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転生したらボロ小屋でした。〜住人の笑顔が燃料なので、全力でおもてなしします〜  作者: ひろボ


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第9話 黄金のスープと一夜の脱皮

 北の開拓地「カザン村」は、文字通り泥の中に沈んでいた。


 長雨による土砂崩れで家々の三割が半壊し、村人たちは濡れた地面に這いつくばるようにして、消えゆく焚き火の煙を眺めていた。


 この世界において、湿気と低温、そして食料の喪失は、そのまま「死」を意味する。


「村長、もう……ダメだ。子供たちが、目を開けないんだ……」


 震える声で訴える若い母親の腕の中には、高熱でぐったりとした幼子がいた。


 薬草は泥を被って腐り、貴重な栄養源だった岩塩は雨に溶け、残っているのはえぐみの強い汚れた欠片だけだ。


 不衛生な泥水は病を呼び、絶望という名の疫病が村を蝕んでいた。


 そこへ、場違いなほど軽やかな「ガラガラ」という車輪の音が響く。


 霧の向こうから現れたのは、かつてこの村に安物の鍋を売りに来た老商人、カシムだった。


「……カシムか。済まないが、今は死体から剥ぎ取る金も、お前と話す気力も残っていない」


 村長が掠れた声で吐き捨てる。


 だが、カシムはそのやつれた顔を深く見つめ、静かに、そして確信に満ちた穏やかな笑みを浮かべた。


「村長、絶望するにはまだ早い。私は『賢者様』の慈悲を運んできたのだからな」


 カシムは淀みない動きで広場の中央に陣取ると、俺が持たせた「サバイバルナイフ」を抜いた。


 村の猟師たちが、その銀色に輝く刃先を見て息を呑む。


 彼らの持つ安鉄の包丁とは、放つ威圧感がまるで違った。


 カシムはそのナイフで、湿って火がつかないはずの薪を、まるでバターを削るように細かく刻み(フェザースティック)、俺が持たせた「ファイアスチール」で火花を散らした。


 一瞬で立ち上がる、力強い炎。


「……火だ。濡れた薪が、あんな一瞬で……?」


 驚愕する村人たちの前で、カシムは鍋に泥水を入れ、俺が持たせた「携帯浄水器」のフィルターを通して水を清め、沸騰させた。


 そして、そこへ第一の福音――【黄金のコンソメ】を投じた。


 刹那、風向きが変わった。


 肉をじっくりと煮込み、野菜の甘みを凝縮した、この世界の人間が一生かけても辿り着けない「旨味」の香りが、雨の湿った空気を切り裂いて広がった。


「なんだ……この匂いは。胃袋が……掴まれるような感覚だ……」


「嗅ぐだけで……体温が上がるような、そんな気がする……」


 カシムが、木の器に注いだスープを村長へ差し出す。


 震える手でそれを啜った村長が、次の瞬間、その場に崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。


「……旨い。旨すぎる……! 身体中の血が、一気に熱くなるようだ! ああ、賢者様……! ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 それが合図だった。


