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転生したらボロ小屋でした。〜住人の笑顔が燃料なので、全力でおもてなしします〜  作者: ひろボ


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第24話 炊き出しクエスト

 誘拐団壊滅という、Gランク初日にあるまじき大金星を挙げてから一夜が明けた。


 冒険者ギルドの扉を開けると、昨日とは明らかに違う空気が流れていた。

 俺たち――正確には俺の飛行体――の姿を見た途端、たむろしていた冒険者たちの会話がピタリと止む。畏怖、好奇心、そして若干の引きつった笑い。


「……おい、あいつだろ。昨日、森の奥の野盗拠点を一人でぶっ潰したっていう魔道具……」

「しかも無傷で人質全員連れ帰ったってよ……どんな兵器だよ……」


 ひそひそとした囁き声が、高感度センサーを通して丸聞こえだった。


 無理もない。俺は「意思を持つ魔道具」という触れ込みだが、やっていることは完全に規格外だ。

 だが、俺に目立ちたいという欲求はない。前世からそうだった。争いごとは極力避けたいし、平穏で安定した生活基盤を築くことこそが「家」としての俺の至上命題だ。


 ミアが周囲の視線に少しおどおどしながら、依頼掲示板の前に立った。

「えっと……今日の依頼、どうしましょうか。ギルド長さんからは、少し休んでもいいって言われてますけど……」

「お家様は稼働に問題はございません。むしろ、手持ち無沙汰を嫌うお方のようですからな」


 カシムが穏やかに微笑みながら、掲示板の下の方、紙が古びている依頼票を指差した。


「本日は、こちらなどいかがでしょう」

 ミアが覗き込む。

「……『王都東区・聖ルミナ教会での炊き出し手伝い。薪割り、野菜の皮むき、配膳など。報酬・銀貨二枚』……」

「東区といえば、スラムに近い貧困層が多く住む地域です。昨日救出した子供たちの中にも、あの辺りの孤児院に身を寄せている者がおりました。報酬は少ないですが、徳を積むには良い仕事かと」


(……炊き出し、か)


 俺は飛行体を一度、ゆっくりと上下に揺らした。

 大賛成だ。魔物を狩るよりも、野盗を退治するよりも、誰かに温かい食事と居場所を提供すること。それこそが「家」の本来の機能なのだから。


「お家様がやる気だぞ! いこいこ!」

 ルカが元気よく駆け出し、俺たちは王都の東区へと向かった。


 ◇


 王都東区は、中心部の華やかさとは無縁の場所だった。

 石畳はひび割れ、建物の屋根は傾いている。路地裏からはどぶの臭いが漂い、道端にはやせ細った野良犬が蹲っていた。


 目的の教会は、そんな街角の広場にあった。

 だが、到着した俺たちの目に飛び込んできたのは、予想を遥かに超える惨状だった。


「……これ、は……」

 ミアが息を呑む。

 教会の前の広場には、ざっと百人を超える人々が溢れかえっていた。泥にまみれた服を着た老人、泣き叫ぶ赤子を抱えた母親、そして虚ろな目をした孤児たち。

 最近の物価高騰と、ここ数日の野盗騒ぎで流通が滞った影響が、最も弱い立場の人々を直撃しているのだ。


「す、すみません! 並んでください、順番に……ああっ、お鍋の火が……!」

 煤だらけの修道服を着た若いシスターが、悲鳴のような声を上げていた。

 広場の隅にはレンガを積んだだけの粗末なかまどが三つ。だが薪が湿っているのか、火力が弱く、黒い煙ばかりが上がっている。寸胴鍋に入っているのは、野菜のくずが少し浮いた、ただの塩水のようなスープだった。

 百人以上の腹を満たすには、量も質も絶望的に足りていない。


 ポツリ。


 俺の飛行体の装甲に、冷たいものが当たった。

 空を見上げる。いつの間にか分厚い鉛色の雲が王都を覆っていた。

 ポツリ、ポツリと降り始めた雨は、あっという間に冷たい氷雨に変わり、広場の人々を打ち据え始めた。


「ひっ……冷たい……」

「ルミナ様、助けて……」


 屋根のない広場で、薄着の人々が身を寄せ合い、ガタガタと震え始める。体力のない老人や子供の唇が、みるみるうちに紫色に変わっていく。


(……これは、まずい)


