ep.44 願いは星に 後悔は焚き火に
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
「あ”ぁぁ! もうダメだ! 一歩も動けねぇぞ!」
街道の中心でジョニィは疲労を叫ぶ。
「だらしないぞ、ジョニィ。言い出したのは、お前だろう」
「ハイヨー、ですわ!」
馬鹿山羊が逃げ出してしまったせいで、徒歩により帰路に就く羽目になってしまったマティルダ。
旅に不慣れな貴族のご令嬢は、早々に体力を使い果たしてしまいへたり込んだ。
そんなとき、自分がマティルダを抱えて歩く、と名乗りを上げたのがジョニィだった。
「んなこと言ったってよぉ、人間1人背負って歩くのが、こんなにしんどいとは思わなかったんだ」
王子様がお姫様を抱き上げて凱旋する。
絵巻物に書かれているロマンティックなシーンを、ジョニィは妄想していたのだろうが、軍事訓練でもあるまいし、40~60キロほどの荷物を背負って平原を歩くなど苦行以外のなにものでもない。
最初は意気揚々とマティルダをお姫様抱っこしていたが、次第に腕が疲れて敢え無く断念。
今度は背中におぶったものの、道半ばにしていよいよ限界に達したようだ。
「はあぁぁ、マジで疲れたぁ……まさかよぉ、マティルダ様がこんなにも、重――」
「おっと、ジョニィ。命が惜しければ、そこまでだ」
命知らずのジョニィ二等兵がうっかり暴発させた弾を、オレはすみやかに迎撃する。
全面戦争を避けたくば、レディに対してそこから先は禁句だ。
「と、とにかく俺ぁもうギブアップだ! あとは、お前に任せるぜっ!」
背後から漂う尋常ならざる気配を察したようで、ジョニィは身震いする。
そして悪寒の原因たるそれを、あろうことかオレに押し付けた。
「こいつ、爆弾処理班じゃねぇんだぞ……っと!」
最悪のタイミングで爆弾を寄こされたオレは、マティルダの拝顔を避けつつ御身を預かる。
「まあ! さすがは貴方様! 軽やかですわ!」
「あ、あんまりくっつかないでくれよ。歩きにくい」
「んふふっ、そうはおっしゃられても、貴方様。しっかり掴まないと、また落馬してしまいますもの」
えらく上機嫌のマティルダが必要以上にピッタリと密着してくる。
オレの耳元を生温い吐息がくすぐり、背中には女子の柔らかなあれやこれやが――。
(まずい! 素数を数えるんだ!)
「なんだろう……モヤモヤする……魔法を使い過ぎたか……?」
「お? おぉ? ひょっとして、ドロシーともあろう者が嫉妬かぁ? 意外とカワイイとこもあんじゃねぇか。仕方ねぇなぁ……ホレ、俺様が代わりにおぶっちゃる。ホレ、ホォレ」
「ジョニィ……」
「あん?」
「惜しい奴を亡くしたな」
「へ? お、おい、なに詠唱して――ゥアッチャアァ!」
「なにやってるんだ、あいつら……」
爆弾の処理に悶々としているオレを他所に、向こうはなにやら賑やかだ。
結局、不運にも予期せぬ強敵に遭遇したせいで、日帰りのはずだった旅の予定は狂い、その日は野営する運びになった。
「うおおぉぉぉぉ……すっげー…………!」
満天の星月夜の下で、オレは語彙力を失う。
御屋敷で見上げた夜空にも感動したものだが、人工の明かりが一切ない平原で見上げる澄んだ夜空は格別だ。
一晩では語り尽くせないほどの星座。
願い事が足りないくらいの流れ星。
プラネタリウムなど比較にならない、目が覚めるような星の瞬き。
宇宙をこんなに近くに感じたのは初めてだ。恐ろしいほど壮大で幻想的だった。
(ええと、それからそれから……)
この胸の奥から湧き上がってくる感情を、上手く表現しようと言葉を探すが、足せば足すほどチープになる。
名手の吟遊詩人のように、言葉を飾り詩を紡げないのが歯痒い。
(……せめて、この瞬間を目に焼き付けよう)
「ぼんやりしていると狂狼に襲われるぞ」
星空に見惚れ突っ立っているオレに、ドロシーから忠告が飛ぶ。
「あ、悪い。見張りだったな」
(ルナティックホニャララにはもうこりごりだ……)
皆が取り囲んでいる焚き火の元へ。男性陣が枯れ枝を集め、ドロシーが魔法を用いて意図も容易く起こした焚き火だ。
(ライター要らずとは便利なもんだ)
野営の見張りは二人一組の交代制。
昼間の戦闘で疲弊している2人を先に休ませ、まずは旅慣れたドロシー先輩と余力十分のオレが番をする。
オレたちは互いの死角を補うように向かい合って座った。