 カシムは次々と「救済」を展開していく。


 脱水症状で瞳の濁った子供たちには、水に溶かした【青い砂(電解質パウダー)】を。


 ただのスポーツドリンクの粉末だが、未開の人間にとっては「飲むだけで活力がみなぎる聖水」に他ならない。


「……お母さん。体が……軽いよ。喉のイガイガが、なくなったよ!」


 子供たちが、さっきまでの死相が嘘のように瞳を輝かせる。


 その奇跡を目撃するたびに、村人たちの心の中で、俺(家)という存在が「ただの建物」から「畏怖すべき神」へと書き換えられていった。


 そして仕上げは、銀紙に包まれた【黒い宝石(板チョコ)】だ。


 カシムがそれを小さく砕き、泣きじゃくる赤ん坊と、その母親の口に含ませる。


「…………っ!!」


 二人の顔から、すべての表情が消えた。


 砂糖とカカオの、強烈な多幸感。


 脳の報酬系をダイレクトに焼く、現代科学の結晶。


 母親はあまりの幸福感に、腰を抜かして座り込み、その目からは大粒の涙が溢れ出した。


「……甘い。こんなに……こんなに優しくて、温かくて、幸せな味が、この世にあるなんて……」


 村人たちが次々と跪き、まだ見ぬ「賢者様の御殿」がある森の方角へ向かって、狂ったように祈りを捧げ始めた。


 その頃、俺のコアには、処理しきれないほどの通知が津波のように押し寄せていた。



【通知:『極限状態での飢餓救済』――BP+100】

【通知:『未知の味覚』による圧倒的な幸福感――BP+150】

【通知:死に体の子供の蘇生(栄養補給)――BP+300】

【通知:村全体が『賢者の庇護』を魂に刻印。永続的な信仰チャネルが確立】



(……っ! 止まらねぇ! カシム、お前、営業どころか『国』を一つ落としたようなもんじゃねーか!)


 未開の人間にとって、味覚の快感と健康の回復が同時にもたらされる体験は、宗教的な「救済」そのものだ。


 彼らの一人一人の命が、俺というインフラに依存し始めた瞬間、その感謝は莫大なポイントとなって俺の核へ吸い込まれてくる。


 深夜。


 俺の「収納」の中でも、カシムが配ったものと同じチョコが甘い香りを放っていた。


 リビングでは、カシムの無事を祈りながら寄り添って起きていたミアとルカが、その香りに気づいて顔を上げる。


(……カシムがあれだけ稼いできたんだ。留守を守ってるこいつらにも、特別な報酬があっていいだろ)


 俺は「カチャリ」と棚のロックを外した。


 そして、暗闇の中で戸惑う二人の前のテーブルに、銀紙に包まれたチョコを二つ、静かに滑り出させた。


「……え? 家さん、これって……」


「カシムさんが持って行った、あのお菓子?」


(トントン!)


(……特別だ。カシムが上手くやったからな。お前たちも食え)


 二人は恐る恐る銀紙を剥き、その黒い欠片を口に含んだ。


「…………っ!!」


「……んんーっ!! おいしい……しあわせ……っ」


 二人は言葉を失い、とろけるような甘みに身を委ねて震えていた。


 これまでの「飢え」や「寒さ」の記憶が、その一粒で塗り替えられていく。



【通知:住人の幸福度が最大値を突破――ボーナスBP+200】



(……よし。燃料は十分だ。さあミア、ルカ。その甘い余韻の中で眠れ。目が覚めたら、家ごと『別世界』に連れてってやるからな)


 二人が深い眠りについたのを確認し、俺は大改装サイレント・ビルドを開始した。


 カシムが村で稼ぎ続けている膨大なBPを、出し惜しみなく実利へと注ぎ込む。


(……よし。まずは水回りからだ。この世界の不便さを、技術の暴力で粉砕してやる)


 壁の中に銅と魔力を編み込んだ配管が縦横無尽に走り、地下から汲み上げた水を、魔導ボイラーで常に適温に保つ。


 浴室は、大理石と清潔なタイルで覆われた「高級ホテルのバスルーム」へと変貌した。


 陶器製の便器に、汚れを自動で分解するコーティング。排泄物は即座に魔力で分解され、臭い一つ残さない。


 銀色に輝くステンレスのシンク。一定の温度を保つ「魔法の冷え箱(冷蔵庫)」。煙を出さずに高火力で調理できる「魔導コンロ」。


 家の隅々まで、常に「春」のような快適な気温を維持。床は、素足で歩けば吸い付くような、最高級の断熱材入り木材へと貼り替えられた。


 ――静寂の中、家が内側から脱皮していく。


 配管が通り、建具が替わり、家具がより合理的で美しい形へと再構築される。


 内装のすべてが完成し、余りあるエネルギーが核に渦巻いたその時、システムが再びあの「選択」を迫ってきた。



【条件達成:『信仰』および『経済』が限界突破を記録】

【進化ルートを選択してください】

 [A:慈愛の神殿(人々を導く神の座)]

 [B:黄金の商館(富を支配する経済の核)]



