ep.34 冒険の夜明け
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
いよいよ初めての冒険当日を迎えた。
(昨夜は、なかなか寝付けなかったな……)
まるで遠足前の小学生のように、オレの胸は期待に高鳴っている。
早朝の澄んだ空気を独り占めにして大きく深呼吸。
まだ日が昇り切らず、少し薄暗い町の出入り口の脇で、ラジオ体操なんかしちゃったりして、出発の時を心待ちにしていた。
(記憶を失くしても、やっぱりこういうことは、ちゃんと体が覚えてるな)
人格を形成するエピソード記憶は欠落してしまったが、事物の名称や現代社会の常識などの意味記憶、歩行や体操といった運動記憶は健在だ。
(この世界では見掛けないけど、きっと自転車にだって難なく乗れるはず)
ラジオ体操第一と第二をキビキビとした動きで滞りなく進める。
続けてラジオ体操第三をしようと構えたところで、自動化していた動きがピタリと止まった。
「…………」
(あ……たぶん、この先は習ってないわ……)
至急求む。ラジオ体操第三の方法か動画。
程無くして、パーティメンバーの二人がやって来た。
見た者のMPが削られそうな感じの、奇々怪々な創作ダンスをしていたオレは、怪訝そうな顔を浮かべる魔法使い改めドロシーと、のっけから人を嘲笑する軽薄男改めジョニィと挨拶を交わす。
(おのれジョニィ……精々背後には気を付けろよ……)
何をするのも時間にルーズな世界だけど、日照時間は旅の進行を左右し安全にも直結するので、冒険となれば話は別のようだ。
「いよいよだな」
「腕が鳴るぜ!」
「準備は万全か?」
町の大通りから外へ続く街道の境目に立ち、両翼にドロシーとジョニィが並ぶ。
オレが二人の名前を覚えたのは、つい先日のこと。慣れない横文字を無理やり頭に叩き込み、それでもネイティブからすると少し発音が違うらしい。
「ドゥロ、シ……ド、ロォーシィ! ドロ……」
「呪文の練習か? 君には小魔力が無く魔法が使えないというのに、見上げた向学心だな!」
「い、いや、それほどでも……」
発音の練習をしていたところ、魔法の呪文を詠唱していると勘違いされ、明後日の方向からドゥロォシィーッに誉め言葉を送られてしまった。
気持ちが高ぶっているせいか、どうにも挙動不審なオレだ
これから冒険だというのに、本当にいたたまれない。
(それにしても日常会話は普通に通じるのに、ものの名称となると怪しくなるから不思議だよな……)
そもそも異世界人であるオレの言語が、現地人の彼らに通じていること自体が不思議である。
「出発を前に依頼の確認をしておこう」
パーティのリーダーを担うドロシーが、羊皮紙の地図を広げて旅の大まかな計画を説明する。
「本依頼は依頼人である薬師の護衛だ。△△山脈の麓に自生する薬草の採集を目的とし、道中、野党や魔物に出くわした場合、我々がその排除を請け負う。目的地までのルートはここに記してあるとおり、順調にいけば日没までには帰れるだろう」
依頼の受注手続きから周辺地域の調査まで、冒険に必要な諸々の準備をドロシーは一手に担ってくれていた。
こちらの世界に来てやはりまだ日が浅く、冒険のいろははおろか、社会常識に疎いオレにとって、とてもありがたい存在だ。
「気前のいい依頼主でね。報酬は期待していいぞ」
「おぉ、マジかよ……やったぜ!」
現金なもので、仲間の結成当初、リーダーをやりたいとうるさかったジョニィも、彼女の手際のよさに舌を巻いているようだ。
「隊列は私と依頼主を挟み……前衛に君、後衛にジョニィを置く形だ」
「ここから始まるんだな……この俺様、ジョニィ伝説の1ページが!」
ジョニィはそう高らかに宣言すると、新品同様の輝きを放つ短剣を天へ掲げる。
旅の支度を整えるため、共に市場を歩いたオレは知っている。ジョニィが得意になって振るう短剣は、軍資金が足りず長剣が買えない貧乏人が行き着いた、セール品だということを。
(伝説の1ページも、先立つものがなけりゃご覧の有様か……まったく世知辛いぜ……)
かくいうオレの武器も大した物ではない。組合から新米の冒険者に格安で貸し出される、使い古された長剣だ。
主なスペックは――
筋力補正D 斬撃+5 刺突+4 打撃+3 重量D+ 付与:切れ味持続
――といったところか。
ジョニィ同様に軍資金が乏しく、まともな剣の一本さえ自前で用意できなかったオレだけど、実は冒険者試験の合格祝いとして、男爵からそれはもう立派な剣を贈られていた。
それだというのに、いざ冒険当日にレンタル品の長剣を腰に下げているのは、いつまた圧し折るとも知れないので、頂いた剣は謹んで返上したからだった。
ちなみに貴族から剣を下賜されるだなんて、儀式めいた感じがするけど、男爵が言うには単純に冒険に必要だろうという理由と、ちょっとした縁起物を渡す程度の気持ちで、オレが身構えるような堅苦しい意味はないそうだ。
