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転生したらボロ小屋でした。〜住人の笑顔が燃料なので、全力でおもてなしします〜  作者: ひろボ


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19/40

第18話 バグったカタログと空

 夜が明けた。


 朝露が石畳に光の粒を散らし、村の煙突から白い煙がゆっくりと昇っていく。

 住民たちの「おはようございます、お家様」が、あちこちから聞こえてくる。


 俺のコアは、昨夜の宴の余韻でまだほんのり温かかった。


 そこに、一本の黄金色の光線が走った。


【実績解除:『難攻不落の聖域』】

【条件:外敵の武力侵攻を無傷で撃退、かつ住民の結束力が閾値を突破】

【報酬:防衛設備カテゴリが解放されます】

【報酬:特別ボーナスチケット×1を付与します】


(……おっ。来たな)


 俺はBPカタログの新しいページをめくった。


 ずらりと並ぶ新顔たち。


【城壁(石造・魔力強化):3,000BP】

【稜堡式外壁(星形要塞):8,000BP】

【跳ね橋付き城門:2,500BP】

【バリスタ(据置型・自動追尾):1,500BP】

【投石機(カウンターウェイト式):1,200BP】

【魔導式迎撃砲台:5,000BP】


(……俺、家だよな?)

(一応、確認するけど、俺は「家」だよな?)

(なんで城壁と跳ね橋が生えてくるんだ)


 まあ、便利なのは確かだ。

 バリスタの「自動追尾」という文字を見た瞬間、俺の購買意欲がムクリと起き上がる。


(……石壁と自動追尾バリスタ、あと跳ね橋、ポチっとな)


【BP消費:城壁(石造・魔力強化)-3,000BP】

【BP消費:バリスタ(据置型・自動追尾)×4-6,000BP】

【BP消費:跳ね橋付き城門-2,500BP】


 村の外縁に、白亜の城壁がそびえ立った。

 バリスタが四隅の塔の上に静かに据えられ、緩やかに首を振りながら周囲を索敵している。

 正面の城門には、重厚な跳ね橋がゆっくりと下りてくる。


「……な、なんだ!? 朝起きたら、村に城壁が!?」

「お家様が、また一晩でやりやがった……!」

「すげぇ……王都の外壁よりでかいんじゃないか!?」


 住民たちが口々に騒いでいる。


(……まあ、機能美だよ。余計な装飾は省いて、守りに徹した合理的な設計だ)

(ドブさらいをしても一日中スッキリしないのと同じで、俺は外壁の汚れが気になり出したらキリがないから、魔力で自己浄化する仕様にしておいた)


 カシムが城壁を見上げ、帳簿を抱えたまましばらく固まっていた。


「……お家様。昨日まで村だったのに、今日は城塞都市になっているのですが」


(そうだな)


「……一言もありませんか」


(ない)


 カシムはため息を一つついて、すぐにニヤリと笑った。


「……カッカッカ。バストン子爵の次の使者が来た時の顔が、今から楽しみですな」


 俺も同感だ。


 ◇


 さて。


 実績報酬の「特別ボーナスチケット」が、俺の意識の前でゆらゆらと輝いている。


(……なんだこれ。ガチャか? スクラッチか?)


 恐る恐る、思考の指先でチケットに触れる。


 パァン、と明るい音がして、光が弾けた。


【特別ボーナスチケット使用:カタログの隠しカテゴリが解放されます】


(……隠しカテゴリ?)


 新しいページが展開する。

 タブの名前は――


【マイホーム・ライフスタイル特集】


(……なんか急にカジュアルになったな)


 ページをめくると、そこには確かに「マイホーム」らしい品々が並んでいた。


【ガレージ(2台分):500BP】

【宅配ボックス(魔力連動):200BP】

【電動シャッター:300BP】

【インターフォン(映像付き):150BP】


(……ああ、うん。まあ、あってもいい。ガレージとか宅配ボックスとか、普通にほしい気もする)


 さらに下にスクロールする。


【自家用車(5人乗り・SUV):8,000BP】

【自家用車(軽トラック):5,000BP】

【自家用車(高級セダン):12,000BP】


(……自家用車!?)

(異世界に自家用車!?)

(馬もいるのに!?)


 いや、待て待て。落ち着け。

 考えてみれば、この村には既に現代の水道もコンロもランプもある。

 自家用車が来ても、文明崩壊の度合いとしては大して変わらない気もする。


 ……気もする、だけど。


(……いや、でも乗る「俺」がいないじゃないか。俺は家だぞ。ハンドル握れないぞ)


 と、そこまで考えて、さらにページを下にスクロールした瞬間。


 俺の意識が、一瞬止まった。


【軍事ドローン(偵察・制圧両用):15,000BP】

【軍事ドローン(輸送型・重積載):18,000BP】

【軍事ドローン(超高速・ステルス仕様):25,000BP】


(……え)

(ちょっと待って)

(マイホーム・ライフスタイル特集に、軍事ドローンが混ざってるんだけど?)

