に見ている人間はほとんどいない。


 捜索範囲は半径五十キロ。魔族の言葉から推測した方角は南西。王都から南西に進むと、やがて人の手が入っていない深い森が広がっている。地図上では空白地帯だ。冒険者も立ち入らない、理由のある空白だ。何かがある、という直感は、この仕事を続けてきた俺の経験が告げている。


 俺は集音センサーを最大感度にして、ドローンを低空で飛ばした。


 音を聞く。匂いを嗅ぐ。温度を計る。磁場の歪みを感じる。


 人間には感知できない何かが、この森のどこかにあるはずだ。


 最初の一時間は、何もなかった。


 野生動物の気配。川の流れる音。木々の葉が風に揺れる音。どれも正常だ。


 二時間目に入ったあたりで、少しずつ変化が出てきた。


 動物の気配が消えた。川の音が遠くなった。葉の揺れが止まった。


 まるで、森が息を潜めているようだ。


 ◇


 三時間後。


 ドローンの一機が、異常な反応を拾った。


 磁場の歪みだ。


 自然の岩盤や地層でこれほどの歪みは生じない。何か巨大な金属の塊が地表に存在しているはずだ。しかも、その規模が尋常ではない。磁場の乱れの広がりから推測すると、相当な大きさの構造物だ。


 俺は残りのドローンをその座標へ集結させた。


 森が深くなる。樹齢数百年と思われる巨木が立ち並び、日光がほとんど届かない。地面は苔で覆われ、人や獣の痕跡がない。鳥の声すら聞こえない。まるで、何かがこの空間から生き物を遠ざけているようだ。


 その「何か」の正体が、少しずつ形を現してきた。


 そして、開けた場所に出た。


 ◇


 最初の印象は、「植物に飲み込まれた何か」だった。


 巨大な蔦と苔と樹木が、何かを覆い隠すように生い茂っている。その輪郭は不規則で、自然の岩ではない。表面を覆う植物を透かして見ると、鈍い金属光沢が見える。全長は百メートルを超えているかもしれない。幅もかなりある。これほどの構造物が森の中に埋もれていて、誰も気づかなかったのか。


 いや、気づいても近づけなかったのだろう。


 この場所が発する「嫌な空気」は、相当なものだ。動物が本能的に避けるほどの何かが、ここには漂っている。魔族が潜伏するには、うってつけの場所だ。人間の足が届かず、魔力の気配が外へ漏れても、誰も調べに来ない。


 俺はドローンのセンサーをフル稼働させた。


 鑑定スキルが走る。


 金属の組成が出た。炭素繊維複合材。チタン合金。そして、俺の前世の知識には存在するが、この世界の冶金技術では絶対に作れないはずの素材の数々。この世界の最高の鍛冶師が見ても、何を使って作られたのか分からないだろう。昨日謁見した王の鍛冶師でも、手も足も出ないはずだ。


(……なんだ、これは)


 俺は少し、驚いた。


 この世界の冒険者や学者がここに来れば、「不思議な建物」という感想しか出ないだろう。素材も構造も、この世界の技術体系の外にある。魔法で作ったと言われれば信じるしかない。


 だが俺には分かる。


 これは、建物ではない。


 流線型の外観。外殻の曲率。内部構造から透けて見える隔壁の配置。推進システムの痕跡らしき突起物。


(……船だ)


 正確には、船の成れの果て。


 宇宙船だ。


 おそらく、かなり昔に墜落したのだろう。植物が覆い尽くすほどの時間が経過している。百年どころではないかもしれない。数百年、あるいはそれ以上。外殻の一部は腐食し、内部への侵食も進んでいる。だが、基本構造はまだ残っていた。


(……宇宙から来たのか。……そういうことか)


 俺の頭の中で、いくつかの情報が繋がり始めた。宇宙から来た何かが、この星に墜落した。その「何か」が、魔王だ。この宇宙船が、その答えだ。


 ◇


 ドローンを船内に進入させた。


 外殻の破損部から、静かに入り込む。


 内部は暗い。だが、ドローンの赤外線センサーが全体を照らし出す。


 通路が続いている。壁面には、この世界の文字ではない何かが刻まれている。俺の「異世界言語理解」スキルがあっても、これは読めない。前世にも、現世にも、存在しない文字体系だ。