 衛生状態の悪いスラムで、この冷雨に打たれればどうなるか。凍死するか、ひどい感染症にかかる。ただの炊き出しボランティアの範疇を超えた、人命に関わる緊急事態だ。


 俺は空中にふわりと浮き上がり、シスターのもとへ飛んだ。


「ひっ……!? な、何ですかこの、浮いている巨大な鉄の鳥は……っ!?」

 宙に浮かぶ全長二メートルの俺の姿を見て、シスターが悲鳴を上げて後ずさる。


(……元が軍事用の制圧ドローンだからな。村じゃ『鉄の鳥さん』なんて可愛らしく呼ばれたが、王都の大人からすれば威圧感たっぷりの不気味な兵器にしか見えないよな)


 怯える彼女の前に、カシムが素早く歩み出て一礼した。


「ご安心を。我々は冒険者ギルドから炊き出しの応援に派遣されました。そしてこちらの御方は我々のパーティーの主であり、意思を持つ魔道具の『お家様』です」

「えっ? 冒険者……この、鉄の鳥さんがですか……?」

 シスターは目を白黒させて俺とカシムを交互に見比べたが、やがてハッと我に返ったように顔を歪めた。


「そ、それよりも申し訳ありません……! 想定の三倍以上の方が集まってしまって……その上、この雨で……もう、どうしたら……」

 泣き崩れそうになるシスター。


 カシムが俺の飛行体を見上げた。

「お家様。……いかがなさいますか」

 尋ねるまでもない。俺は飛行体を、力強く、二度上下に揺らした。


(……俺の領域だ。全部、任せろ)


 俺は脳内のシステムウインドウを開き、BP交換のメニューを呼び出した。

 昨日の誘拐団壊滅で手に入れたポイントを含め、BPは潤沢にある。出し惜しみする場面じゃない。

 カテゴリ『施設・建築物』の中から、今の状況に最も適したものを見つけ出す。


【全天候型・大型救護パビリオン(魔導空調完備)】

(……これだ。ポチッとな)


 脳内で決定ボタンを押した瞬間、俺の機体からまばゆい光が放たれた。


 ズズズンッ!!


 地響きのような重低音と共に、広場の何もない空間に無数の光の粒子が収束し、巨大な「それ」が一瞬にして構築されていく。


「なっ……!?」

「え……建物が、生えた……?」


 シスターや難民たちが、目を見開いて硬直する。

 俺がBPで購入し、広場に直接展開したのは、頑丈な支柱と魔導防水布で構成された巨大なパビリオンだった。広場にいた百人全員をすっぽりと覆い隠す巨大な屋根が、冷たい氷雨を完全に遮断する。


「あ、雨が……止んだ?」

「すごい……中、全然寒くないぞ!」


 それだけではない。パビリオンの四隅には、以前BPで交換しておいた大型の『魔導温風機ヒーター』を設置し、すでにフル稼働させている。氷点下近かった空気が、春の陽だまりのような暖かさに変わっていく。


「さあ皆様、どうかテントの奥へ。お怪我をされている方、小さなお子様連れの方から順番にお座りください」

 カシムが通る声で誘導を始める。パビリオンの床には断熱用の魔導シートが敷き詰められており、座っても冷たくない。


「あの……これは一体……」

 へたり込んでいたシスターが、呆然と俺を見上げる。

 俺は彼女の前に、アイテムボックスから『業務用の超大型魔導コンロ』を三台、ドンッ!と設置した。さらに、銀色に輝く巨大な寸胴鍋を三つ。


(……さあ、飯だ。全員、腹いっぱい食わせるぞ)


 俺が飛行体を揺らすと、ミアが腕まくりをして前に出た。

「私、料理なら得意です! お家様、食材をお願いします!」

「ボクも手伝うぞ!」


 俺はアイテムボックスから、大量の食材を吐き出した。

 カザン村周辺で採取した、ビタミン豊富な野草や根菜の山。そして、BPを消費して取り寄せた、栄養価の高い厚切りの豚肉(オーク肉)と、山のようなどんこ椎茸、大根、ごぼう、そして樽いっぱいの特製味噌だ。


