第23話 冒険者活動開始
Gランク冒険者の最初の仕事は、薬草採取だった。
ギルドの依頼掲示板には、びっしりと羊皮紙が貼り付けられていた。ミアが背伸びをしながら一枚一枚読んでいく。
「えっと……護衛依頼、報酬は金貨三枚……魔物討伐、Cランク以上……薬草採取、王都近郊の森で、ハーブ系全般、束ごとの買取……」
「これがよろしいのではないですか」
カシムが薬草採取の依頼票を指差した。
「Gランクから受注可能。王都近郊の採取場所も明記されています。初仕事としては、無難な選択かと」
(……薬草、か)
俺はアイテムボックスの在庫を確認した。
ハーブ類、各種。回復薬の素材になるレッドハーブ。解毒に使われるブルーモス。魔力回復に効果があるとされるゴールデンルート。
全部、在庫がある。大量に。以前、カザン村の周辺で飛行体が採取したものだ。村人たちへの医薬品として使う分の余剰が、そのままアイテムボックスに眠っている。
(……これを出せば、一瞬で終わる)
でも。
(……それは違う気がする)
冒険者登録をしたのは、在庫を売り捌くためじゃない。この街で、正面から、最初から始めるためだ。Gランクにはちゃんと、Gランクのやり方がある。
俺は飛行体を一度上下に揺らした。ミアが依頼票を受付嬢に持っていく。
◇
王都近郊の採取ポイントは、城壁の東門から馬で半刻ほどの距離にある小さな森だった。
俺たちが到着すると、すでに数組の冒険者が採取をしていた。みんな同じGランク帯だ。慣れた手つきで草むらを掻き分け、目当ての薬草を探している。
俺は飛行体のセンサーを展開した。この森の薬草分布図が、瞬時にマップされていく。
全部、見えた。
(……でも)
この近郊の採取ポイントは、Gランク冒険者たちが毎日使う生活の場だ。ここで俺が根こそぎ刈り取ったら、明日から他の冒険者たちが困る。
(……近場は荒らさない方がいい)
マップを広げた。森の奥。城壁から二キロ以上離れたエリア。徒歩では一時間以上かかる。でも飛行体なら、三十秒もあれば着く。
飛行体が、音もなく上昇した。
森の梢を越え、一気に加速する。木々の隙間を縫うように飛び、あっという間に森の奥深くへと消えていった。
ミアが呆然と空を見上げた。
「……行っちゃった」
「いつものことですな」とカシムが言った。
「お家様、大丈夫かな」
「大丈夫です。あのお方が心配されるべきは、お家様ではなく、森の方ですな」
◇
森の奥は、静かだった。
人の入らない区域だ。薬草が手つかずのまま群生している。
【鑑定:レッドハーブ 品質:上 採取適期:最適】
【鑑定:ブルーモス 品質:上々 希少度:高】
【鑑定:ゴールデンルート 品質:極上 採取適期:最適】
奥地のものは品質が違う。近郊の採取ポイントで取れるものとは一段上だ。
(……根こそぎは取らない。来年も生えてくるように、株ごとには取らない)
成熟した、今が採取適期のものだけを選んで、アイテムボックスに収納していく。
【収納:レッドハーブ ×147束】
【収納:ブルーモス ×83束】
【収納:ゴールデンルート ×29束】
(……十分だ)
三十分もかからなかった。
反転して戻ろうとした、その時。
センサーが、引っかかった。
魔力反応ではない。熱源反応だ。人間の体温。しかも複数。
(……人がいる? こんな奥に)
冒険者が踏み込むには危険すぎるエリアだ。俺は慎重に、センサーの感度を最大まで引き上げながら近づいた。
木々の隙間から、古い小屋が見えた。
廃屋だ。荒れた外壁、崩れかけた屋根。でも、中に人がいる。しかも――
(……縛られている)
熱源反応が七つ。そのうち五つが、動けない状態で床に横たわっている。残り二つが、出入り口の内側に立っている。
見張りだ。
俺は小屋の周囲を静かに飛び回って、状況を把握した。
小屋の裏手に、街道に続く轍の跡がある。定期的に荷物を運び込んでいる跡だ。食料の残滓の匂いがする。拘束されている者たちは、生かされている。
(……魔物じゃない。人間の仕業だ)
この一週間で三人の冒険者が負傷したという報告。魔物が増えた、という噂。
違う。魔物ではなく、この連中が冒険者を追い払っていたのだ。人目につかないように、森の奥でひそかに動いていた。
(……誰かを攫っている)
殺してはいない。それだけは確認できた。
俺はその場で、動いた。
ミアたちに告げに戻る時間も、応援を呼ぶ理由もない。ここにいる連中を、今すぐ無力化できる。
扉の隙間から、俺は飛行体に標準装備されたスタン砲の照準を合わせた。電磁パルスを集中照射して、対象を一時的に行動不能にする装備だ。殺傷力はない。
見張り一人目。
バチッ。
くぐもった音。それから、どさりという倒れる音。
二人目が気づいて振り返る前に、飛行体を反対側の窓へ回り込ませていた。
バチッ。
静寂。
(……二人とも落とした)
俺は小屋の中を確認した。気絶した見張り二人。床に横たわる拘束された五人。全員の生存を確認した。
俺は空中に極小の魔法陣を展開し、水魔法を起動した。
イメージするのは、前世の記憶にある工業用ウォーターカッター。超高圧に圧縮した極細の水流刃だ。
