ep.23 本日のご朝食は身の振り方でございまs
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
「オッホン! ……おやめください、お嬢様」
積極的が過ぎるマティルダにオレがドギマギしていると、横から行儀の悪さを諫める声が割り入る。
「嫁入り前の娘がはしたないですぞ」
数十年に渡り男爵家に仕えており、使用人のまとめ役兼マティルダ嬢の教育係も務めている、老執事が忠言を述べる。
ちなみにちなみにちなみ、この老執事――――人間である。
ロマンスでグレーな頭から新鮮なネコミミが生えてたり、短くまん丸ふわふわの尻尾が付いたヒップをフリフリと揺らしたりはしない。
正真正銘の人間種である。
その事実に、心の底から安堵しているオレがいる。
(これは、もっと精進する必要がありそうだ……好みとか訊いてみるか? ――いや、やめておこう。怒られそうだ)
仕事人間であり、頑固一徹の老執事は、誰かと雑談に興じる性格をしていない。
「そうだぞ、愛娘よ。そういうことは、きちんと籍を入れてからにしなさい」
対して寛容を通り越し、マティルダとオレの交際を推奨しているのは男爵だ。
「旦那様!」
「ハァーッ、ハッハッ!」
食堂に響き渡る老紳士の叱責は、男爵の朗らかな笑い声によってかき消される。
良くも悪くもおおらかな人柄の男爵は、人に何を言われようがどこ吹く風といった感じで、右から左へ聞き流してしまう。
(横暴な主人なんかもってのほかだけど、これはこれで気苦労が多そうだ)
長年、男爵に使えているという老紳士の心労を思うと同情を禁じ得ない。
「……いつも大変ですね」
「心労の一因である、貴殿に労われたくはありませんな」
屋敷に半ば転がり込むかたちで、世話になっているオレのことを、老紳士は快く思っていない。恩義に付け込み、年頃のお嬢様にたかる悪い虫とでも考えているらしく、何かと当たりが強かったりする。
「貴殿の境遇には同情いたしますし、旦那様方を魔物からお守りいただいたことには大変感謝をしております。もちろん旦那様のご客人とあらば、使用人一同、誠心誠意ご奉仕させていただく所存でごさいますとも、ええ」
老紳士は口調こそ丁寧であるが、内心の不満が言外に漏れ出ている。
「ですが、それとこれとは話が別です。どこの馬の骨とも知れぬ男にどうして…………どうしてっ、どうして大切なお嬢様を嫁がせることができましょうかッ!」
そして、ついには積りに積もった鬱憤をぶちまけた。
「あら、私、どこへも嫁ぐつもりはありませんわよ」
「うむ。一人娘を嫁がせては、我が一族が途絶えてしまうからな。それゆえに、救世主殿を婿養子に迎え入れるのだぞ」
マティルダがオレのことを夫のように呼ぶ一方で、男爵はオレのことを救世主などと大仰に呼ぶ。
「あの、当人の意思は……」
「お二方、いくらなんでも冗談が過ぎますぞ!」
「おや、また叱られてしまった。ハァーッ、ハッハッ!」
「うふふっ、爺やったら、あまり熱くなられては体に障りますわよ」
「……大変ですね」
「心労の一因である、貴方に――! ……まあ、よいでしょう。仮に、お嬢様に見合う男と言うのなら、せめて定職に就いて欲しいものですな」
(痛いとこ突くなぁ……)
「彼は将来的に、うちの家業を継ぐことになるのだから、別に今は働いていなくとも――」
「お嬢様は口を慎んでいただきたい。これは世間体という理由の他に、男として矜持。責任の問題です」
老執事の指摘は厳しいようでもっともだ。
オレは記憶喪失の療養という理由に甘え、女の家に転がり込み遊んで暮らしている。マティルダとお茶をしたり、ガーデニングを手伝ったり、本を読み聞かせてもらったりして、日々をのうのうと生きている。
そんなオレは世間から見て安逸をむさぼるヒモ男以外の何者でもなく、恰好悪いことこの上ない。
かつて軽蔑していた人種になり下がっている、そんな自覚はあるものの、人間は環境に流されやすいもので、一度堕落してしまうと自力で這い上がるのは難しい。
「…………ええと、それなんですけど……お願いしていた件、どうなりました?」
ウィークポイントを突かれ消沈しているオレは、それでもなけなしの根性をかき集めて、おずおずと掛け合う。
「就職の件ですな? 参事会に掛け合ってみましたが、残念ながら快い返答は得られませんでした。素性の知れぬ男を、重要な町の警備に採用するなど、土台無理な話です」
オレの懇願虚しく、老執事は不採用通知をピシャリと言い放つ
この世界に裸一貫で目覚めたオレは、町民権などは持っていないので、普通に就職活動をしても、まともな職には就けない。
ゆえに唯一絶対の人脈を頼り、老執事には仕事の斡旋をお願いしていたのだが、当てが外れてしまった。