(……冷え切った体には、栄養満点で消化に良く、芯から温まるものがいい)

 前世の知識がそう告げている。メニューは『超具沢山・特製豚汁』だ。


 ここからが俺の真骨頂だった。

 大根やごぼう、数十本にも及ぶ根菜の山。これをミアやルカが包丁で切っていては夜が明けてしまう。

 俺は空中に極小の魔法陣を複数同時に展開した。

 昨日、誘拐団のロープを切断した水魔法――『ウォーターカッター』の応用だ。


 シュバババババッ!!


 目にも留まらぬ早業で、ほっぺにグルグルがある忍者のごとく極細の高圧水流が宙を舞う野菜の山を切り刻んでいく。大根はいちょう切りに、ごぼうは美しいささがきに。皮むきからカットまで、数十キロの野菜の下ごしらえが、わずか十秒で完了したでござる。


「……えええええっ!?」

 シスターが目をひん剥いて悲鳴を上げたが、気にしてはいられない。


 カットされた野菜と豚肉が、次々と寸胴鍋に放り込まれる。俺は風魔法で魔導コンロの火力を最大まで引き上げ、一気に煮込んだ。

 テントの中に、ごま油で豚肉と根菜を炒める暴力的なまでに香ばしい匂いが充満する。それだけで、難民たちの胃袋から一斉に雷のような腹の虫が鳴り響いた。


 灰汁あくを丁寧にすくい取り、仕上げに特製味噌をたっぷりと溶き入れる。

 ふわりと、味噌と出汁の優しく力強い香りが広がった。


「完成です! 皆様、順番に並んでください!」

 ミアがお玉を片手に声を上げる。

 殺気立って群がろうとする難民たち。だが、その前にカシムが立ちはだかった。


「お待ちを。お家様の『ルール』がございます」

 カシムが指差した先には、俺が急造した「手洗い場」があった。水魔法でチョロチョロと綺麗な温水が出続ける仕組みだ。

「泥まみれの手で食事をしては、病のもと。必ず両手を洗い、指の間から手首まで、清潔な布で拭いてから受け取ること。……これは、命を繋ぐための神聖な儀式とお考えください」


 衛生管理と徹底した感染対策。これも家としての絶対のルールであり、前世で散々叩き込まれたマニュアルだ。

(……それにしてもカシムのあの隙のない手洗いチェックの目線、まるで前世の厳しい抜き打ち監査みたいだな……)

 俺が密かに身震いするほどの有無を言わせぬ迫力に、難民たちは大人しく列を作り、手を洗い始めた。


 配膳が始まった。

 木製の器に並々と注がれた、湯気を立てる豚汁。ゴロゴロと入った柔らかい豚肉、出汁を吸って飴色になった大根。さらにアイテムボックスから追加で出した、ふかふかの白パン。


 一口食べた子供の目が、これ以上ないほど見開かれた。

「……おい、しい……っ!」

「あったかい……お肉、やわらかいよぉ……っ」

「うまい、うまい……こんな美味いもの、生まれて初めてだ……!」


 テントのあちこちから、嗚咽のような歓声が上がった。

 冷え切っていた彼らの顔に赤みが戻り、強張っていた表情が、花が咲くように緩んでいく。中には、器を抱えながらポロポロと涙をこぼす者もいた。


「お家様、あの子たち……」

 ミアがそっと指差した先。そこには、昨日森の廃屋から救出した子供たちの姿があった。彼らも孤児院の引率でここに来ていたらしい。

 子供たちは豚汁を口の周りいっぱいに付けたまま、俺の飛行体を見つけて駆け寄ってきた。


「あっ、きのうの、おっきな鉄の鳥さんだ!」

「これ、お前が作ったの? すげえうまい! ありがとう!」

 小さな手で、飛行体の冷たい金属の装甲を撫でてくる。


 ルカがえっへんと胸を張った。

「だろー? お家様のご飯は、世界一なんだぞ!」

 俺は飛行体を、ゆっくりと上下に揺らした。


 シスターが、泣き腫らした目で俺の前にひざまずいた。

「……奇跡です。あなたが来てくださらなければ、今日、何人もの命が寒さと飢えで失われていました。神の御使い様……本当に、本当にありがとうございます……」


 深く、深く頭を下げるシスター。

 その後ろで、お腹を満たした難民たちが、次々と俺に向かって手を合わせ始めた。


 その瞬間だった。


 チャリン。

 チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリリリリリリィィィン!!