(……魔族固有の文字か)


 ドローンを進める。


 部屋がいくつかある。中を覗くと、机のような構造物、棚のような構造物、そして何かのシステム端末らしき装置の残骸。どれも長い年月で劣化しているが、形は残っている。かつてここで何者かが働き、生活し、この星を見下ろしていた。そう思うと、奇妙な感覚がある。


 俺は慎重に、各部屋を確認した。


 魔族の姿はない。どの部屋も、生命反応がない。


 先日捕まえた連中が全員だったのかもしれない。あれだけの罠を仕掛けるだけの人数は確保していたが、この広さの船の乗員としてはあまりに少ない。長い年月で、多くが死んだのだろう。


(……最後の生き残りたちが、あの罠を仕掛けたのか)


 ある部屋に、壊れた装置の前に座った姿勢のまま固まっている何かがあった。


 有機物の残骸だ。ずっと昔に死んだ、魔族のものだろう。長い年月で干からび、形だけが残っている。


 それが、静かにこちらを見上げているように感じた。


(……お前たちは、ずっとここで魔王を待っていたのか)


 答えはない。当然だ。


 俺は部屋を出た。


 奥へ進む。


 そこで、音が聞こえた。ノイズ交じりの、繰り返し音だ。魔族の言語だった。


 ◇


 俺は集音センサーを絞り込んで、その音声を拾い上げた。


「……魔王の核、集積完了。復活まで、時間の問題……」


「……勇者を排除せよ。この地の者どもを……」


「……魔王はすべての準備が整うのを待っている……」


 繰り返し流れている。自動的な通信か、録音された指令の再生か。発信源は別の場所にあるらしく、信号は弱く、ノイズが多い。


(……核の集積が完了した)


 想定より、早い。


 俺はドローンをさらに奥へ進めた。船の中央部に近い区画に、特に大きな部屋があった。


 何かの制御室のようだ。壁面に大きな板状の構造物が並んでいる。ガラスに似た素材で覆われており、内部に複雑な回路のような模様が見える。かつては何らかの情報が表示されていたのだろうが、今は暗い。


 その部屋の中央に、台座があった。


 台座の上には、何かが置かれていた痕跡がある。直径三十センチほどの円形の凹み。そこに、かつて何かが鎮座していたのだ。


(……ここが魔王の本来の場所か)


 俺は台座の痕跡をスキャンした。微量の魔力反応が残っている。これは、魔王の核の魔力と同じ質のものだ。


 そして、台座の横にある壁面に、読み取れない文字の中で、俺のスキルがかろうじて拾える断片があった。


「……接触……未知の星系……生命体……」


「……不時着……エネルギー枯渇……」


「……現地の有機物を素材に……新たな存在を生成……」


「……彼らを魔族と名付ける……」


(……魔族は、この船が作った)


 俺の中で、全体像が繋がった。


 宇宙から来た何かが、この星に墜落した。エネルギーを失い、飛ぶことができなくなった。そこで、この星の生命体を素材に「魔族」を作り出した。魔族は、この「何か」のために動く存在として設計された。


 その「何か」が、魔王だ。


 魔王はもともと、この星の存在ではない。宇宙から来た知性ある何かが、この星に根を張り、魔族という配下を生み出し、長い年月をかけて力を蓄えてきた。


(……俺と、少し似ているな)


 俺も、元は別の世界から来た存在だ。この星に転生した。この星の素材を使って「家」を作り上げた。


 ただ、目的が違う。


 俺はミアとルカを守るために存在する。魔王は、何のためにいるのか。それがまだ、分からない。この宇宙船の記録の断片からも、その答えは見つからなかった。


 そして、もう一つ気になることがある。


 俺がこの星に転生したのは、偶然なのか。それとも何かの意図があったのか。


 魔王が宇宙から来て、俺も別の世界から来た。二つの「異世界からの来訪者」が、同じ星で出会っている。これは本当に偶然なのか。


(……考えすぎかもしれないが)