決して既成事実を作ろうなどという下心はない、としつこいくらいに念を押された。
(もし戦闘中に折ってしまっても、安物ならショックも小さい……いや、いったい何と戦っているんだろうな、オレは……)
身寄りがないオレだから、金銭のことばかりに囚われている気がする。貧すれば鈍する。よくない傾向だ。
(それは、さておき)
正直な話、自分の拳より脆い武器を装備することに疑問がある。振るう度に耐久力を気遣うくらいなら、いっそのこと最初から素手で格闘した方が気が楽だし、強いのではないだろうか。
そういった旨を男爵に相談したところ――。
『ふむ……我ら一家は救世主殿とひとつ屋根の下で生活をして、善人であることを理解しておるが、初対面の者は、そなたの剛力に恐れ戦くやも知れぬ。無用な軋轢を避けたくば素手で大鬼の頭蓋を砕く、などといった芸当は控えたほうがよかろう』
いくら強いからといって蛮族のような戦い方をしては台無しだ。
怪物を倒すのはあくまで人間であって、怪物であってはならないのだ。
『魔物に勝つのは大前提として、勝ち方も重要だ』
それは単に恰好付けるとかの話ではなく、戦士としての品格の話。
『種として脆弱な人間に生まれながら、強力な魔物を倒せる域まで到達した者、すなわち超越者は、当然その魔物よりも強力な存在であり、見る者によってはそこらの魔物よりも脅威に写る。ゆえに、超越者は皆の味方であるという、高潔な振る舞を求められるのだ』
――という助言をいただいた。
オレにとっては脆い武器でも、それを装備することで力の抑制には役立つし、戦士として一応の体裁は保たれるというわけか。
(人外のパワーを持つオレの人間アピールだ。……あの決闘のとき、素手で臨まなくてよかった……)
今更ながら、亡き模造剣を寄こしてくれたジョニィに感謝だ。
そんなことを考えながら、素振りをしているジョニィを見やる。
ジョニィは、得物の短いリーチがどうもしっくりこないようで、刀身を睨みつけブツブツと不満を垂れている。
「下らない見栄なんか張らずに、お前もレンタルすればよかったんだ」
「バッカ! 初陣をキメめる相棒が借り物じゃ、それこそカッコ付かねえだろうが!」
「その相棒が気に入らないんじゃあなぁ」
「うぬぬ……!」
ジョニィは自分の短剣とオレの長剣を見比べて、後悔の念を滲ませている。
すると、そんなジョニィをよそにドロシーが耳打ちをしてくる。
「実は、このパーティ編成はベターであってベストではない。というのも私がジョニィの能力に懐疑的だからだ。彼は身体能力は人並み、魔法にいたっては並み以下で、特に戦闘の訓練を積んだ様子もない凡夫だ。実戦に参加させることに不安があるよ」
(し、辛辣だな……)
「そうか……まあでも、後ろに下がらせておけば、この旅の間くらいなんとかなるだろ」
「前衛は言うまでもないが、実は後衛も同じくらい危険なんだ。野党や野生動物は、獲物を背後から襲う習性があるからね」
だからこそ、ドロシーは編成に頭を悩ませているのか。
ゲームのように、体力面に難があるキャラは後衛に並ばせておけば、敵のヘイトが向きにくくなって安心、というふうにはいかないらしい。
「ジョニィにとってここが登竜門だ。この依頼をとおして、彼が今後も冒険者としてやっていけるのか決まる……最悪の事態も覚悟しておいてくれ」
続けてドロシーは言う。新人冒険者にとって、もっとも死亡率が高いのは最初に受けた依頼に挑んでいるときなのだ。緊張と興奮から動きを鈍らせ、経験不足から自分の実力を見誤るのだと。
「オレも新人なんだけど……」
ドロシーはジョニィのことばかり気に掛けているが、オレも初めての冒険を前に緊張している。
「私に勝利した君だぞ? 心配はしていないさ」
ドロシーはそう言っていたずらに笑う。
放任されるのは信頼の裏返しだろうか。
決闘以前のように侮られるのは癪だが、過信されるのも困りものだ。
冒険のいろはを知らないオレが、ドロシーにしてみれば想定外の凡ミスを犯さないとも限らない。
「いいや、この際武器は関係ねえ!大事なのはハートよ、ハート!」
ジョニィは短剣を手に散々ぱら悩んだ挙句、無理矢理にでも自分を納得させて、出発の音頭を取ろうと拳を掲げる。
「よぉし! いざ、出――!」
「出発はまだだぞ。依頼主の薬師が来ていない」
冷静なリーダーによって、勇み足のジョニィは出端を挫かれる。
「んだよもう! 人がせっかく気分を新たに――」
「いざ、出発ですわっ!」
「ほぁ!?」「だ、誰だ?」
「マ、マティルダ! どうしてここに!?」
パーティに割り入り、不意に現れたのは誰もが予想だにしなかった人物。◇◇男爵ご令嬢のマティルダだ。
「どうして? 私も貴方様に同行するからに決まっていますわ」
「あ、あの話は本気だったのか――――」
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