ep.41 レイドボス~魔獣Ⅰ
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
「――ちょっと待った……気を付けろ! 何かが迫って来てるぞ!」
そうして雑談に興じながら帰路に就くと、またもや唐突にジョニィが警鐘を鳴らす。
「お前なぁ……いくら活躍の場が欲しいからって、さっきの今だぞ……」
再三聞かされたセリフに、そろそろ聞き飽きたオレは溜息を漏らした。
「今度こそマジだって! 超絶ヤベーのが来てやがる! 見ろよ、ほら! 鳥肌が止まんねぇ!」
「醜妖精のときも似たようなこと言ってたじゃないか。竜級の危機が迫ってるとかなんとか……イマイチ信用できないんだよ」
あれは通算何度目の警鐘だったろうか。
生きるか死ぬか。不退転の覚悟を決めて迎えた相手が、実際はただの雑魚敵で、一同は盛大に肩透かしを食らったのだった。
臆病なジョニィが右往左往する度、それに付き合わされる身にもなって欲しい。
「いや、待て。確かに精度こそイマイチだが、ジョニィの危機感知能力は目を見張るものがある。やはり、ここは警戒して然るべきだ」
「おぉ、いつになく高評価だ」
歯に衣着せぬ物言いで定評のある、あのドロシーが褒めるのだから、こと感知能力においてジョニィは光るものがあるらしい。
「へっ、恐れ入ったか! 俺たちは環境の変化に敏感だからな。農家舐めんなよ!」
(お前は家業を疎ましく思っているのか、そうでないのかどっちだよ……)
事あるごとに引き合いに出す辺り、アイデンティティの根幹を成しているのは間違いない。
「な、なにが始まりますの……?」
不安げな表情を浮かべているマティルダを、ドロシーは近くに引き寄せる。
「来るぞ……構えろ!」
『――――グルルルル……』
黒い獣。
凶悪な様相を呈している猛獣だ。
「狂熊!」
「う、嘘ですわよね……!?」
「な、なぜだ! 生息域はもっと北のはず……!」
立木を割り草葉を踏み鳴らして姿を現わしたのは、狂熊と呼ばれる体長が3メートルはあろうかという巨大な熊だった。
「狂熊ね……一応訊くけど、こいつはもちろん魔物だよな……?」
頭に半月状の角があったりして、オレが知るものとは多少の差異あれど、どこからどう見てもやはり熊だ。
その凶悪なビジュアルからして、人類にとって脅威足り得ることは自明の理。魔物の定義に触れている。
「いいか、無様に敵前逃亡などしてくれるなよ? 猛獣の類は弱者を狙い獲物を狩る。背を向けたら最後、臆病者はたちまち餌食に……おっと視線も奴から外すな」
声に緊張を孕ませているドロシーは、立ちすくんでいる面々に忠告する。
「……だってよ」
「……ですって」
「いや俺かよ!」
『グオオォォ!』
「馬鹿者! 大声を出す奴があるか!」
この仲間の中で、臆病者といえば誰を思い浮かべるか。皆の見解が一致し、暗に不名誉なレッテルを貼られたジョニィが、反発して考えなしにがなる。
すると、それに触発された狂熊が興奮して、こちらに向かって走って来てしまう。
「おい……おいおい、どうすんだよこれ!」
『ヒヒィィィインッ!』
捕食者の狂熊を怖れた被捕食者の馬鹿山羊が、マティルダを乗せたまま一目散に逃げだした。
「あぁれえぇぇ! どなたか止めてくださいましぃぃー!」
「ジョニィ! ここはいいからマティルダ嬢を頼む!」
「は? 俺!? 頼むつったって、俺は畜産農家じゃねぇぞ! ――ああ、クソッ!」
ドロシーに指示をされたジョニィは、遠ざかっていく馬鹿山羊と近付いてくる狂熊を見比べて、前者を追うため駆け出した。
(やばい……! 腰が抜けそうだ……)
現実世界の生態系に即した猛獣は、大鬼のような空想の産物より、よっぽど身近に感じられ、リアルな恐怖心が掻き立てられる。
自然と呼吸が荒くなり膝が笑う。
ジョニィではないが、オレの本能が逃げろと警鐘を鳴らしている。
「――い、おい! 聞いているのか!」
「……ぁ、ああ、なんだ?」
ドロシーが、放心していたオレの肩を掴んで大きく揺すった。
「私の一撃では、おそらく狂熊を仕留めきれない、トドメは君に任せるぞ!」
それから勇ましく杖を突き出し、魔法の詠唱を始める。
(さすがは先輩冒険者、切羽詰まった状況でも頼もしい――じゃなくて!)
