ep.43 レイドボス~魔獣Ⅱ
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
「この声はマティルダ――とジョニィ?」
悲鳴が上がった方向へオレは視線を向ける。
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイッ――!」
すると暴走した馬鹿山羊に乗ったマティルダと、その後を追うジョニィが血相を変えて戻って来た。
『フゴォァ!』
「チッ……空気読めよ、熊公……!」
獲物が余所見している今が好機と捉えたのか、狂熊が長剣に噛り付いてきた。
「マティルダ嬢を連れ戻した……にしては様子がおかしいな……」
牙に爪にタックルと、狂熊の猛攻を捌くことに手一杯になっているオレに代わり、ドロシーが状況の把握に努める。
「はわ――きゃんッ!」
いつぞやの誰かみたいに半狂乱に陥った馬鹿山羊は、ロデオのように暴れに暴れて、騎乗するマティルダを振り落としてしまう。
そして薄情にも主人を置いて、そのまま何処かへ走り去って行った。
「あん畜生! こんなとこで……!」
落馬したマティルダ元にジョニィが駆け寄り、来た道を振り返るとしきりに警戒している。
「ジョニィ何事だ!」
「狂熊だ! もう1頭潜んでいやがった!」
「な、なんだって!?」
『ヴウゥゥゥ……!』
2人の後方からのしのしと現れた狂熊がジョニィの発言を裏付ける。
「シッ! シッ! こ、こここのやろっ、あっちへ行け!」
「しまった! 親子だったか!」
2頭目の狂熊は1頭目より二回りほど体が小さく、それでも成人男性よりも大きい子熊、狂子熊のようだ。
似た猛獣でも狼や獅子と異なり、本来クマ科の生物は、親子という例外を除いて群れを成さないらしい。
現実世界の生物学が、こちらで通用するか謎ではあるが、複数体との遭遇を想定していなかったドロシーの反応からして、狂熊の習性もクマ科に近いことが予想される。
「くっ……射線上にジョニィたちが……!」
ドロシーは狂子熊に杖を向けるが、攻撃範囲内に味方が含まれているため、遠距離魔法の使用を断念した。
やむなく泥人形〈ゴーレム〉を召喚するが、その動きは緩慢で間に合うかは怪しい。
「なにをしてるジョニィ! マティルダを連れて逃げろ!」
ただでさえ子連れの熊は攻撃的になるというのに、親熊とは交戦中にあり、子熊にも接触してしまっている。
相手を刺激せずやり過ごすというシーンは、とっくに過ぎており、子熊とはいえジョニィの手に負える敵ではないと判断したドロシーは、退避するよう命令を飛ばした。
「に、にに逃げろだって? あ、生憎とお嬢様が腰を抜かしちまってな! こ、ここここで逃げてちゃあ男がすたるってもんよ!」
歯の根が合わない様子のジョニィだが、しかし、へたり込んでいるマティルダを背に庇い、精一杯の男気を見せる。
「待ってろ! 今オレが」
『グオオォォ!』
すぐにでも2人の元へ駆け付けたくなる衝動を、オレはぐっと抑える。
今この場を放棄したら、目の前の親狂熊に対してドロシーが無防備になってしまうからだ。
(スキルを使うか? いや、あまり強力なものだと皆の目が――クソッ!)
急遽、決断を迫られ空回りするオレの思考に、男爵による力を衆目に晒すリスクついての忠告、その一点だけがやけに引っ掛かった。
『グォォォォオオオオッ!』
「邪魔だああああぁぁぁぁ―ッ!」
下段から大地を削る勢いで逆袈裟切りを繰り出し、親狂熊の喉元を切り裂き命を絶つ。
(間に合うか!? 加速スキル――を)
次いで窮地に置かれている、もう一方に加勢しようと振り向くと、まさに狂子熊がジョニィに牙を剥き襲い掛かる瞬間だった。
『グャオォォオンッ!』
「ヒィ! た、たすけ――うわああああぁぁぁぁ…………ッ!」
「ま、待てよ……やめろおおおおおおおおおお!」
縺れる脚を動かして必死の思いで駆け付けるが、もう少しのところで間に合わず、獰猛な狂子熊によってジョニィは押し倒され、そして――……。
その餌食になった。
「…………そ、そんな……!」
初めて直面する人死に。オレは極度の精神的ストレスにより、酷い眩暈と脱力感に見舞われて膝から崩れ落ちる。
「あ、あ……あぁ……なんてことですの…………」
犠牲になったジョニィは農家の生まれであり平民だ。
残酷な現実に打ちのめされているマティルダ嬢のように、死の運命を覆す貴重なマジックアイテムなど装備していない。
(死んだ? あのお調子者が? 嘘だろ?)
つい今しがたまで冒険を共にし、軽口を言い合っていた者が、こんなあっさりと居なくなるなんて、にわかには信じ難い。
ジョニィとは、まだ出会って日が浅く友情と呼べるものはなかった。だから……。
(不幸中の幸い……いや、明らかに不幸だろ!)