 今はその答えを探す余裕はない。まず、核の場所だ。


 俺はドローンを制御室から引き上げた。


 必要な情報は取れた。核の集積が完了したという通信。魔族がこの船で作られたという記録の断片。この場所が魔族の本拠地だったという事実。


 ただ、肝心のことが一つ、まだ分かっていない。


 魔王の核が集まった場所が、どこなのか。


(……それを見つけないと始まらない)


 ◇


 俺はドローンを回収しながら、王都への帰路についた。


 夜が近づいていた。俺が出発してから、ほぼ一日が経過していた。


 空が橙色から紺色に変わり始めた頃、王都の城壁が見えてきた。


 車体の中で、ミアが待っていた。窓の外を見ながら、ずっと待っていたのだろう。俺が近づいてくる気配を感じたのか、振り返って車体に手を当てた。ルカは後部座席で、カニのぬいぐるみを抱えたまま眠っていた。


「……お帰りなさい、お家様」


 その声に、安堵と心配が混じっていた。


 俺はドローンを使って、ミアに何かを伝えようとした。


 ドローンを大きく上下に揺らす。


「……何か見つかったんですね」


 上下に揺らす。


「……怖いもの?」


 また上下に揺らす。


「……そっか」


 ミアが静かに頷いた。それだけしか伝わらない。宇宙船のことも、魔王の正体も、核が集積完了したことも、何一つ言葉にできない。


 俺は自分の不便さを、今さらながら噛みしめた。言葉があれば、五秒で全部伝えられるのに。


 カシムが近づいてきた。帳簿を閉じながら、俺のドローンをじっと見た。


「……お家様、何かお分かりになりましたな。いつもと動きが違います。……重大な情報を得たが、誰にも伝えられない、という状況でしょうか」


 上下に揺らした。


「……なるほど。では、明日リュシアン様を呼びましょう。彼は戦場でお家様の意図を読んできた。ある程度はお伝えできるかもしれません。それに、今回の件は彼にも関わることでしょうから」


(……カシム、お前は本当に察しがいい)


 ルカが後ろから顔を出した。


「お土産は?」


 ドローンを横に揺らした。


「えー」


 ミアが小さく笑った。その笑顔を見て、少し気持ちが落ち着いた。重い情報を抱えたまま帰ってきた俺にとって、この笑顔が一番必要なものだったかもしれない。


「……お家様、また戦いになるの?」


 俺はしばらく考えた。


 核の場所が分かれば、動く必要がある。今はまだ、探す段階だ。どちらにしても、時間はあまりない。


 ドローンを一度上下に揺らした。


「……分かった。信じてます」


 ミアが俺の車体に額を当てた。


「……帰ってくる約束、忘れないでください」


 俺は石畳を一度温めた。


 ◇


 翌朝、リュシアンが来た。


 カシムに呼ばれてギルドから来たのだろう。朝食の匂いをまだ纏いながら、眠そうに目を細めてドローンを見た。


「……また何かあったか、お家様」


 上下に揺らした。


 カシムが横から口を開いた。


「リュシアン様、昨日お家様が長時間の調査に出かけられまして。帰ってこられた際の様子から、かなり重大な情報を掴まれたと思います。ただ、お家様はそれをお伝えする手段が……」


「ない、ということか」


「さようでございます」


 リュシアンが腕を組んだ。


「……俺に分かることを聞く。一つずつ確認するから、合ってたら上下、違ったら横に振ってくれ」


 上下に揺らした。


「……魔族の拠点を見つけた?」


 上下。


「……魔王に関係する場所だった?」


 上下。


「……今すぐ戦いになる状況か?」


 横。


「……でも、時間はあまりない?」


 上下。


 リュシアンが少し考えた。


「……場所の手がかりはまだない?」


 上下。


「分かった。探す必要があるということだな」


 上下に揺らした。


 リュシアンが俺のドローンを見た。


「……お家様、喋れるようになれよ。本当に」


(……俺もそう思う)


 横に揺らした。リュシアンが苦笑した。


「……まあ、一緒に探そう。俺も勇者として、ただ待ってるわけにはいかない」


 王都の夜が、静かに更けていく。


 そして、王都は断末魔の叫びに包まれていた。

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