「あまり火を見つめるな、夜目が利かなくなる」
ドロシーは鞄の中から糧食の干し肉と根菜を取り出して、オレに投げて寄こす。
夜営と聞いた時、キャンプ飯にありつけると期待したけど、料理の香りで魔物を呼び寄せないとも限らないので、今回のように短い旅程の場合は、簡易的な食事で済ませてしまうそうだ。
そういった理由から、せっかく仕留めた狂熊の肉で熊鍋をするのも諦めた。
ジョニィは、せめて毛皮だけでも剥ごうとごねたが、予定外の行動を取ると想定外の事態が起こるのだとドロシー。
ただでさえ放浪する狂熊に、運悪く出くわしたのだ。これ以上トラブルに巻き込まれる前に、本来の旅程に戻るべきだという、彼女の経験則に従って、狂熊の死体は解体せずにその場に放置してきた。
「ときに君、犬は好きか? 私はどうにも苦手でね……」
水魔法で生成した飲み水をコップに注ぎながらドロシーは言う。
「いきなりどうした? …………組合長の愚痴か?」
犬と聞いてオレが真っ先に思い浮かべたのは、先日会ったばかりで印象に残っている、イヌミミを持つ獣人。冒険者組合、組合長がマッスルポーズをキメている姿だ。
組合に所属する冒険者にとっては上司に当たり、一見すると好人物だったが、ドロシーとは折り合いが悪いのだろうか。
「ブフゥーッ! ゴホッ、ケホッ、そ、そんなわけないだろ! というか君、今の発言は問題があるぞ!」
突然、ドロシーが口に含ませていた水を盛大に吹き出した。
勢いよく飛散した毒霧がオレの顔面に浴びせられる。
「……ひどいじゃないか」
「ひどいのは君だ。私は旅の伴侶として犬は最適だ、という話をだな……」
「ああ、そういう……」
てっきり、夜更けに上司の悪口大会でも開催するのかと身構えてしまったが、とんだ勘違いをしてしまったようだ。
獣人を動物と一緒くたにするのは、人間を猿呼ばわりするのと同義で、失礼にもほどがある。
オレはファンシーな獣人を、魔法使いや貴族のご令嬢以上に増して、御伽噺の住人のように捉えていたようだ。
彼らだって、この世界に生きるリアルな人間。
軽率な発言を猛省し考えを改めなければ。
「これからも共に旅を続けるとしたら、番犬を連れるのも検討するべきか……世話は他の誰かに押し付ければいいしな」
「おいおい……」
個人主義のドロシーは犬派というより猫派といった感じだ。
とんがり帽子の魔女っ娘だし、黒猫を使役するのが似合いそう。
それからオレたちは周囲を警戒しつつ、暗がりから忍び寄る眠気を払うつもりで、ぽつぽつと会話を続ける。
「今回の旅を通じていろいろと気づかされたよ。効率を重視し、高火力の魔法ばかり優先して習得に努めたが、戦況によってはまったく役に立たなくなる。そのことを改めて痛感した。他者との連携を想定した陣形と魔法の習得が、今後の私の課題だな」
「課題か……オレは大失敗を犯してしまったな……」
無意識の内に遠ざけていた、狂熊戦における苦々しい経験が蘇ってくる。
「君はよくやっているだろう。新米冒険者が狂熊を仕留めるだなんて大金星だ」
そう言ってドロシーは慰めてくれるが、実情を知るオレは納得できずにいる。
「狂熊と戦ったとき、変に情けを掛けずに、最初から速攻で仕留めていれば、ジョニィは襲われずに済んだはずだ」
スキルの使用云々以前に、親狂熊に臆せず一刀の下に沈めておけば、あとから乱入してきた狂子熊にも余裕をもって対応できた。
(オレは優しさを履き違えていたんだ)
相手は食うか食われるか弱肉強食の世界に住む野生生物だ。
人間の道理など通じず、躊躇えば余計な犠牲を生む。
そんな単純なこと、わかっているつもりだったけど、味方に被害が及ぶまで本当の意味でわかっていなかった。
オレは強い。
この世界の常識を超えた屈強な肉体は、おそらくどんな魔物を相手にしても、ものともしないだろう。
だから剣戟で迷いが生じたとき、傷付くのはオレではなく仲間だ。
問われているのは力量ではなく、覚悟の有無。
鍛えるべきは肉体ではなく精神だ。
「君はなぜ冒険者になったのかな」
「またいきなりだな……」
「命の危険が伴う職業だ。それに値する動機があるだろう。また今回のようなことが起こる前に訊いておこうと思ってね」
(あぁ……なんだか遺言みたいだな……)
「オレは――」
なぜオレが冒険者になったのか、改めて考える。
興味本位。純粋なというより邪な好奇心。そして有体に言えば成り行きだ。
