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烙印者 Prequel ~空白の1ページ~  作者: 日月
第3章 旅立ち
35/43

ep.35 晩餐と祝辞

拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです

 話はオレが試験に合格し、晴れて冒険者と認定された日の夜まで遡る。


『ハァーッハッハッ! いやはや、さすがは救世主殿だ! よもや試験官と決闘し、合格を勝ち取るとは! まったくなんたる豪胆さよ!』

『本当ですわね、お父様! これで貴方様もひとかどの冒険者……では、さっそく籍を入れましょうか!』

『えー……』

(では、じゃないが) 

『なっ!? お嬢様! それは、いくら何でも性急が過ぎますぞ!』


 オレは男爵家の皆に事の顛末を報告し、盛大に祝福される。

 食卓に並ぶ料理の数々はいつもに増して豪華で、テーブルの中央には子豚らしきものの丸焼きが鎮座している。様々な下処理に加え、焼き上がるのに5~6時間ほど掛かるという非常に手の込んだ一品だ。

(うおお! スゲェ!)

 こんなダイナミックな料理は、世界中の食材と料理が集まり、飽食の時代といわれた向こうの世界でも、滅多にお目に掛かれない。

 湯気を立てている出来立ての子豚の丸焼きは、ウサミミ給仕さんにより丁寧に皿に取り分けられ、オレの目の前に運ばれてくる。至れり尽くせりだ。

 いざ実食。期待を込めてさっそく一口……。

『美味い!』

 外の皮はパリパリ。中の肉はジューシー。成長途中の子豚だけあり肉質は格別に柔らかく、口の中でホロホロと繊維が解ける。

 今朝絞めたばかりとのことで抜群の鮮度だ。臭みなどは全くない。嚙む度に上質で芳醇な脂が滴る。

 また適度な塩味と仄かに香るニンニクとスパイスがアクセントとなり、食欲を増進させる。皿へ伸ばした手が止まらない。

(こんなのファーストフード店じゃ食べられないぞ!)



『むぐっ……そ、そうだ。それでさっそくなんですが、近々冒険に出る予定なので、日取りが決まり次第知らせますね』

 絶品の子豚の丸焼きに舌鼓を打っていたオレは、まだ報告の途中だったことを思い出し我に返る。

『おお、食欲――ではない、意欲旺盛であるな! たいへん結構! 冒険に入用があれば、彼に言うとよい』

『何なりとお申し付けください』

 気前のいい男爵に釣られて老執事に視線を移すと、温和な言葉とは裏腹に厳めしい顔でジロリと睨まれる。

『あ、ありがとうございます……』

(これは頼みにくいなぁ……)

『これから忙しくなりますわね。(わたくし)もいろいろと準備しなくては』

『準備?』

(と言うと、やっぱり挙式の準備とか? まいったな……)

『くふっ、それは当日のお楽しみですわ』

 なにやら含みのある物言いのマティルダが、忍び笑いをもらしている。

 こんなふうに隠すくらいだから、きっとろくでもない企みに違いない。

『お嬢様。まさか彼の旅に同行しようなどとお考えではないでしょうな』

『えっ!? ま、まままさかぁですわっ!』

(嘘が下手くそか)

 片眼鏡(モノクル)を鋭く閃かせる老執事により、腹積もりを看破されたマティルダがわかりやすく動揺している。ナプキンで口元を拭う素振りをして顔を隠すも目が泳いでいた。

『いけませんぞ、お嬢様! ピクニックではないのです! 町の外には危険な魔物(モンスター)其処彼処(そこかしこ)に生息しており、先日の大鬼の件もまだ記憶に新しいのに――』


『救世主殿もどうだね?』

『え……』

 くどくどと説教を垂れる老執事はさておいて、オレは男爵からワインらしき酒を進められる。

『いえ、たぶんオレは未成年なので……』

『うん? 祝いの席だぞ、少しくらいよいではないか。このワインは秘蔵の一本でな。その清らかな味わいは生産地の水に秘密があるらしい』

(ああ、そうか。ひょっとして時代が時代だけに、飲酒の年齢制限がないのかもな)

