ep.36 閑話休題~出立
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
(……美味かったなぁ、子豚の丸焼き……――じゃなくて!)
「お嬢様……てっきり、旅の同行はもう諦めたんだと思ってましたよ……」
あれだけ老執事から口酸っぱく言われても、めげすに冒険に付いて来ようとする、そんなマティルダの行動力に、オレは呆れてしまう。
「私、こう見えて諦めが悪いほうですの。そんなことよりも貴方様! 他人行儀な呼び方はやめてくださる? 普段のように親しみを込めて……いいえ、愛をこめてマティルダとお呼びくださいまし」
「いや、だって、やっぱり世間体というものが……」
相手は貴族のご令嬢だ。表だって気安く話してたりして、誰かに咎められたりしないだろうか。
今でこそ屋敷の中ではため口を利いているけど、出会った当初はマティルダのことを様付けしていた。
しかし、そんな風に……そう、他人行儀に接するとマティルダが機嫌を損ねてしまうから、男爵から敬語の禁止令が下されたのだった。
(同年代の子だし、タメ口の方が話やすいけど、でもなぁ……実際どうなんだろ)
油断してたら不敬罪。裁判をすっ飛ばして、即刻打首獄門なんて事態にはならないだろうか。
娯楽が少ないあまり、罪人の処刑が見世物になるような時代だ。庶民の人権などないに等しく吹けば飛ぶ。
「マティルダ? ……ふむ、◇◇男爵のご息女か……」
「(マティルダのフルネーム)様! オレ、ジョニィって言いやす! お見知りおきを!」
予期せぬ大物の登場に戸惑うドロシーと、それを押しのけて前のめりに自己紹介をするジョニィ。
「ええ。よろしくお願いいたしますわ」
2人に敬われて、マティルダは金ぴかの巻き髪を得意げに払う。
「おいおい、あのマティルダ嬢だぜ……どうするよ、俺……!」
どうやらジョニィはマティルダに憧れを抱いているらしく、興奮気味に呟いている。
「(マティルダ)様。意気込んでいるところに水を差すようで恐縮ですが、あなたを連れていくわけには参りません。これから赴くのは危険が付き纏う冒険であり、もし御身に何かあれば我々の首が飛ぶ。貴族の方々が興じる狩りとは違うのです。どうかご理解ください」
ドロシーが仲間を代表して、正当な理由からマティルダの同行を丁重に断る。
重ねて言及するが相手は貴族のご令嬢だ。野山を連れ回すなど非常識極まりない。
「あら、遊びのつもりはありませんわ。だって何を隠そう、依頼の依頼主はこの私ですもの」
するとマティルダは引き下がるどころか、しれっととんでもないことを宣う。
「ほう……それでは護衛対象の薬師というのは……」
「こう見えて私、薬学の知識がございますの」
「なんということだ…………」
まさに非常識極まりない展開に、ドロシーは呆気に取られる。
(そうか。お嬢様趣味と思ったけど、あのガーデニングは実益も兼ねていたのか)
男爵家の広い敷地内には種々様々な植物が植えられており、マティルダは暇さえあればその手入れをしていた。
こちらの世界のことを、いろいろと教わる礼にオレもよく手伝ったものだ。
「さあ、それでは改めまして……いざ、出発ですわっ!」
「ま、待ってくれ! やっぱり危険だ。男爵はこのことを了承しているのか? もしマティルダが怪我でもしたら、どう説明したらいいんだ……」
頭を抱えているドロシーに代わって、オレは先走るマティルダを慌てて静止する。
「お父様でしたら、そう反対しないのじゃないかしら。だって貴方様が一緒なんですもの。むしろ心配なのは爺やの方ですわね」
(ホントだよ……あの人に知れたら小言じゃ済まないぞ……)
「安心してください、マティルダ様! 例え小鬼の雨が降ろうが、大鬼の槍が降ろうが、俺が! この俺こそが! 必ずやあなたを守ってみせますから!」
高嶺の花たるマティルダを前にして、ジョニィが新人冒険者らしからぬ大口を叩いた。
「頼りにしてますわよ、貴方様」
息巻くジョニィを尻目に、マティルダはオレの隣に並び腕を絡めてくる。
「ぐぎぎ……! いい気になるなよ! お前なんか、ちっとばかし出会いが早かっただけなんだからな!」
渾身の自己アピールが空振りに終わり、歯噛みするジョニィ。オレのことを恋敵と勝手に認定して対抗心を燃やす。
サークルクラッシャーマティルダ姫の誕生である。
「やはり仲間に特定の女性を加えるのは不和の元だな」
そんなオレたちを一歩引いたところから眺め、興味深そうに頷いているのはドロシー。
「私は違うぞ。女である前に魔法使いだからな。色恋にうつつを抜かしている暇などはない。もはや、魔法と結婚しているようなものさ」
オレが言わんとしていることを察したドロシーは、先回りしてそれに答えた。
「……それで? 結局どうするんだ、リーダー。お嬢様は冒険に乗り気だぞ……って、リーダー?」
「依頼の取り消しと生じる違約金の支払い今月の研究費は食費を切り詰めこの間手に入れたマジックアイテムを売却したとして差し引き残高はやはり欲しかったあの魔導書は諦めねばなるまい男爵の家まで送り届けていやあるいは連れて行く場合報酬とリスクは――――」
ドロシーは顎に手を当てて、お得意の高速詠唱で懐事情の計算を始めている。完全に自分の世界に入り込んでしまっていた。
「おーい、ドロシー、おーい」
目の前で掌を振って視線を遮ってもドロシーは深淵より戻ってこない。
仕方ないので多少雑に肩を揺すった。
「えっ、あぁ、そうだな……………………時間が惜しい、出発しよう」
(あ。さては面倒になったな。うんうん。わかるよ、その気持ち)
ドロシーは空に流れる雲を見上げて考えること数十秒。突然結論を下した。
「なに、いざとなれば君がいる」
「えー……」
(結局オレに丸投げかよ……)
市場の営業開始を告げる鐘が鳴る。
かくして一抹の不安を抱えたまま、一行は町を出立するのだった。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
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