04 約束。
ギルバートはプロポーズをするつもりでここへ来たわけではなかった。泣いているフィリアを前にしたら自然とそんな言葉が出てきたのだ。しかし、自分の言葉に嘘偽りはない。
フィリアを幸せにしたい。
彼女に一目惚れしたあの日からギルバートはそう願っていた。しかし、フィリアの実家アクシュワード家とギルバートの実家イクスドール家では、アクシュワード家の方が貴族としては格上だ。結婚など望んでできるわけではないことを冷静なギルバートはよく理解していた。
しかし、自分は今さっきフィリアにプロポーズをした。長年の想いが溢れて口から飛び出るように自然とその言葉を口にしていた。
フィリアはどう受け止めてくれるだろうか…。
ギルバートは自信の腕の中で泣いているフィリアに目を向ける。そして、絹のようにさらさらなその髪をそっとなでたときだった―――。
ギルバートの頭に強い衝撃が走った。瞬間、流れ込んでくる膨大な記憶。
なんだこれは。
ギルバートは思わず目を瞑った。すると瞼の裏に記憶の一部が鮮明に写し出された。
『来世?なにバカなことを言ってるのよ。私の命は今このときだけ。前にも後にもないわ』
暗闇の中で女性の声がした。その顔にはとても見覚えがある。今、自分が腕の中で抱いている少女とそっくりの顔をしている。いや、しかしよく見るとどこかが違う。腕の中の少女の髪は金髪なのに対して、暗闇の中の女性の髪は漆黒。派手なメイクに露出の多い派手な服。喋り方もどこか人を威圧するようなとげとげしさがある。顔だけは見慣れたフィリアのそれとそっくり同じなのだが、それ以外は彼女とはまるで別人の女性がそこに立っていた。
『どうかな。ま、あんたが今世の呪いを来世に持ち越して、どうにもいかなくなったときは俺が助けてやってもいいぜ。あんた性格は最低だが、俺のめちゃくちゃタイプな顔してるからな。俺ならあんたを幸せにできる』
フィリア似の女性にそう話しかけている男は見た目も性格も自分とはまったく異なるはずなのに、ギルバートはなぜかその男は自分だと確信できた。
―――この光景をよく知っている。
夢で見たとかそういうものではない。かといって実際に体験したことでもない。もっとずっとずっと以前の記憶。ギルバートの中に染み着いて離れない何か。それは、自分がこの世に生まれる前からの記憶――――。
【前世】
という言葉がギルバートの頭の中にスッと降りてきた。
そして自然とそれを確信できる自分がいる。忘れていたものをようやく思い出せたときのような、スッキリとした感覚に襲われる。
ギルバートはたった今、自分の前世の記憶を取り戻した。
それと同時にさきほどのフィリアの言葉を思い出した。
『私の命は償うための命。前世の罪を償うために……』
「……そういうことか」
ギルバートは閉じていた目を開ける。そして全てを理解した。
15歳の自分がパーティーで見かけた10も歳の離れた少女に一目惚れをした理由。自分が今、その少女にプロポーズをして『幸せにする』とこの腕の中で抱きしめている意味。全てが前世から繋がっていたのだ。
「フィリア」
ギルバートは腕の中で泣いているフィリアにそっと声をかける。
「俺も全部、思い出したんだ」
真っ赤な目で自分を見つめてくるフィリアにそっと笑いかける。
「俺とフィリアは前世で会っていたんだな。忘れていてごめん。前世で君に約束をしたのに。来世で辛くなることがあれば俺が助ける。俺ならあんたを幸せにできる、って」
ギルバートの言葉にフィリアの目が大きく見開かれる。
「ギルバート…どうしてそれを…」
それはフィリアの前世の記憶にもあったからだ。もう何人目になるか分からない男からのプロポーズをひどい言葉を投げつけて断ったことがあった。そのあとに姿の見えない男から声をかけられ、その男が最後に告げたセリフがそれだったのだ。
「もしかして…あのときの」
信じられないものをみるような目で自分を見るフィリアをギルバートはもう一度強く抱きしめた。
その一週間後、二人は結ばれた。
本当ならフィリアとサムが結婚式を挙げる予定だった教会で。
フィリアとギルバートは永遠の愛を誓った――――――。
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