幕間~暗雲~冒険者組合長殿へ
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
雌雄は決した。
前触れもなく始まった二人の若者による決闘は、激闘の末に幕を閉じた。
辺境の町にある訓練場は、今や熱狂の渦に包まれている。その勢いたるや、帝都にある闘技場に迫る程だ。
普段、娯楽の少ない生活を送る中、思いがけず立ち会えた催し物に観衆は沸き、惜しみない拍手が送られていた。
二人の名闘士を称え取り囲む観衆より、少し離れた後方。訓練場の隅でこの闘いの行方を見守っていた人物が居る。
垂れ下がったイヌミミと細い尻尾。現代でいうところの闘犬ピット・ブルの特徴を持つ獣人。
卵型の禿頭が人目を引く、50歳前後と思しき男性。
ピークが過ぎてなお、鍛え抜かれた屈強な肉体は健在であり、至る所に走る無数の傷跡は、歴戦の猛者である証。
この町の冒険者を取り仕切る長。冒険者組合、組合長である。
「ガハハハハッ! いやはや、まっこと御見逸れした! 見事ッ! 天晴ッ! 愉快ッ! 痛快ッ!」
豪快な人物で知られる組合長は、顔を皺くちゃにして唾を飛ばしながら盛大に笑う。
「見たかね、ンリッチィャアァードゥ(ネイティブ発音)君! 彼らが繰り広げた熱戦を! こんな田舎じゃ滅多にお目に掛かれないぞ!」
いまだ興奮冷めやらぬ組合長は、隣に控える秘書の肩をバンバンと思い切り叩く。
「痛い。痛い。痛いです。組合長」
文字通りのパワハラ(物理)を受けても、秘書官はビジネスライクな対応を崩さない。
ただ生来の真面目を表現したトレードマークの髪型。前髪を糊で固め、現代でいうところの七三分けが崩れることが気掛かりのようで、抑揚の乏しい声音で抗議した。
「かの七星英雄の再来と謳われた組合長が、そこまで褒めるだなんて、よっぽどですね」
かつて人々を恐怖の渦に陥れた魔人を討ち、世界を救ったと伝えられている7人の傑物、七星英雄。
組合長は現役時代、多くの戦場で武功を挙げ、御伽噺の英雄に匹敵する戦士だったと称されている。
「よしてくれ若気の至りだ。英雄に届いていたら、辺境の組合長なんかにゃ収まっていないだろう」
見え透いたお世辞を言う部下に、組合長は苦笑いを浮かべつつ古傷を摩る。
「少年の彼は……その、名はなんといったかな……とにかく、いい戦士だ! まだ動きに迷いが見て取れるが、いずれ化けるぞ!」
組合長の疑問に答えるべく、秘書は手元にある受験者名簿に視線を落とした。
「名前は――おや、書類の不備でしょうか、記入されていません。まあ、男爵に推薦された人物なので問題ないかと。いずれにしても有望株ですね」
「ああ、あの勇往邁進な戦いぶり……昔馴染みを思い出すな!」
少年の勇士を見た組合長は、瞼の裏にある共に戦場を駆け抜けた友の姿と重ねる。
そうしていると、友に関連した追憶が押し寄せたが、飲まれる寸前のところでせき止めた。
まだ思い出に耽るほど枯れてはいない。その楽しみは、もっと先の老後の楽しみに取っておく。
「しかし、うちのエースが敗北を喫して、組合の看板に泥を塗られてしまったかたちでもあるのですが?」
「そこはむしろ、うちのエースに灸を据えてくれて感謝だな! なにせ近頃の嬢ちゃんときたら、メキメキと魔法の腕を上げ、天狗になっていたくらいだ。そも自分が運動音痴だからとって、戦士を目の敵にしているのがいかん。これを機に考えを改めてくれるといいんだが……」
驕り高ぶり無謀な冒険の先で命を落とす前に、此度の模擬試合で足を掬われてよかったのだと組合長は考える。
命があってこその教訓。
転んでしまったのなら、その痛みを糧にしてして、また立ち上がればいいのだ。
「てんぐとは?」
「うん? なんだ知らねぇか。ここより東の地に生息する魔物なんだが、珍妙な見てくれでよ。鼻頭がモップの柄みてぇにとんがって――って、毛ほども興味なさそうだな、おい!」
「魔物退治は業務外なので。私が関心があるのは専ら帳簿です」
完全インドア派かつデスクワークの秘書は、日々部屋に籠り書類の作成と整理に明け暮れている。