最悪の事態に直面して、いよいよ混乱が極まっている。
(馬鹿野郎! こんな唐突に別れがきたって、泣くに泣けないじゃないか……!)
「まだ立ち止まるな戦闘中だぞ!」
遅れてやって来たドロシーが、杖を構え狂子熊へ狙いを定める。
ジョニィの救出を試みるようだが望みは薄いだろう。
「ドロシーが言った通りだ……冒険者にとって最初の冒険が関門だって、ジョニィはそれを越えられなかった……オレのせいだ。オレがもっと……クソッ! いくらでも、やりようがあったはずなのに!」
完全に判断を誤った。
強力なスキルを迷わず使ってさえいれば、狂熊どもを瞬時に一掃し、ジョニィを救うことが可能だったはず。
例えその結果、周囲から脅威と見なされ恐れられることになったとしても……。
オレは仲間の命を天秤に掛け、保身を選んでしまった卑怯者だ。
「いや、待て。少し様子がおかしくないか?」
「……え」
詠唱を途中で止めたドロシーに指摘され、オレは違和感の正体に気づく。
あれほどまでに獰猛な狂子熊が、体を丸め急に大人しくなっていた。
「いや、大人しいどころか、これは……」
「――い……おぉぉい、早くこいつをどかしてくれぇぇ……!」
狂子熊から声が発せられ、オレはドロシーと顔を見合わせる。
一瞬、魔物が喋り出したのかと仰天したが、そんなわけがない。
くぐもってはいるものの、その声には聞き覚えがあった。
(もしかして――!)
すぐにひとつの仮定に思い至り、狂子熊をひっくり返した。
「――ッブヘァ! ゼェ、ゼェ……し、しし死ぬかと思ったぜぇ!」
「ジョニィ! お前食われたんじゃなかったのか!?」
狂子熊の下から跳ね起きたのは、酸欠に陥り顔を真っ青にしたジョニィだ。
「食われた? いやいや、冗談キツイぜ。むしろ逆だ、逆。俺様を食おうとのしかかってきた奴に必殺の一突き! 返り討ちよ! まっ、危うく窒息しかけたがな」
ジョニィは得意気に戦果を語る。その言葉が示す通り、狂子熊の喉元には短剣が突き立っていた。
喉が破れ苦しみ藻掻いている姿が、あたかも獲物を貪っているように誤認されたのだ。
「――は、ははっ! こいつ脅かしやがって!」
「やるじゃないか。窮鼠猫を嚙むというやつだな」
奇跡の復活劇に、重く沈んでいた空気が一気に晴れる。
「まあな! 俺様が本気を出せば狂熊を倒すなんざ朝飯前よ!」
ドロシーには魔法が、オレにはこの怪力が、前線で親狂熊を押し留めていた2人には、いざというときに頼れる力がある。
しかし、一方でジョニィにはそれがない。
強大な魔物を前にして、頼みの綱は凡夫と謗られた我が身1つとセール品の短剣1本のみ。
もしも、オレがジョニィの立場だったら、同じように勇気を奮い立ち向かえただろうか。
(お前って奴はすごい男だよ、ジョニィ)
それからジョニィは、いまだにへたり込んでいるマティルダに手を差し伸べる。
「もう安心ですぞ、姫。凶悪な化物はジョニィが、このジョニィが華麗に退治しました」
「まったく、お前は懲りないなあ……」
魔物に襲われ散々取り乱していた奴が、脅威が去った途端にこれだ。キメ顔でしたたかに自己アピールしている。
「じ……じょ……じょっ…………」
「じょ?」
どうにもマティルダの様子がおかしい。
目まぐるしい状況の変化に思考が追いつかず、先ほどまでのオレみたいに混乱しているのかもしれない。
「大丈夫か? マティル――えっ?」
「ジョニィ様っ! 素敵でしたわ! 巨大な魔物を前にしても、決して退かない雄姿! 私、感激いたしました!」
マティルダは、その身を案じるオレを押しのけ、勢いよく立ち上がった。
「へ? ああ、そうですかい? いやぁ、照れるなぁ」
これまで散々ジョニィを袖にしていたのに、その態度を一転させる。恋する乙女が如く頬を染め、瞳を輝かせていた。
「ああ! どうしましょう! この胸の高鳴り! 私は、私は!」
(あぁ……なんか既視感あるぞ、これ)
どうやら恋に恋するマティルダ嬢は惚れっぽい性質のようだ。
窮地から救われて狂喜乱舞している様は、オレが大鬼から守ってあげたときと同じだ。
「どういうことだ、これは? 敵を掃討したというのに、マティルダ嬢はひどくご乱心のようだが……」
ドロシーは、女を捨て魔法と結婚したと豪語していただけあって、恋愛に関して鈍感で状況を飲み込めずにいる。
「あー……たぶん吊り橋効果ってやつかな……」
「なるほど、これが噂に聞く……興味深いな」
何はともあれ、一同は誰1人欠けることなく、この窮地を乗り越えたのだった。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
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