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烙印者 Prequel ~空白の1ページ~  作者: 日月
第3章 旅立ち
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ep.47 独り立ち

拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです

 初めての依頼(クエスト)をなんとか遂行(すいこう)させ帰還したあの日から、マティルダの熱望により、ジョニィも屋敷で暮らすようになった。


『はい、ジョニィ様。あーん』

 マティルダは自分の皿から金色のスープをひと匙すくうと、上品な所作でジョニィの口元へ運んでいる。

『あぁーん。ムグムグ……』

『美味しいですか?』

『うん! 美味い!』

『貴方様もどうですか? はい、あーん』

『い、いや、オレはいいよ……』

 仲睦まじいカップルがするそれを、オレが戸惑いながら断ると、マティルダはジョニィの方へ向き直る。

『そうですか? ではジョニィ様。あーん』

『あぁーん』

 マティルダの好意を、ジョニィは前のめりで受け入れている。

 色々な理由をつけて、煮え切らない態度を取っているオレとは大違いだ。


 それからというもの、2人は人目を(はば)らずイチャついた。

 マティルダは相変わらず恋に積極的で、ジョニィは初めてできた恋人らしく、終始鼻の下を伸ばして大いに浮かれていた。

 一方で、そんな二人に周囲の皆は戸惑う。

 男爵は不義理な娘に(なげ)き、使用人たちは移り気なお嬢様の陰口を叩く。屋敷内の空気は少しずつだが確実に悪くなっていった。

 そんな中でオレはというと、恋に破れたお嬢様の元カレと見なされ、哀れみの対象になってしまっていた。

 皆の目には、よっぽど惨めに写ったのだろう。

 なにせあの気難しい老執事でさえ同情的だったくらいで、あんなにも優しい彼を見たのは後にも先にも初めてだ。


 だからというわけではないが、オレは屋敷を出て1人で生活をする決意を固める。

 早速、その意思を男爵に伝えると、どんなかたちであれ恩人であることに変わりないのだから、と引き留めてくれたが、こんな環境で生活を続けるなんて針の筵だ。

 私物は無いに等しいので、オレは手早く支度を済ませて、玄関まで見送りにきてくれた男爵たちと別れの挨拶を交わす。

『本当に出て行かれるつもりか?』

『もう決めたことなので』

『そうであるか……その、済まないな、我が娘が……幼い頃から気の多い子でな。決して、そなたを嫌いになったというわけでは――』

『わかってますよ。大丈夫です』

 マティルダは真っ直ぐに自分の想いを注ぐ愛情深い子だ。

 恋愛対象を1人に絞らないのは問題だが、それも富のある貴族なら正妻の他に妻を(めと)ったり、愛人を作ることは割と普通のことだ。

 複数人の女性を侍らせる関係、俗に言うハーレムが許されて、逆ハーレムが許されない道理もないだろう。

 この世界に身よりがないオレが、孤独感に潰れずやってこれたのは、マティルダの存在が大きい。

 だから、マティルダには感謝こそすれ、悪く思ったりはしない。

『う、うむ……』

『まったく……貴殿が手を(こまね)いているから、あのような男に(さら)われることになるのです』

(オレらの交流に、目くじらを立てていたあなたがそれを言いますか……)

 屋敷に半ば転がり込むかたちで、世話になっているジョニィのことを、老執事は快く思っていない。恩義に付け込み、年頃のお嬢様にたかる害虫とでも考えているらしく、何かと当たりが強かったりする。

 そんな老執事は、大切なお嬢様をあのような軽薄な男に奪われるくらいなら、貴殿の方がマシだ、というくらいにはオレのことを信頼してくれているらしい。

『悪い虫がマティルダに悪さをしないよう目を光らせてください』

『貴殿に言われるまでもありません』

 委細承知と老執事は片眼鏡(モノクル)を光らせる。

 苦戦した強敵ほど、いざ味方にすると頼もしい。

『あの子を心配してくれるなら、やはり屋敷に残られたほうが……そなたも冒険者として、これから1人でやっていくのは不安であろう?』

 人の良い男爵は、オレの生活を案じて重ね重ね引き留める。

『これでよかったんですよ。オレは男爵様たちのご厚意に甘え過ぎてた。栄養過多で腐る前に、自分で根を下ろす場所を探さなきゃ』

『……であるか……うむ、うむ! そこまで決心してのことであれば、これ以上引き留めるのは野暮というものだな!』

 ここまで表情を曇らせていた男爵は、ようやくいつもの明るい調子を取り戻した。

『成長されましたな。陰ながらご活躍を祈っております』

 老執事は、先日の晩餐のときのように、餞別の言葉と微笑みを湛えている。

『何かあったときは遠慮なく頼ってくれ。恩義を抜きにして、そなたには協力を惜しまない』

 戦う力だけではなく、人間性をも認められた気がして、オレは胸を熱くする。

『ありがとうございます。その言葉だけで百人力だ』

 屋敷に住まう皆との間に確かな絆を感じながら、男爵と固く別れの握手を交わした。


『それじゃあ、えっと……』

 そうして、いよいよ別れの時がきた。

 去り際に、さて何と言おうかとオレは迷う。

(さようなら? 今生の性の別れでもないし、あまり湿っぽいのもな……じゃあまたね、とか? かといって軽過ぎるのもどうだろう……然らば御免! ……いや、ないな。ない)

『いってらっしゃいませ』

 そう言って斜め45度の丁寧なお辞儀するのは、男爵の側に控えていたネコミミメイドさん。


『――いってきます!』


 澄み渡る晴天の下、オレは気分を新たに男爵邸をあとにした。


 

 ――のはずだったのだが、やっぱり頼れる親族などはいないので行く宛てもなく、場末の木賃宿に流れ着くと、まったくもって心躍らない新生活が始まったのだった。

ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます

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