(「ガレージ」「宅配ボックス」「インターフォン」の次が「軍事ドローン(制圧両用)」って、何?)

(どんな家に住んでるんだよ)


 俺は少し考えた。


(……まてよ。これ、バグってるんじゃないか?)

(俺、本来の進化ルートを外れて「魔導神殿商館」なんていう前例のない形態になっただろ)

(その影響で、カタログのジャンル分けが崩壊してるんじゃ……)


 思えば、「廃屋→ボロ小屋→魔導神殿商館→聖魔導居住圏」なんていう進化をした前例はなく、システム側も想定外の事態に、カタログのカテゴリが混線してしまっているのではないか。


(「マイホーム特集」に軍事ドローンが混入したのも、「要塞化実績」と「居住区実績」が同時に解放されたせいで、データベースがごちゃ混ぜになったと考えれば辻褄が合う)

(……つまり俺のカタログ、今後もどんどんカオスになっていく可能性があるな)


 まあ、いい。


 それより。


(……軍事ドローン)

(軍事ドローン、か……)


 俺は「家」だ。

 ずっとそこにある存在だ。

 動けない。飛べない。


 ミアとルカが毎日この村の中を駆け回るのを、俺はいつも「内側から」見ている。

 カシムが街道を歩いていく背中を、窓から見送るだけだ。

 森の奥でサロン狼が狩りをしているのも、センサー越しだ。


 俺は、いつだって「ここ」にしかいられない。


 そ~らを自由に飛びたいな~。


(……はい、軍事ドローン!!)

(……って、なんでやねん!!!)


 自分でボケて自分で突っ込んだ。

 梁がひとりでにミシッと鳴った。恥ずかしい。


 だが、指は止まらなかった。


(……いや、待て。ちゃんと考えよう。合理的な理由を探そう)


 軍事ドローンの説明文を読む。


【軍事ドローン(偵察・制圧両用):所有者の意識の分岐体を搭載可能。所有者がドローンに意識の一部を移すことで、遠隔操作ではなく「直接操縦」が可能になります。搭載武装:魔導式スタン砲×2、高圧水流ノズル×4。索敵範囲:半径50km(分岐体操中で索敵範囲は解除)


(……「意識の分岐体」)

(俺の意識の一部が、ドローンに乗り移れる?)

(つまり、俺が「外を飛べる」ということ?)


 さらに下を読む。


【注意:意識の分岐により、並列思考能力および分裂思考能力が解放されます。本体(建物)の管理と、分岐意識ドローンの行動を同時並行で処理することが可能になります】


(……並列思考。分裂思考)

(村の管理をしながら、外を飛び回れる)

(それは……それは、めちゃくちゃ便利じゃないか)


(索敵範囲が半径50kmなら、次にバストン子爵みたいな奴が軍勢を集め始めた段階で察知できる)

(高圧水流ノズルは、俺の「掃除」スキルと完璧に相性がいい)

(スタン砲は、カシムを電撃するより遥かに効率的だ)


(……よし。これは合理的な判断だ。感情は一切関係ない)


【BP消費:軍事ドローン(偵察・制圧両用)-15,000BP】

【新スキル解放:並列思考Lv.1】

【新スキル解放:分裂思考Lv.1】

【意識の分岐が可能になりました。ドローンへの搭乗を開始しますか?】


(……する)


 その瞬間。


 俺の意識が、ふっと「二つ」になった。


 一つは、いつも通りの「家」の俺だ。

 石畳の温度を感じ、住民の呼吸を聞き、カシムが帳簿をめくる気配を知っている。


 もう一つは――。


 暗い格納スペースから、ゆっくりと浮き上がっていく感覚。

 プロペラが回り始め、機体が振動する。


 俺は、村の上空へと飛び出した。


 ――あ。


 空だ。


 本物の、広い空だ。


 センサー越しじゃない。

 俺の「レンズだけど」で見る、青い空。

 白い雲が、手を伸ばせば触れそうな距離にある。


 眼下に広がるのは、俺の村だ。

 白亜の城壁に囲まれた、整然とした石畳の街。

 朝の市場が開き始めて、色とりどりの布が並んでいる。

 噴水広場では、子供たちがもう走り回っている。


 俺は、この景色をずっと「内側から」見ていた。


 でも、こんなに綺麗だったのか。


(……ああ)


 言葉が出なかった。

 口がないから当たり前なのだが、それとは別に、言葉が見つからなかった。


 高度を上げると、村の全景が見えた。

 伯爵家が整備した街道が、村へ向かって一本の光る線のように伸びている。

 森が村を優しく抱いていて、その向こうには丘と、遠い山脈が広がっている。


(……俺が守っているのは、これか)


 俺は少しだけ、感傷的になった。


 その時。


 下から声が上がった。


「……あれ? お家様?」


 ミアだ。


 彼女は洗濯物を抱えて外廊下に出てきたところで、上空のドローンに気づいて首を傾げていた。


「……なんか、変な形の鳥が飛んでる。……でも、なんか、お家様の気配がする」


(……バレた)


