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転生したらボロ小屋でした。〜住人の笑顔が燃料なので、全力でおもてなしします〜  作者: ひろボ


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第22話:お家様冒険者になる

 王都の朝は早い。


 夜明けの光が石畳を染める前から、荷馬車が城門に列を作り、行商人が大声で値段を交渉し、衛兵が眠そうな顔で槍を握っている。


 俺は街道から城門へと向かいながら、センサーで周囲を観察していた。


(……入れるのか、これ)


 全高は約二メートル。全幅は一・八メートル。


 馬車用のレーンを通れば、天井を擦ることもない。問題は体裁だ。どう見ても「馬のない馬車」にしか見えない俺を、衛兵たちがどう判断するかだった。


 カシムが先頭に立った。


 衛兵がいぶかしげな目で俺を見る。荷台のない、装飾もない、銀色の箱が、音もなく石畳を転がってくる。どう見ても怪しい。


「カザン村、聖魔導居住圏の代表として、商業登録の手続きに参りました」


 カシムがローゼルス伯爵家の紋章を見せた。


 衛兵が紋章を確認し、それからもう一度俺を見て、それから空を見た。何かを諦めたような顔で、城門を通した。


 石畳をタイヤが叩く。


 王都の街並みは、昨日飛行体センサーで見たよりもさらに圧迫感があった。建物が密集し、人が溢れ、声と匂いと熱気が混ざり合っている。


 ミアが俺の横を歩きながら、あちこちを見回していた。


「……すごい。人がこんなにいるんですね」


「王都ですからな」とカシムが答える。「カザン村とは規模が違う。ただし、人が多いということは、商機も多いということです。カッカッカ」


 ルカが人混みに飲まれそうになるたびに、俺は車体を少し寄せて壁にした。


(……また迷子になるなよ)


 ◇


 冒険者ギルドの前に着いて、俺は止まった。


 入り口の両開き扉は、馬車が通れるほどの幅はない。


(……入れない)


 分かっていた。俺の本体がギルドに入るのは、構造的に無理だ。


 カシムが振り返った。


「お家様、どうされますか」


 俺は視点を切り替えた。

 ずっと上空、王都の屋根よりも高い場所で滞空していた一機の飛行体を呼び寄せる。


 普段は偵察や重荷の運搬に使う、俺の分身。直径はおよそ二メートル。

 四方に強力な推進機を備えた銀色の巨球が、空から一本の太い杭を打ち込むように、音もなく急降下してきた。


 ゴォッ、という重圧な風切り音とともに、俺の車体のすぐ横でピタリと静止する。

 その巨体は、隣に並ぶ俺の本体とほぼ同じ高さだった。


 ミアが、見上げるような高さの銀球を見つめて息を呑んだ。


「……お家様、これ……ギルド、壊しちゃいませんか?」


(……大丈夫だ。入り口さえ通れば、中で浮いていられる)