他に就ける職がなく、行き着いた先が冒険者だった。
「……だから、もし衛兵に採用されたら、今頃町を警備していただろう。正直言うと冒険者事態に強い思い入れはないかな」
先輩を前にして、冒険者を軽視するような発言をして、またぞろ怒りを買うだろうか。
だけど、今度ばかりは言葉の綾などではなく、オレの正直な気持ちだ。
(また決闘なんてことは勘弁してほしいな……)
しんとした夜にパチパチと焚き火が爆ぜる音が鳴る。
「職にあぶれて、やむを得ず、か。ははっ、そう身構えずとも、別に責めたりはしないさ」
オレの宙ぶらりんの回答は、意外にも理解を示される。
「冒険者は様々な職業の相称だ。依頼によっては、商人のように特定のアイテム入手だったり、狩人ように危険な魔物退治だったり、学者のように未踏の遺跡調査だったりして、課せられる業務は多岐に渡る。ゆえに冒険者という肩書事態に思い入れがある者は稀だろう。冒険は手段であって目的じゃあない。プライドじゃ飯は食えんからな」
「ドロシーはどうして冒険者に?」
「私か? 私は無論、魔法の探求のためだ。魔術書やマジックアイテムといった知識の蒐集にも金が掛かるのでな、実技も兼ねて冒険者をやるのが一番手っ取り早い」
(魔法馬鹿とは思ってたけど、そんなにか……)
その情熱は本物だ。要するにドロシーにとって、魔法の探求は命を懸けるに値するのだから。
魔法を使って、ごっこ遊びに興じようとしてたオレなんかとは比較しようもない。
ついこの間まで定職に就かず、半ば風来坊のような生き方をしていた者として、そのひたむきな姿勢が羨ましくある。
「魔法の教師になる選択もあったが、私は他人にものを教えるのが不得手なのでね……」
「そうなのか? 物知りなドロシーには、いろいろと教わってばかりだけどな」
「いや……生徒が課題に躓いたとき、どこにどうして躓いたのか理解できないんだ。フッ、罪な話だよ。天才は凡人の苦労には寄り添えないのさ……」
「あ、そう……」
なるほど。こんな高慢ちきでは教師には向いていない。
「富、名声、指針はなんでもいい。他の何を差し置いても譲れない思い。それを胸に抱くといい。いざというとき、強い執着が生死を分ける」
「――んがっ! ……ムニャ、むぅ……みへろ、おれぁいつかびっぐに……グゥ…………」
器用にも、ジョニィが寝言によって会話に加わる。
「……わかった。よく考えておくよ」
『ゥォォォォー……』
「ひぃやんっ!」
会話が一段落して、静寂が下りたその時、どこからか獣の遠吠えが届く。
対象との距離はあるようで、おそらくオレたちに向けたものではないだろう。
「――と、推測するんだけど、ドロシーはどう思う?」
遠吠えを聞いた途端、オレの胸に飛び込んで来た先輩女子に問う。
「い、いい言っただろう! 犬は苦手だと! 子供の頃に噛まれていら――い……」
涙目になりながら訴えかけるドロシーと、それを見下ろすオレは、息のかかるほど間近で顔を向き合わせる。
風の音。夜鳥や虫の歌。爆ぜる焚き火。
その一瞬、すべての音が止み、まるで時が止まったかのような錯覚に陥り、ふたりは世界から切り取られた。
火に照らされた顔は赤く染まり、濡れる瞳に互いの像が写る。
抱き合う体に熱が籠り、そして――――。
「いけっ! そこだキメちまえ!」
「!?」
唐突に割り入ってきた出歯亀染みた歓声に、ふたりは肩を跳ね上げた。
「あんや、トドメは俺さま、が……ふがっ、ぐぅ…………」
「うぅーん……貴方様……ジョニィ様……ムニャ……くぅ…………」
「寝言だよな……?」
「……そのようだな」
浮かんだ疑問を確かめるように、オレたちは再び顔を見合わせる。
先ほどまであったムーディーな雰囲気は、夢であったかのように消えていた。
「――ぷっ、はははっ!」
一連の流れを思い返すと、なんだかおかしくなって、どちらともなく笑い声を上げる。
「ジョニィの奴。寝ていても、うるさいったらない」
「まったく罪な女だなマティルダ嬢は」
ジョニィのいびきとマティルダの寝息をBGMにして、ふたりの時間は続く……。
星が降りそうな夜なのに、ロマンティックになり切れないオレたちなのだった。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
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