対象は拘束具である太い麻縄のみ。当然、人質の肌を傷つけるわけにはいかない。
飛行体のセンサーで縄の太さと張力をミリ単位でスキャンし、水流の到達深度を完全に計算・制御する。
シュッ、という微かな水音。
皮膚の数ミリ手前で威力が減衰するように調整された水の刃が、縄の繊維だけを正確に両断していく。一本ずつ、丁寧に。
最初に解放した人間が、目を覚ました。
若い女だった。俺の飛行体を見て、悲鳴を上げそうになる。
飛行体を、ゆっくりと横に揺らした。
女が、息を呑んで固まった。
俺はアイテムボックスから飲料水と食料を取り出して、女の前に置いた。
女が、震える手で水を受け取った。
その間に、残りの四人も解放した。子供が二人。男が一人。老人が一人。全員が衰弱しているが、命に別状はない。
俺はアイテムボックスから冒険者証を取り出し、飛行体のマニピュレーターアームで掲げた。
小さな木製の札。「お家様」「意思を持つ魔道具」「Gランク」。
薄暗闇の中、女が目を細めてその文字列を追う。やがて信じられないものを見るように、銀色の球体を見上げた。
「……冒険者、なの?」
俺は音を立てず、飛行体をゆっくりと上下に揺らした。
「喋れないの?」
また、上下に揺らす。無機質なはずのその動作を、女は食い入るように見つめていた。恐怖で強張っていた彼女の肩から、少しずつ力が抜けていく。
「……助けに来て、くれたの……?」
ぽつりとこぼれたその問いには、すがるような響きが混じっていた。
俺は、先ほどよりも少しだけ力強く、飛行体を上下に揺らした。頷きを返すように。
女の瞳から、ふいに涙があふれた。
彼女は痛む手首を胸の前でぎゅっと握りしめ、泣きそうな、けれど確かに安堵した顔で微笑んだ。
「……ありがとう」
掠れた声が震える。「本当に、ありがとう」
◇
全員を連れて森を出た。
歩けない者は、飛行体のマニピュレーターアームで支える。子供たちは最初、俺の飛行体を見て後ずさりした。鉄の塊が宙に浮いていれば、怖がるのは当然だ。
俺はBPで飴を買い、そっと差し出した。
しばらく間があった。
子供の一人が、おそるおそる受け取った。口に入れる。目が、少し丸くなった。
それだけで、十分だった。
森の入り口が見えてきた頃、ミアが走り寄ってきた。
「お家様……っ、随分遅かったから心配して……って、この人たちは」
俺は飛行体を揺らした。
カシムが全員を素早く数えた。
「……五人。いずれも衰弱している。拘束されていたのですか」
上下に揺らす。
「犯人は」
横に揺らす。
「……気絶させてきた。なるほど」
(……カシムの察する力、相変わらずハンパないな。俺、首振っただけなんだけど)
カシムが何かを言いかけて、やめた。それ以上は訊かなかった。
ミアが子供たちの前にしゃがんで、優しく声をかけた。
「大丈夫? 怖かったね。もう安全だよ」
子供が、ミアに抱きついた。
◇
ギルドに戻ると、受付嬢が後ろに続く人数を見て固まった。
「……どうしたんですか、この方たちは」
「森の奥で発見いたしました」とカシムが答えた。
「拘束されていた人質でございます。犯人は気絶させて、現場に残してあります。場所はこちらに」
地図を差し出した。
受付嬢の顔色が変わった。
「……誘拐、ですか」
「おそらく。詳細は彼女たちから直接お聞きください」
ギルド内がざわりと揺れた。受付嬢が奥へ向かい、ギルド長を呼んだ。王都の衛兵への連絡が走る。
解放された女が、カウンターの前で俺の飛行体を見上げた。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
飛行体を一度、ゆっくりと上下に揺らした。
チャリン。
【通知:人質救出 ――+2,400BP】
【通知:誘拐団壊滅 ――+800BP】
【通知:感謝によるBP還元 ――+3,200BP】
衛兵たちが駆けつけ、森へと向かった。
ギルドの隅で、赤毛の冒険者が俺の飛行体を見ていた。
「……あいつ、薬草採取の依頼を受けたんじゃなかったのか」
「薬草も持ち帰ってるぞ、あそこに積んでる」
「一日で薬草採取と人質救出を……」
「Gランクの初日に」
「……どういう魔道具なんだ、あれは」
ルカが振り返って、胸を張った。
「お家様はすごいんだぞ!!」
ギルドの中に、笑いが起きた。
受付嬢が疲れた顔で金額を弾きながら、俺の飛行体を見上げた。
「……薬草の買取が、金貨十七枚と銀貨四枚。……それとは別に、人質救出の報酬は改めてギルドから出ます。初日から、とんでもないことをしてくれましたね」
「お家様は争いを好みません」とカシムが言った。
「ただ、できることをやっているだけでございます」
「……意思を持つ魔道具、ですか」
「さようで」
ミアが俺の飛行体に手を当てた。
「……お家様、今日もありがとうございました」
飛行体を、一度だけゆっくりと揺らした。
Gランクの初日は、こうして終わった。
薬草採取。人質救出。誘拐団壊滅。金貨十七枚。
それだけのことだ。
でも、ミアとルカが笑っていた。解放された子供たちも、笑っていた。
それだけで、十分だった。