「いかんなぁ。いかんよンリッチィャアァードゥ(訳:リチャード)お前さんは人生損してるぜ! 俺が若い頃はそりゃあもう! そりゃあ、もう……そりゃあ……むぅ、最近の冒険者は、魔法に頼り過ぎていかん。ひと昔前までは戦士も十二分に活躍し、魔法使いと肩を並べたってぇのに!」
やいのやいのと秘書をからかっていた組合長は、ふと何かを思い出したかのように説教モードに突入する。
日頃、多くの冒険者と触れ合う機会が多い組合長は、最近の現役世代のある傾向に不満を抱いていた。
汎用の利く魔法を絶対視して、やれ将来性など、やれ費用対効果などを気にして、肉体の鍛錬や武術を疎かにする連中に物申す。
「心技体魔あっての冒険者だろう! 魔法の座学のみならず、日々肉体の鍛錬を重ねれば、より多くの実りを得て、より高みを目指せる! そう思わんか!?」
「いや、畑違いの私に言われましても」
冒険者のなんたるかを熱心に語る組合長は、渾身のマッスルポーズをキメて、隣に控える秘書に同意を求めるも肩透かしを食らう。話す相手を完全に間違えていた。
「ったくよぉ、最近の若いもんは――おっと、こいつぁうっかり! 若者を一括りに批判たぁ俺も歳を食っちまったもんだ!」
太古からある普遍的なフレーズ。一度、振るおうものなら、世代間闘争の火種に発展して、発言者はもれなく老害と認定されてしまう禁句。
それを、うっかり口から滑らせてしまい、組合長は我が身を省みる。
若い時分、散々親父に言われたものだと嫌気が差した。
「ガハハハハッ! 俺も親父に似てきちまったな! いよいよもって年貢の納め時なのかもしれん!」
組合長はこれまた盛大に笑い。疾うの昔に往生した親父譲りの禿頭をパシンと叩く。
「と、そうだ。試合観戦に熱中してたようなので、渡しそびれてました。組合長個人宛てに手紙が届いていますよ」
秘書が手元にある書類の中から、一通の白く上等な手紙を組合長に渡す。
「俺宛てに? 最近は珍しいな……暗い知らせじゃあないといいんだが……」
初老を迎えてはや幾年。組合長はそういった便りが増え始める年齢だ。
「ほーう。どぅれ……」
組合長は固く封の閉じられた手紙を、片方の眉を吊り上げ訝し気に裏返す。
「それ、差出人が書いてないんですよね」
「おぅ、これは――!」
久しく見なかった封蝋に、組合長の気が逸る。
その刻印は、まさしく戦場を共にした友による印。
冒険者を引退後、紆余曲折あって小国を治める王となった人物からの手紙だった。
「奴め、今度は何をやらかしたんだ? お互い、もういい年だろうに」
組合長は手紙を掲げ陽の光に透かせる。
友は王の務めとは別に、個人的な内容をしたためるときは、側近の目を盗んで、こうして手紙を寄こすことがあった。
そういった手紙は大抵、愚痴や失敗談など酒の肴になるような取り留めのない内容なのだった。
組合長は、秘書から手渡されたペーパーナイフで手紙の封を切ると、さっそく読み始める。
楽し気に細められた目が、文章を追うごとに段々と険しいものへと変わっていき、やがて全文を読み終えると、その大きな掌で手紙を握り潰してしまった。
「……て、手紙にはなんと?」
陽気な組合長に珍しく不穏な様子に、個人宛の手紙の内容を尋ねるなど、非礼と知りつつも秘書は問わずにはいられなかった。
「世の中にゃ、個人の力が及ばない知らねぇほうがいいことがあるよな」
「え……」
組合長は顔に影を落とし、低いトーンでぽつりぽつりと話し出す。
「女房の前夫……手前が死ぬ日の天気…………それと魔人の復活とかな」
「御伽噺ですか……? ど、どういう……その手紙が……?」
組合長は答えない。
肯定にしろ、否定にしろ、言葉にしてしまえば悪い予兆が形を成し、現実のものとなってしまう気がして……。
「――来たか。とうとう始まるんだな……」
はたしてその手紙は、組合長が最初に案じた以上の暗く重苦しいものだった。
…………世界の命運を揺るがす程に。
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