03 プロポーズ。
「フィリア、どうして死のうと思った?」
ふかふかのベッドの上にフィリアをゆっくりとおろしたギルバートは、近くにあったイスを持ってくると自分はそれに腰掛け、腰にさしていた剣を床に置いた。それからじっとフィリアを見つめると、彼女は口を堅く結んだまま俯いている。そんなフィリアの様子にギルバートはやれやれとため息がこぼれた。
「婚約破棄されたからか?」
ギルバートの言葉にフィリアが勢いよく顔を上げる。どうやら当たったらしい。目を大きく見開きその瞳にはうっすらと涙がたまっている。いや、さっきまでずっと泣いていたのだろう。すでに目の周りが真っ赤に腫れていた。
アクシュワード家当主であるフィリアの父親からサムの婚約相手をフィリアから妹のミリーナに変えてほしいと頼まれたとき、ギルバートは正直嬉しかった。もともとフィリアとサムの結婚をギルバートは心から祝福できなかったので、その申し出をすぐに承諾した。当の本人である弟のサムの意見を聞かなかったことは申し訳なかったが。
婚約相手の変更の理由は、どうやらミリーナがサムに相当惚れ込んでおり、すでにサムの婚約者であった姉のフィリアを押し退けて父親に結婚話を持ち掛けた。フィリアよりも自分に懐いてくれる妹のミリーナの方に愛情を注いでいる父親は彼女のそんな願いを叶えた。本来なら一週間前に行われるはずだったフィリアとサムの結婚は破棄。新たに決まったサムとミリーナの結婚式は、彼女が学校を卒業する1年後に行われることになった。
おそらく父親から婚約破棄の知らせを受けたであろう今日、ギルバートはフィリアのことが気になった。フィリアがサムに想いを寄せていることをギルバートは以前からずっと気付いていたので、今回の婚約破棄によりフィリアがすっかり落ち込んでいると思ったからだ。
仕事を抜け出してアクシュワードのお屋敷を訪ねてみて正解だった。ギルバートがフィリアの部屋の扉を開けたとき、まさに彼女がバルコニーからその身を投げ出そうとしているところだったのだから。
「サムと結婚ができないことがそんなに悲しいのか?」
ギルバートの問いにフィリアの顔はくしゃりと歪み、瞳からは大粒の涙がこぼれた。やがて涙声でフィリアがぽつりと話し出す。
「ずっと…サムのことが好きだったのに。やっとその想いが叶うと思ったのに…。幸せになれると思ったのに…。やっぱりダメだった。一週間前に婚約が破棄になるなんて…。…………やっぱり私はこの世界では幸せになれない運命なんだ…………これが私に与えられた償いの運命なんだ……」
運命とはまた大げさだな、とギルバートは困ったように笑った。
もともと内気でネガティブな娘だとは思っていたが、今回の婚約破棄によりそんな彼女の性格に拍車がかからなければいい、とギルバートは心配になった。
「フィリア。どんなに悲しいことがあっても自ら命を断つようなことをしてはいけない。君の命は両親からもらった大切なものだからね」
「違うの、ギルバート。そうじゃない。私の命は償うための命。前世の罪を償うために神様が私をこの世に落として、苦しむ人生を歩ませてる」
「フィリア?何を言っているんだ?」
「その償いもようやく終わったと思った。サムとの婚約が破棄されてひどく心が痛んだ。前世の私がしたことにより傷付けてしまった人たちの苦しみがよく分かった。だから、これで私の償いの人生は終わったと思ったのに……思ったのに…ギルバートが私を助けた」
前世?償い?
今度はまた何を大げさなことを言い始めるのだろう、と思いながらギルバートはフィリアの言葉を聞いていた。
「ギルバートが私を助けなければ私の償いの人生はこれで終わったのに。あなたが助けたりするから、まだ私はこれからも償いの人生を歩まないといけないの?……ギルバートが…ギルバートが…よけいなことをするから!」
たくさんの涙をためたフィリアの大きな瞳がギルバートを見つめた。青く美しく澄んだ瞳はすっかり濁ってしまっている。しかし、美しいその顔は泣いてもなお美しくて。
「落ち着け、フィリア。俺が悪いのか?」
「そうよ。ギルバートが悪い。私を救ったりするから!」
「いや、でも目の前で死のうとしている人間を見たら救うのは当たり前だと思うが」
「私の場合はいいの!あのまま死なせてほしかった!…ギルバートのバカ」
普段は口数が少なく大人しいフィリアが大きな声で怒っている。そんな彼女の姿を初めて見たギルバートは一瞬戸惑ったものの、一呼吸を入れて冷静になる。しかし、大好きな人から「バカ」と言われてしまいさすがのギルバートも少し落ち込んだ。
「フィリア。でも、俺は君が死のうとしているのを見過ごすことはできない。フィリアが死んでしまったら悲しむ人がたくさんいる」
「いないわ、そんな人」
「フィリアのお父さん、お母さん、リリアン、ミリーナ、それに屋敷の全ての者が悲しむ」
「いいえ、私がいなくなったってみんな気にしない。お父様とお母様にはリリアンお姉さまとミリーナだけいればいいのよ。私なんていてもいなくてもどちらでもいい。小さいときから思ってた。私だけ二人よりも両親からの愛情が薄いって」
「フィリア、それは誤解だ」
「誤解じゃない!ギルバートに何が分かるの?」
そう問われて、ギルバートは言葉につまった。実は彼も薄々と気付いてはいたのだ。アクシュワード夫妻が長女のリリアンと三女のミリーナをかなり甘やかして愛情を注いでいるのに対して、なぜか二女のフィリアにだけは冷たい態度をとっていることを。
ギルバートはフィリアを見つめると、優しく微笑んだ。
「フィリア。悲しむ人は他にもいる」
「そんな人いない」
「いる。この俺が悲しい。俺はフィリアがいなくなってしまうと悲しい」
涙のたまったフィリアの瞳がギルバートを見つめる。ギルバートはフィリアの手にそっと触れると、ぎゅっと強く握りしめた。
「フィリア。俺のもとに来るか?運命だか前世だかよく分からないが、俺が君の命を救ってしまったことがいけないのならその責任はきちんととるよ。悲しむ君を放ってはおけない。俺と結婚しようフィリア。イクスドール家へおいで。俺なら君を幸せにできる」
ギルバートは握っていたフィリアの手を引っ張ると、その胸にフィリアを抱き寄せた。彼の大きな胸の中でフィリアはひたすら涙を流していた。