 俺は一度、重厚な電子音を響かせた。ミアが覚悟を決めたように頷く。

 カシムがギルドの扉を左右いっぱいにこじ開けた。


 そこに、二メートル級の銀色の質量が、太陽の光を跳ね返しながらヌルリと侵入した。


 ◇


 ギルドの中が、一瞬で凍りついた。

 酒の匂いも殺気も、その「巨大な未知」が放つ威圧感にかき消される。


「……おい、なんだ、あのバカでかい塊は……!」


 カウンターの前に並んでいた冒険者たちが、慌てて左右に飛び退いた。

 二メートルの銀球が、天井のシャンデリアをかすめるような高さで、音もなく受付へと迫る。


 受付嬢は、椅子から転げ落ちそうになりながら、自分の目の前にそびえ立つ浮いている塊を見上げた。


 羽根もない。糸もない。ただ、静かに宙に浮いている。しかもゆっくりと、ギルドの内部へ入ってきた。


 誰かが椅子から立ち上がった。別の誰かが手を剣の柄にかけた。


「魔道具か?」「いや、見たことねえ形だぞ」「使い魔か?」「使い魔にしちゃ、生き物の気配がねえ」


 ざわめきが広がる中、カシムが受付嬢に書類を差し出した。


「すいません、冒険者登録をお願いしたいのですが」


 受付嬢は、ミアとルカ、そして二人の背後に浮いている「俺の飛行体」を交互に見た。一度、また一度。それから笑顔のまま顔を引きつらせた。


「……登録、ですか。この、お二人と……その、後ろの……浮いている、あれを?」


「はい。私どもの大切な『お家様』の分身です。お家様ご本人は、大きすぎてギルドに入れないものですから」


 ギルド内が、一瞬だけ静まった。


 それから、どっと笑いが沸き起こった。


「ぎゃははは! 大きすぎて入れないだと!?」


「分身がギルドに入るのか! 本体はどこにいるんだ!」


「外に置いてきた馬車か?」


 野次が飛ぶ。ミアが少し身を縮めた。ルカが飛行体の側面をぺしぺしと叩いて「お家様はすごいんだぞ」と抗議した。声が少し震えていた。


(……気にするな)


 飛行体を一度だけ上下に揺らした。ルカの肩から、すっと力が抜けた。


 受付嬢が困ったように眉を下げた。


「……申し訳ありませんが、このような形での登録は前例がございません。そもそも……これは何なのでしょう。魔道具ですか? 使い魔ですか? ゴーレムの一種?」


「お家様は、お家様です」とカシムが答えた。


「それは分かるんですが、登録には職種と種別が必要で……」


「ですから、職種は『家事代行』でよろしいかと」


「家事代行……」


 受付嬢が書類を見て、書類から顔を上げて、飛行体を見て、また書類を見た。


「ですから、それは規則上――」


 カシムが食い下がろうとした、その時。


「――いいんじゃねえか。面白そうだし」


 ギルドの二階へと続く階段の踊り場で、一人の男が手すりに腰掛けていた。


 勇者、リュシアン。


 くたびれた外套を着て、片膝を立てて手すりにもたれかかっている。いつから見ていたのか、緩い目でギルドの様子を眺めていた。傍らには、呆れた顔の聖女ミリアもいる。


「……リュシアン様!?」


 受付嬢と、近くにいた冒険者たちが息を呑んだ。王都の英雄の登場に、場が静まり返った。


「こいつの本体だっけ? 聞いたところじゃ、村くらい大きいらしいぞ」


 ギルド内が、ざわりと揺れた。

「村ほどもある魔道具」という規格外の噂に、冒険者たちが顔を見合わせる。


 リュシアンが階段から飛び降りた。衝撃音もなく、羽のように自然な着地で飛行体の正面に立つ。

 そして、大人一人が両手を広げたほどもある巨大な金属の浮遊物の表面を、親しげに拳で軽く小突いた。


「中身はよく分からねえけどな。……子どもが懐いているんだ、多分大丈夫だ。……俺の勘だ。こいつを登録させろよ。何かあれば責任は俺が持つ」


 ギルド内が、再びしんと静まり返った。


 王都の英雄であるリュシアンが、「勘」と「子どもの様子」だけで、この不気味な巨大質量に保証を与えたのだ。


「ですって。よかったわね、ミア」


 ミリアが階段の上から微笑んだ。


 ミアが頷いた。何か言いかけて、口を閉じた。


 受付嬢が少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「……では、その……種別は『意思を持つ魔道具』ということで進めます。……この水晶を、その……ええと、一番大きな面に当ててください」


「意思を持つ魔道具」


 カシムが満足げに頷いた。


「よい種別ですな」


(……意思を持つ魔道具、か)


 悪くない。むしろ、この世界で俺を表す言葉としては、一番近いかもしれない。


 受付嬢が水晶のような「登録原石」を取り出した。


「……では、この水晶をその……飛行体、に当ててください。魔力を感知できれば、登録は完了します」


「ご心配なく」


 カシムが水晶を飛行体の表面に押し付けた。


(……いつも使っている魔法は『微』だけど、魔力なんて出せるのか?)


 俺が内側で問いかけると、コンソールに無機質なログが走った。


『……。……外部認証デバイスの要求出力をスキャン。……当該世界の「魔力」として定義されるエネルギー波長を確認。……通常の動力源(BP)を、可視光を含む魔力成分に変換して出力します』


(……変換? 偽装デバッグって、そういうことか)


 ピッ。


 ドローンの表面に押し当てられた水晶が、一瞬、脈動するように震えた。


 直後。


 ――カッ!!