 昔の西洋では安全な飲み水の確保が難しく、水の代用として腐敗しにくい酒の類を飲んでいたと小耳に挟んだことがある。

 子供の頃から日常的に飲酒している人たちからすれば、年齢を理由に飲酒を断るオレは奇異な人間だろう。

 男爵家ともなると敷地内に井戸があり、飲み水も提供されていたので、今の今まで考えもしなかった。

(男爵は愛飲家だし、マティルダもごく当たり前に飲酒してるんだよな……)

 正面から女性の年齢を尋ねるようなことはしないので、実は若く見えるだけで、自分より年上なのかな、くらいにしか疑問を持たなかった。

 逆も然り、西洋人の年齢は東洋人からするとわかりづらい。

(いや、待てよ……彼らには魔法があるんだし、飲み水を生成するくらいわけないんじゃないか? それとも……)

 魔法使い(ウィッチ)いわく魔法も有限だ。水魔法を使える者にわざわざ頼まなければならないし、酒の方が安価なのかもしれない。


『ああもう! ああもうですわ! 口うるさい爺やのお説教はもう沢山!』

『おっと!』

 長々とお説教を受けていたマティルダは、両の耳を塞いで助けを求めるようにオレに(すが)り付く。

『何をおっしゃいますか! 爺はお嬢様の将来を思って――!』

『ハァーッ、ハッ、ハッ! 結構、結構! さぁさ救世主殿、乾杯といこうではないか!』

 一方にしなだれかかるマティルダ。もう一方に酒が注がれたグラスと、オレは身動きを完全に封じられる。

(かつてないピンチ……なのかもしれない……)

 ――お陰様で大金と彼女を手に入れました! ウハウハです!

 冴えない男が、ワイングラスを片手に美(小)女を侍らせる。

 雑誌の怪しい広告のような、子供の教育上よろしくない構図の完成だ。

(マジで勘弁してくれ……確か飲酒法は、現地のものが適応されるんだっけか。でもなぁ……)

 この国の法律が20歳未満の飲酒を許可しているのだから、現地に滞在している限り、オレも飲酒は許されるはず。

 けれど小心者のオレは、男爵のお酌を酒に弱いという理由で丁重にお断りした。

(酒の強さは慣れだって話だし、弱いのは事実だろうな)

 冒険者合格記念のめでたい祝いの席は、口うるさい爺やこと老執事の説教と吞兵衛(のんべえ)こと男爵のアルハラで賑わったのだった。



 晩餐が終わり、男爵親子がそれぞれの自室へ戻ると、老執事の指揮で使用人たちは後片付けに取り掛かる。

『オレも手伝いますよ』

 食堂に居残っていたオレは、ご馳走されてばかりでは悪いと思い、懲りずに手伝いを申し出るも――。

『いいえ、結構。これは我々の務めですので。本日の主役である貴殿の、お手を(わずら)わせるなど執事の名折れです』

 やはり老執事にきっぱりと断られてしまう。

『そうですか……』

 オレがなおもその場に留まり、流れるような動きでテキパキと作業をこなす使用人たちに見惚れていると、こちらの意図を汲んでくれた老執事が話し掛けてくる。

『何か御用ですかな?』

『その……ちゃんとお礼を言ってなかったなって……いろいろと便宜を図っていただき、ありがとうございましたッ!』


 こちらの世界に飛ばされてから向こう、男爵親子はもちろんとして、使用人の方々にもお世話になりっぱなしだ。

 だからこれを機に、この場に居合わせた全員に届くよう、オレは体育会系に負けないくらい大きな声で感謝の言葉を響かせた。

『礼には及びません。我々は我々の仕事をしているまでです』

 突然の大声に使用人一同は一度手を止めるが、老執事が冷静に返すと、何事もなかったかのように作業を再開する。

 老執事の言葉通り、彼らは彼らの仕事をこなしているだけで、礼を言われる機会などあまりないから戸惑っているのかもしれない。

『ハハ……』

(皆、けっこうドライだよな……オレの気持ちはちゃんと伝わっているんだろうか……)

 感謝を行動で示そうとしても断られ、言葉に表してもリアクションは薄い。

 プロフェッショナルな彼らは、使用人として線引きしているのだろうけど、常に一方通行のコミュニケーションに不安を覚える。


『――そうですね、いい機会ですし……ひとつ、前途のある若人に老婆心ながら助言いたしますと……』

『え……あ、はい!』

 老執事から普段と違う雰囲気を感じ取り、オレは姿勢を正す。

『少年。他人に頼ることは勇気が要るが恥ではない。独りの力では立ち行かなくなったとき。そのときは、周囲の人間に力を借りなさい。遠慮など不要。月並みな言葉だけれど、人は皆支え合って生きているのだから』

