ep.21 恋人ごっこ~お嬢様は恋に恋するお年頃
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
「遅いですわよ! さ、貴方様は、どうぞこちらに!」
食堂で待っていたのはマティルダ。ゆうに3家族は座れそうな、これまた無駄に長くて大きな食卓に着き、自身の隣席をオレに進める。
(目が冴えるな……相変わらず、すんごい巻き髪だ)
本日もお嬢様は絶好調。窓から差し込む朝日を浴びて、ドリルのような巻き髪は金色に煌めいている。
マティルダは絶世の美女ならぬ絶世の美少女だ。
その美貌たるや、海外の映画女優やモデルといった、まるでシンデレラ姫のように見目麗しい女性たちが、裸足で逃げ出すほど。
一級の芸術品のように厳か雰囲気を漂わせており、島国育ちのオレには、ともすれば親和性が低く、異世界の住人さながらの近寄り難い存在だ。
(うん。事実、異世界の住人だけど……)
この様子だと、実家に帰り、病気の療養をしているらしい母君もさぞかし美人に違いない。
(玄関に飾られている肖像画も美人だったしな)
御屋敷の顔であるエントランスに、一族の頭首である自分の肖像画を差し置いて、妻のものを飾るあたり、男爵は愛娘家のみならず愛妻家であることが伺える。
美しい妻と娘に恵まれて、男爵は果報者だ。
(早く病気が治るといいな……)
「何度も言ってるけど、その呼び方どうにかならないかな?」
改めてマティルダ美貌を意識したせいで、オレの声が少し上ずる。
こうして、顔を合わせて会話を交わすのは、昨日今日の話じゃないのに、いまだに少し緊張してしまうオレなのだった。
(むしろ、ここは変にどもらなかったことを褒めてやりたい)
「あら、貴方様の本名が知れないのですから、仕方のないのではなくて?」
オレがひとつ間隔を開けて席に着くと、マティルダはすかさず席をずらして距離を詰めてきた。
「だ、だって、その呼び方は、なんというか、その……」
「なんですの?」
秒でパーソナルスペースに踏み込んできた侵略者に気圧され、オレはつい口を滑らせてしまう。
「ま、まるで夫婦間の呼び方みたいじゃないか。事情の知らない人間に誤解を招いてしまうような……」
すると、お嬢は我が意を得たり、といった感じで目を爛々とさせる。
どうやら絶好の攻撃材料を与えてしまったようだ。
「まあ! でしたら、私たちにピッタリですわね。はい、ア・ナ・タ……あーん」
マティルダは自分の皿から金色のスープをひと匙すくうと、上品な所作でオレの口元へ運んでくる。
「いや、あの自分で食べられるんで……」
「んもうっ、いけずですわ!」
仲睦まじいカップルがするそれを、オレが波風が立たないようにやんわりと断ると、マティルダはわざとらしく頬を膨らませる。
積極的に迫るマティルダとそれを袖にするオレ。幾度と繰り返してきたやり取りは、もはや安心感すら覚える日常のひとコマになりつつある。
マティルダとしても、本気で腹に据えかねているわけではなく、そのいたずらな笑みから、一連のお約束を楽しんでいる様子が見え隠れしている。
(あざといなぁ)
マティルダがオレに好意を抱いているのは、誰の目からも明らかだ。
何せ出会ってこのかた、どんな朴念仁にもわかるほど熱烈なアプローチを繰り返し、瞬く間に距離を詰めてきているのだから。
けれど、オレはマティルダの気持ちを知りつつも、正面から応えられずにいる。
追い掛けられれば逃げたくなるのが人間心理。なんて冗談はさておき……本来、人に好意を寄せられるのは、たいへんに喜ばしいことだ。しかも、それが目を見張るような美少女なのだから、心を踊らせるのが男子というもの。
ただ、相手が美少女だから、自分に好意を抱いてくれているから、イコール好きという図式は短絡的というか、節操なしというか、どうも違うと思うのだ。
恋を病に例える話があるけど、熱病に侵されている女子に付け入り、関係を持つのは不誠実な気がしてならない。
(きっかけでもあれば、また話も違ってくるんだろうけど……)
恋に夢見がちな乙女が、馬車が襲撃された一件で、ピンチに駆け付けたオレに運命を感じてくれているように、人を好きになるには何かしらきっかけか、もしくは想いを育む十分な時間が必要だ。
(我ながら、めんどくさい男子だな……)
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
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