 ギルド内が、文字通り「真っ白」に塗り潰された。


「うわっ!?」

「まぶしっ……なんだこれ!?」


 それは炎の赤でも、水や氷の青でも、聖魔法の金色の輝きでもなかった。

 ただただ純粋な、一点の曇りもない「白」。

 およそこの世界の魔法体系には存在しない、剥き出しのエネルギーの奔流だった。


 数秒後。

 光が収まると、そこには目をしばたたかせる冒険者たちと、呆然と立ち尽くす受付嬢の姿があった。


 受付嬢の手元にある水晶には、まだ微かに白い光が明滅しており、その表面に文字が刻まれていた。


【名前:お家様】

【種別:意思を持つ魔道具】

【職業:家事代行】

【ランク:G】


 しんと静まり返ったギルドに、カシムの声だけが響いた。


「登録完了ですな」


「……登録、できちゃったわね」


 ミリアが呟いた。どこかのんびりした声だった。


 受付嬢は、水晶に刻まれた「家事代行」という文字と、目の前の『浮遊する新人冒険者』を見比べ、言葉を失っている。


「……これだけの魔力を放っておいて、ランクG……それも『家事代行』、ですか?」


 隣の冒険者も、その隣も、全員が飛行体を見ていた。


「左様でございます」


 カシムが、何食わぬ顔で答えた。


「お家様は争いを好みません。ただ、ミア様やルカ様、そして我々の生活を守るためだけにその力をお使いになる。……ゆえに、『家事代行』なのです」


「…………」


 納得したのか、あるいは考えるのを放棄したのか。

 受付嬢はふらふらとした手つきで、小さな木製のギルド証を作成し、カシムへと手渡した。



 誰かが小さく言った。


「……意思を持つ魔道具が登録しやがった」


 また、別の誰かが言った。


「……Gランクの家事代行だぞ」


 ルカが胸を張った。


「お家様はすごいんだぞ!」


 どっと笑いが上がった。さっきの嘲笑とは違う、どこか温かい笑いだった。


(……喋らない新人、か。悪くないな)


 ◇


 カシムがギルドを出ると、外で待っていた俺の本体の車体に、その木札を丁寧に貼り付けた。


 名前は「お家様」。ランクはG。

 王都で最も巨大で、最も静かで、最も正体不明な「新人」の誕生だった。


 チャリン、チャリン。


【通知:王都冒険者ギルドへの加入を完了 ――+200BP】

【通知:称号『喋らない新人』を獲得】


「お家様、これで正式に冒険者ですよ」


 ミアが俺の車体に手を当てた。


(……まあ、な)


 俺は石畳を一度温めた。ミアが少し笑った。


 リュシアンがギルドから出てきて、腕を組んで俺を見た。


「……外でずっと待ってたのか」


(……そうだ)


「大きすぎて入れないのに、冒険者になりたかったのか」


(……なりたかった、というか)


 俺は返事の代わりに、アイテムボックスからコンソメスープを一杯取り出して、リュシアンに差し出した。


 湯気が上がっている。朝の冷えた空気の中で、その白い蒸気だけが、ふわりと漂った。


「……なんだこれ」


「うちの料理ですよ」とカシムが答えた。「お試しに、どうぞ」


 リュシアンが一口飲んだ。


 固まった。


「……なんで魔道具がこんなうまいスープ作れんだよ」


 ミリアが横から奪って飲んだ。


「おいしい」


「俺がまだ飲み終わってない」


「あなたが固まってるから」


 街角で、また笑いが起きた。


 チャリン。


【通知:初対面の信頼によるBP還元 ――+50BP】


 Gランク。家事代行。喋らない新人。


 俺はここから、また一から始める。


 ボロ小屋の頃から、それだけは変わっていない。


 こうして俺は、歴史上初めて「冒険者証を体に貼り付けた意思を持つ魔道具」として、王都での活動を開始することになった。


 Gランク。家事代行。喋らない新人。


 肩書きは地味だ。だが、これでいい。

 王都での拠点を作るには、目立ちすぎてもいけない。


 まずはこの街に「俺たちがいる」という事実を、静かに、しかし確実に刻み込む。


 ギルドへの登録は、その最初のくさびだ。


(……カシム。次は商会の登記だ)


 俺は柱を一度鳴らした。


 カシムが帳簿を開きながら、小さく頷いた。


「……承知しております。明日には動けます」

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