(……あぁ? まだそれか。しつこいぜ、システムさんよ)


 俺は冷笑する。


 神殿になれば、ミアたちは「聖女」として崇められ、生活は不自由になるだろう。


 商館になれば、俺はただの「効率的な店舗」になり、家族の時間は削られるだろう。


 どちらも、元社畜が最も忌み嫌う「役割(仕事)」の押し売りだ。


(神殿? 拝みたきゃ勝手に外で拝んでろ。商館? 欲しい奴に売ってやるから勝手に並べ。だがな、ここは俺とミア、ルカの『家』だって決めてんだ。お前の用意した二択なんて、窓から投げ捨ててやるよ!)


 俺の魂が叫ぶ。


 システムが激しく点滅し、既存の進化法則が、元社畜の「意地」によってねじ曲げられた。



【警告:定義の不一致……ロジック崩壊……強制再構築…………成功】

【特殊クラス:『魔導神殿商館ギルド・テンプル・ホーム』へ移行完了】



(……来たか。これが、俺が選んだ俺の姿だ!)


 視界に、黄金に輝くステータス画面が展開される。



【名前】俺

【ランク】魔導神殿商館ギルド・テンプル・ホーム

【BP】2,500(大改装前:5,500)


【スキル】

 ・全属性魔法(精密):UP!

 ←全属性魔法(微)から進化。精密魔導設備として家事と防衛を司る


 ・絶対障壁&聖域の家事権能パッシブ:NEW!

 ←悪意の自動遮断。全自動の完璧な環境維持


 ・魔導の目(広域・気配通知):UP!

 ←気配通知(微)から進化。半径1kmの全自動警戒


 ・神域の鑑定・買取(ギルド機能):NEW!

 ←投げ込まれた品物を瞬時に査定。BP獲得効率が上昇


 ・アイテムボックス Lv.3:UP!

 ←時間停止・収納量増大


 ・異世界言語 Lv.1(※相変わらず喋れない)


 ・剣術 Lv.1(※不動。もはやお守り。……いつかこれ、役に立つのか?)



(……よし。ログハウスの温もりを残しつつ、白亜の壁に包まれたこの姿。……もはや『ボロ小屋』なんて、誰にも言わせねぇぞ)


 屋根の尖塔には、星の光を集めるような不可視の魔力場が展開され、家全体が「巨大な生命体」のような脈動を始める。


「……え? 床が、ふかふかしてる……?」


 目を覚ましたミアの驚きと喜びが、また新たなBPとなって俺のコアを潤した。


 ルカも目をこすりながら起き上がり、壁際に置かれた「銀色の箱(冷蔵庫)」や、見たこともない「ピカピカの台所」を見て口をあんぐりと開けた。


「姉ちゃん、お水! お水のところが、かっこいい銀色になってるよ!」


 ミアが恐る恐る、新しくなった蛇口を捻る。


「…………っ!!」


 そこから溢れ出したのは、濁りのない、そして湯気を立てる清潔な「温水」だった。


 これまで毎日、重い桶を持って川へ行き、薪を割ってお湯を沸かしていた彼女にとって、それは神の奇跡よりも直接的な「救済」だった。


「お湯が出てる……。沸かしてないのに、お湯が出てるわ……! 家さん……家さん、これ、あなたが……?」


(トントン!)


 俺は、誇らしく柱を鳴らした。


 ミアが泣きそうな顔で、温かい水に手を浸す。


 ルカが新しいフローリングの上を跳ね回る。


 それだけで、昨日までの苦労が報われる。


 外の世界では、カシムが「賢者様の伝説」を広め、狂信的な感謝が今もBPとして俺に降り注いでいる。


 俺は、さらに快適に、さらに強固に、この「家」を作り変えていく。


(……よぉし、ミア。そのお湯で顔を洗ったら、朝飯にしようぜ。……カシムが戻ってくる頃には、もっと驚かせてやるからな)


 こうして、「ただの家」だった俺は、異世界の理を逸脱した「魔導神殿商館」へと至った。


 すべては、二人の少女の「美味しい」と「温かい」を守るために。

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