「マ、マジかよ!? ちょ、ま、待て!」
急に大役を振られて動揺したオレは、突進する狂熊を相手してペットにするような待機の命令を飛ばすが、調教がされていないそいつは止まらない。
そもそも魔物といえど、本能に突き動かされている猛獣が、人語を解するはずもなく、唾液をまき散らし食欲に支配されている顔からは、いつかの大鬼と同じく知性をまるで感じられない。
「まだ心の準備が――って、あれ?」
近距離まで来ていた狂熊がいきなり急停止し、なぜか後進を始める。そうと思えばまた前進し、今度は鼻息を荒くして地面を叩いている。
『グフッ、ブオォォ……』
「威嚇突進だ。怪我を負ったとき、自然治癒が頼りの野生生物にとっては、かすり傷でさえ命取りになる場合がある。だから、ああやって慎重にこちらの戦力を見定めているのさ」
「な、なるほどな、意外と賢い……ちなみにだけど、あの熊は大鬼とどっちが強いんだ?」
戦闘経験の浅い、新米戦士のオレにとって、すでに倒したことのある大鬼は強さの指標だ。
男爵やドロシーの見立てではオレは相当な手練れらしいけど、世間一般の基準を知らないので、自分がどのくらいの領域に達しているのかいまだに不明瞭だった。
(中の上? いや、上の下は固いか? 最強を豪語するのは、さすがに驕りすぎだろう)
こうなると、やはり組合に集う冒険者たちをスキルで観察するべきだったか。
(病気履歴とか、その……いろいろと詳らかになるから、覗き行為をしてるみたいで、気が引けるんだよなぁ……)
前回の戦闘では、力に目覚めハイになってたお陰で恐怖心は抑えられていた。
だけど今回は違う。初めて見る魔物に、果たして自分が敵うのか戦々恐々だ。
「大鬼は見た目通りの怪力と、道具を扱うことのできる技能を持つ魔物だ。ゆえに一概には言い切れないが、純粋な力比べでは狂熊がやや上回る」
「それを聞いて安心したぜ」
オレは観察眼スキルにより狂熊のステータスを看破し、自分のものと比較する。
主なスペックは――
狂熊♀ レベル21
生命力35 精神力8 体力24 筋力31 技術5 知性19 神秘7
特殊能力:野性の勘 威嚇 その他
――といったところか。
小鬼や醜妖精が幅を利かせている地域に、出没していい強さではないが、数値が三桁に届くオレのステータスとは、その差は歴然としていた。
(なんだ見掛け倒しか。全然大したことないな)
オレは腰に下げている長剣を鞘から抜いて口角を吊り上げる。
彼我の戦力差が判明した今、狂熊など恐るるに足らず。
(そう、重要なのは心持だ。大鬼を瞬殺したオレなら、狂熊だって余裕のはずなのだから)
「魔法を使うときは、ちゃんと合図してくれよ、ドロシー!」
「承知しているさ。同じ轍は踏まない!」
他人とつるむことを嫌い、長らくソロプレイヤーだったドロシーは、戦闘においても仲間との連携に不慣れだ。
先の醜妖精戦では、独断で魔法を放った所為で、先走ったジョニィを危うく丸焦げにするところだった。文字通りのフレンドリーファイアだ。
『グオオオォォォーッ!』
威嚇突進とやらを繰り返していた狂熊が、聞く者の魂を凍らせてしまうような咆哮を上げ、これまでにない速度で迫って来る。
「火球〈ファイアボール〉!」
そこへ狙いを定めたドロシーが得意の魔法を放つ。味方を巻き込まないよう、大声で技名を通知することを忘れない。
『ギャオォォンッ!』
正面から火球〈ファイアボール〉が直撃し炎に包まれる狂熊。
あれほど憎らしかった魔法が、味方のものとなるとなんと頼もしいことか。
(仲間っていいな……)
ドロシーは続けて二度三度火球〈ファイアボール〉を狂熊に容赦なくぶつける。
(うわぁ……同じ魔法使いと敵対した者として、狂熊には同情するよ)
だがしかし、タフな狂熊の勢いは衰えず、体毛を焦がしながらドロシー目掛けて突進を続ける。
(なんつー生命力だよ!)
現実の熊も銃弾一発では仕留められない場合があるらしい。
一般のピストルなどではまず火力不足で、分厚く頑丈な頭蓋骨や毛皮と筋肉により銃弾が阻まれてしまう。
より強力なライフルを用いたとしても、急所を見極め正確に狙う必要があるのだとか。
狂熊ともなれば、銃弾どころか魔法の1つや2つくらい耐え得るというわけか……。
「戦士の出番だな……!」
オレは敵味方両者の間に割り入り、長剣を正眼に構える。
(こんな魔物に単身で立ち向かえって、相当な無茶ぶりだよな)
オレと決闘し、その実力を垣間見たドロシーでなければ、まず下さなかった指示だ。
『ガァォォオオオオッ!』
目の前まで来た狂熊は、直立すると己の巨体を強調して、オレを威圧する。
(で、でけぇ……! やっぱり怖えぇ!)
猛獣と対峙し、草原を駆け被捕食者であった太古の記憶が呼び覚まされる。
計算や理屈ではなく、心持だけでは抑え切れない恐怖。それが再び頭をもたげるが構えは解かない。
「よぉし、やるぞ!」
虚勢であっても勇気は勇気。
剣を上段に構え、力を込めてその場で振り下ろす。凄まじい風圧により足元の地面が抉れ、狂熊がたじろんだ。
『ギャオッ!? グルルルル……グガァ!』
どちらが格上の存在なのか行動で示したつもりだったが、しかし、それでも狂熊は戦意を失くさない。
ぞろりと生えた牙を剥き攻撃の態勢に入る。
(野生の勘はどうしたよ! 狂熊とは言ったものか……)
『グガアァァッ――!』
空気を唸らせ振るわれた凶悪なベアクローを。オレは強化した長剣の側面に掌を添え、盾のように使って受け止める。
『グガッ! ググッ! ブフウゥゥッ!』
ナイフのように鋭い爪と長剣が擦れ合い、ギシギシと嫌な音を鳴らせる。
鍔迫り合いになり、狂熊と間近で向かい合うと生暖かい鼻息がオレの顔に掛かった。
「どうした熊公。相撲がご希望か? 力比べなら負けねぇぞ……!」
魔物とはいえ命を奪うことに思うところはあるが、こいつは人間を襲う個体だ。
逃がしてしまえば、きっと他の旅人が犠牲になる。
「……八卦よぉい……――ぅおりゃあァ!」
瞬間、オレは前身の筋力を爆発させ狂熊を押し出す。
前脚を跳ね上げ、無防備になった首元目掛けて長剣を突き出そうとした、その時――。
「キャアアァァッ!!」
耳をつんざくような悲鳴が上がり、戦況の変化が知らされた。
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