持前の運動神経を活かして憲兵に志願したが、治安維持の根幹を担う職種だけに、男爵の後ろ盾があっても余所者は採用してはもらえなかったようだ。
「……オレに勤まる仕事はあるんだろうか」
「満足に読み書きができないのであれば、商いに携わるのは厳しいでしょう。職人に弟子入りするには、些か以上に歳を取り過ぎております。となると、残るは農夫くらいでしょうか。ただし農村で暮らす必要がありますが」
まったく異なる文化圏の世界からやって来たはずなのに、いったいどういうカラクリか、オレは現地語を理解し、現地人とも口語による意思疎通が滞りなく行えている。
しかし、これが読み書きとなると話が別で、単語が読めないどころか文字のひとつでさえ、まるで理解できなかった。
識字率の低い世界なので、日常生活を送るだけならさほど不便を感じない。
けれど、こと就職となるとやっぱり不利になるらしい。就ける職種は、必然的に単純作業の肉体労働に搾られるようだ。
「農業か……」
皿の上のパンを見つめる。
重要な仕事だとは思うけど、地味でたいへんそうなイメージがあり、正直なところあまり気乗りしない。
「却下! 断じて却下ですわ! 彼は病気療養中の身ですのよ! 記憶が戻らないのに町を離れるなど賛成できません!」
オレが農業に就く案に、誰よりも早くマティルダが異議を唱えた。
一見すると病人の身を案じているようだが、発言の裏にある真意は聞かずとも、この場に居る全員が看破していることだろう。
「……あの、他の選択肢はありませんか? わがままを言うようですが、オレとしてもまだ町を離れるのは不安があります」
「まったく、とんだ甘ったれですな」
老執事は片眼鏡の奥から侮蔑の籠った鋭い視線を覗かせる。
人間が歳月を経た樹木や建造物といった、歴史のあるものに敬意を抱くように、人生経験が豊富な人物もまた荘厳な雰囲気を醸し出す。
インテリで細身。荒事とは無縁の老執事であっても、年輪のように刻まれた皺を深くして凄まれると、結構な迫力があった。
「そもそも労働とは、文字通り労が伴うものです。楽して稼ごうなどという前提が間違っております」
老執事による頭ごなしの説教に、つい丸め込まれそうになるのは、オレの前身が平民の生まれで、骨の髄まで奴隷根性が染み付いているからだろうか。
(つまらない)
今や記憶を失くし、過去のしがらみもない。
せっかく再スタートを切った人生だ。もっと自由に、もっとわがままに生きてもいいじゃないか。
(甘ったれか……それの何がいけないんだ?)
例えば登山で、山頂へ至るのにきついコースと楽なコースがあったとして、後者を選ぶことの何が悪いのか。
ゴールが同じなのに、わざわざ険しい道のりを選んで、きつい思いをしている奴は、やってる感に満足してるだけじゃないのか。
(いや、登山の場合は挑戦することに意義があるか……論点は苦労を強要されるかどうかだな)
苦労と成果はイコールではない。Z世代として、過労を美徳とする前時代的な労働倫理に一石を投じたい。
「ひとつだけ、貴方でも就けそうな職業が残されております。募集要項が適当で採用基準が緩いがために、国を追われた傭兵や、脛に傷のある流れ者が集う賊業なので、お勧めできませんが」
散々な言い草だが、そこまで貶される職業というのも逆に興味をそそられる。
「そ、その職業というのは?」
「…………」
「うむ。冒険者だな」
身を乗り出すオレに対して、老執事は露骨に嫌そうな顔をして口を閉ざし、代わりに答えたのは男爵だった。
「冒険者――というと、あの冒険者?」
ファンタジー系の創作物によく出てくる職種であり、己の腕っぷしを頼りに世界を股に掛けるロマンジョブだ。
「あの、とは何を指してのことかは存じ上げませんが、凶暴な魔物の駆除や遺跡の盗掘などを請け負う、それはもう野蛮な職業です」
平和主義の老執事は、武力でもって事を成す者とは相容れないそうで、冒険者に対しての評価はすこぶる悪い。
「それは偏見というものだぞ」
老執事の開陳に異を唱えるのは男爵だ。人の上に立つ者として大様な精神で冒険者を擁護した。
「確かに荒っぽい連中も多いが、中には英雄と呼ぶに値する偉業を成す者もおる。職業に貴賤なしとは言ったもので、どの職業にも顧客とその笑顔があり、人に必要とされるからこそ成り立っておるのだ。パンを作り皆の腹を満たす者がおれば、歌を奏でて皆の心を満たす者もおる。誰もが己の役割を担い、この社会を支えている。自分にできることを自分の歩幅でやればよい。私はそう思うぞ」
そうして、労働について一家言のある男爵の温かい言葉によって、その場は締め括られた。
おじのケモミミは需要ありますか・・・?
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
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