 脳内で、今まで聞いたこともないような連続音が鳴り響いた。


【通知:多数の生命維持貢献 ――+15,000BP】

【通知:劣悪環境の劇的改善 ――+10,000BP】

【通知:極大の感謝によるBP還元ボーナス ――+48,500BP】

【累計獲得BPが一定値を超えました。施設機能のアンロックが可能です】


(……桁が、違う)


 昨日、誘拐団を壊滅させて得たBPが数千。

 だが今日、寒さに震える人々に温かい食事と居場所を提供しただけで、数万という莫大なBPが手に入った。


 理由は明白だ。

 俺は「武器」ではない。俺の魂は「家」なのだ。

 誰かを傷つけることより、誰かを守り、育み、温かい空間を提供した時こそ、システムは最大の評価を下す。


 ◇


 数時間後。広場での炊き出しを終えた俺たちは、冒険者ギルドの受付カウンターに立っていた。


「……こちらが、炊き出し手伝いの報酬、銀貨二枚になります」

 受付嬢が、ひどく申し訳なさそうな顔で硬貨を差し出す。

「東区の教会から、衛兵を通じて報告は受けています。広場を覆うほどの巨大なテントに、いくつもの魔導コンロ。そして百人以上の難民に、極上の肉料理を振る舞ったそうですね……」


 受付嬢が深いため息をついた。

「銀貨二枚の報酬に対して、どう考えても大赤字どころの騒ぎじゃないはずです。ですが、これはただのボランティア依頼……ギルドとしても、これ以上の追加報酬は規定上お出しできなくて……」

 心底心配そうに俺の飛行体を見上げる受付嬢。

(たしかに、前世の帳簿なら税務調査が入るレベルの超絶赤字経営だ)


 だが、俺のパーティーメンバーたちは誇らしげだった。

「気にしないでください! お家様は、目先の損得で動くようなお方じゃないんです」

 ミアが胸の前で両手をぎゅっと握って微笑む。


「さようでございます」

 カシムが穏やかに、だが力強く頷いた。

「たとえ大赤字であろうと、あのお方は困っている人々の笑顔を守るためなら、労を惜しみません。そういう、慈愛に満ちた崇高な御方なのです」


 ルカがえっへんと胸を張った。

「だろー? お家様はみんなが笑ってくれるのが、一番好きなんだぞ!」


 三人の純粋な尊敬と信頼の眼差し。そしてギルド中の冒険者たちからの「なんつー聖人(魔道具)だ……」という畏敬の視線が、俺の銀色の装甲に突き刺さる。


(……いや、たしかにお金は二の次だし、みんなの笑顔を見るのは好きだけどさ)


 俺は内心で冷や汗をかきながら、とりあえず威厳を保つために飛行体をゆっくりと上下に揺らした。


(……実のところ、使った額の何倍ものBPポイントが返ってくる最高の黒字クエストだったなんて、純粋なコイツらには絶対に言えないな……)


 少しの罪悪感と、莫大なBPによる圧倒的な安心感。

 Gランクの炊き出しクエスト。それは俺にとって、どんな魔王討伐よりも価値のある、最高に「俺らしい」冒険だった。


 それに、もう一つ。


 炊き出しの噂は、広がる。


「あの鉄の鳥が、東区で百人に飯を食わせた」という話は、明日には王都中に届くだろう。


 貴族の耳にも、商人の耳にも。


 王都に足場を作るには、力を見せるより先に、この街の人間の心に「俺たちがいる」という事実を植えつける方が早い。


(……噂は、最高の看板だ)


 俺は満足げに、飛行体を一度だけ揺らした。

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