 それはオレの礼に対する答えだろう。老執事は執事の仮面を外し、いち個人として誠実な対応をしてくれた。その口調も、普段の形式ばったものよりずっと柔らかい。

『ひょんなことから、私があなたを頼ることもあるやも知れませんしね』

『――ま、任せてください! もし皆さんが魔物に襲われたときは全力で守りますよ!』

 親切な皆を傷つける奴は許さない。大鬼(オーガ)だろうとドラゴンだろうとぶっ飛ばしてやる。未熟なオレが今できることなんて、きっとそれくらいだ。

『不吉な……そんな日が来ないことを祈ります』

 オレの突拍子のない発言を受けて、魔物に襲われている状況を想像してしまったのかもしれない。老執事は顔を引き()らせ、使用人の方々はクスクスと忍び笑いをもらす。


『この際なのでもうひとつ、人生の門出を迎える若人に餞別(せんべつ)の言葉を』

(あ、ひとつじゃないんですね……)

 老執事は興が乗ったのか、冒険者の職に就いたオレに助言を続ける。

 人生経験豊富なお年寄りはとにかく話好きだ。若者だって含蓄(がんちく)に富む話は為になるので好きだ。……頭ごなしの説教はともかくとして。

『今更、頑張れなど野暮なことは言いません』

 ときとして、強い言葉は人を縛る呪いになる。人はこの世に産声を上げた時から一生懸命なのだ、と老執事。

『楽しみなさい。晴れの日も。雨の日も。日々の瞬間を大切にして、人生を楽しみなさい。元より人生に意味などはない。何かを成し価値を見出すかは……いいえ、例え何も成せずとも、全てはあなたの心持ひとつです』

 そう言って老執事はエールを送るように、オレの肩を軽く叩いた。

『意外ですね……ああ、いやその、世間様に胸を張れる立派な働きをしなさいとか説教されるのかな、と思ったので』

 昔気質な老執事に似つかわしくない柔軟な思想だった。

『尊敬する主に仕え陰に徹する。私こそが何も成さなかった人間ですから』

 なるほど。使用人の仕事というのは、誰かと成果を競ったり、何か大きな目標を達成したりして、世に偉業を残すものではなく、そういった職業に就く彼だからこそ至れる境地というわけか。

 でもだからこそ、だ。普段の杓子定規(しゃくしじょうぎ)な執事姿とのギャップに困惑する。

『ですが、私はそんな生き方に充足感を得て、素晴らしいものだと考えています。他者への情けは巡り巡って自分の為にもなり、そういった生き方も立派な――……おぉ、そうか。年齢を重ね、私はこんな簡単なことも忘れてしまっていたのか…………』


 顔に閃きを走らせた老執事は、しばしの黙考を挟みおもむろに頭を下げる。

『先日の就職活動の折、あなたへ向けた非礼をお詫びいたします。旦那様がおっしゃられたとおり、冒険者を志す者を否定するべきではありませんでした』

『そ、そんな、頭を上げてください! オレが生意気だったんですよ! もう全然気にしてませんし!』

 自分より何倍も年上の人物に頭を下げられている、そんな状況にオレは萎縮してしまう。

(皆の視線が刺さる! 針の毟ろだろ……)

『少年には、逆に私が教えられてしまいましたな』

 なんだかよくわからないが、老執事はひとりで納得して、付き物が落ちたように穏やかな表情を浮かべている。

『? いえ、こちらのほうこそ、とても勉強になりました。ありがとうございます――スチュワァハトゥ(訳スチュアート)さん!』

 不仲だった老執事と和合を果たし、オレはここぞとばかりに彼の名前を呼んだ。

『発音が怪しい。落第ですな』

『あ、はい……』 

 瞬間、老執事は片眼鏡を鋭く閃かせると、普段の仕事モードの顔に早変わりし手厳しい採点を下した。

 心の距離が縮まったような気がしたのは、オレの勘違いだったのかもしれない。

『ただ、まあ、今日くらいは及第点にしておきましょうかね』


 老執事はそう呟くと、好好爺(こうこうや)微笑(ほほえ)みを浮かべるのだった。



ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます

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