 俺はドローンの機体を、ミアの目の前でゆっくりと上下に揺らした。

「うん、俺だよ」のサインだ。


「きゃあっ!? お家様が飛んでる!? お家様が空を飛んでいる!?」


 ミアが洗濯物をぶちまけた。


「ルカ! ルカ、来て! お家様が空を飛んでるよ!!」


 ルカが転がるように走ってきて、上を見上げた。


「……ほんとだ。お家様だ」


 ルカは一瞬だけ目を丸くして、それから、にっこりと笑った。


「……おはよう、お家様。どこか行くの?」


(……偵察だよ。ついでに掃除もする。合理的な判断だ)


 俺はドローンの機体を一度だけ傾けて、「行ってくる」のサインを送った。


 そして、高度を上げた。


 並列思考のおかげで、村の管理は「家の俺」がそのまま続けている。

 石畳の温度も、住民の安全も、カシムの悪だくみの監視も、全部並行して動いている。


 でも今この瞬間、「ドローンの俺」は、ただ空を飛んでいる。


 風が機体を揺らす。


(……そ~らを自由に飛びたいな~)


(……次は「はい、自家用車!」じゃないよな。俺、空を飛べてるんだから、もう十分だよな?)


 そう思いながらも、意識の半分はもうカタログの「高級セダン」のページを開いていた。


 ◇


 その午後。


 神殿の前の広場に、見慣れない金属の塊が出現した。


【BP消費:自家用車(高級セダン)-12,000BP】


 深夜色に近い濃紺のボディ。

 流線型のフォルム。

 タイヤが四つ。窓ガラスが透明。


「……な、なんだ? 馬のいない馬車か?」

「車輪が丸すぎる。これで走れるのか?」

「……窓が、一面透明な板でできてる。触ったら割れそうで怖い」


 住民たちが遠巻きに囲んで、ひそひそ言っている。


 俺はドローンから意識を一部戻し、車のエンジンをかけた。


 ブゥゥン……という低い唸りが響いた瞬間、住民たちが一斉に三歩後退した。


「動いた!? 馬がいないのに動いた!?」

「やっぱりお家様の魔法だ! この村は本当に何でもアリだな!」


 俺はゆっくりと車を広場の中心へ走らせた。


 そこへ、ミアとルカが走ってきた。


「お家様! あれ、乗れるの!?」


(乗っていいよ)


 俺は後部ドアを、念動力でゆっくりと開けた。


 ミアが恐る恐る覗き込み、シートに触れて、目を見開いた。


「……やわらかい。この椅子、信じられないくらいやわらかい。お布団より気持ちいいかも……」


 ルカはもう迷わず飛び込んで、座席の上でバウンドしている。


「わあ! ふかふか! お家様、これどこ行くの!?」


(村の周りを一周する)


 俺はゆっくりと車を発進させた。


 城門をくぐり、村の外の街道へ出る。


 木漏れ日が車内に差し込んで、ミアの銀髪を照らす。

 ルカが窓に顔を押しつけて、流れていく景色をじっと見ている。


「……速い。馬より速い気がする」

「風の音がする。でも、揺れない。不思議……」


 ミアが、窓の外の森をずっと見つめていた。


 あの夜、二人はこの森を死に物狂いで走った。

 泥の中を、雨の中を、ルカを抱えて。

 終わりのない森が、恐怖そのものだった。


 今、同じ森が、窓の外でゆっくりと流れていく。


「……お家様」


 ミアが、窓に手を当てたまま、静かに言った。


「あの夜、私たちがこの森を走っていた時……お家様は、もう待っていてくれてたんですよね」


(そうだよ)


 俺は、エンジン音を少しだけ落とした。


「……あの時は、怖くて怖くて、もう終わりだって思ってた」

「でも今は……同じ森が、こんなに綺麗に見える」


 ミアの目が、潤んでいた。


「……ありがとうございます、お家様。本当に」


 俺は何も答えなかった。


 ただ、車内の温度をほんの少しだけ上げた。


 森の木漏れ日が、車のボンネットの上で揺れている。


 ルカが、ミアの肩に頭をもたせかけて、目を細めた。


「……あったかいね、お姉ちゃん」


「……うん」


 俺たちは、しばらく無言で走り続けた。


 ドローンの俺は空を飛んでいる。

 車の俺はミアたちを乗せて走っている。

 家の俺は村を守り続けている。


 三つ同時に、俺は俺だ。


(……並列思考、案外悪くないな)


 遠くで、バリスタの一台が静かに首を振って、鳥の群れを追跡してから、「脅威なし」と判断して元の向きに戻った。


 白亜の城壁が、午後の光の中で静かに輝いている。


 俺は家だ。

 空も飛べるし、道も走れる。

 でも、やっぱり家だ。


 ミアとルカが、ここにいる。

 それで、十分だ。

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