ep.19 御屋敷暮らし~VS朝の身支度ネコミミメイドさん
平和な日常回です
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
5月10日ヘリィオースの曜日。
近況。屋敷の暮らし。
この世界で目覚めてから、早くも2週間が過ぎようとしていた。
人間は7日で環境に適応するという説があるらしい。十数日ともなると言わずもがな。この生活にもずいぶん慣れ、少々飽きを感じ始めている。
町に到着して早々に、男爵は役所にオレの行方不明者届が出ていないか掛け合ってくれたが、いまだに吉報は届かない。
行く宛てのないオレは、郊外の小丘にある男爵の屋敷で、客人として住まわせてもらっている。衣食住完備された暮らしは、あまりに好待遇だ。具体的に記すと――。
そこで部屋の扉が規則的にノックされる。
「はーい! どうぞ!」
オレは来訪者を迎えるため、医師の進めにより、記憶喪失治療の一環として付けている日記帳を閉じた。
「おはようございます。よくお休みになられましたか?」
「おはようがざいます。おかげさまで、それはもうぐっすりと」
広々とした客室で、朝一番に定型文の挨拶を交わすのは、この屋敷で働くメイド。
毎日、決まった時間に、それも油断しているとベッドのところまで起こしに来る生真面目さんだ。
彼女に悪気はないとはいえ、寝起きの姿を見られるのは青少年として精神衛生上よろしくない。
身の回りのことは、こちらのメイドさんが専属で世話をしてくれている。
人にかしずかれる経験など皆無の一般庶民にとって、誰かに身を任せる生活など萎縮してしまい、気が休まらずにいた。
しかし、だからといって遠慮して世話を断ったり、雑務を手伝ったりすると露骨に嫌な顔をされた。
こちらの気遣いは、メイドとしての職務を奪うことになり、場合によっては雇用主の男爵に叱られてしまうらしい。
ちなみに、こちらのメイドさんネコミミである。
もう一度言おう――ネコミミである。
獣の特徴を持った人間。アンスロ、ハーフブリード、ウェアナントカ、色々な呼び名があるが、俗に言うところの獣人であり、猫人間という種族らしい。
被り物ではない正真正銘のネコミミが頭に生えている。
この屋敷に初めて招かれて、ケモノミミのメイドさんたちにお出迎えされたときは、度肝を抜かれた。
そして、それと同時に男爵の趣味を疑った。男爵が屋敷で働く使用人一同に、ケモノミミの着用を強制していのだ、と早とちりしてしまったのだが、どうやらそれは濡れ衣のようだった。
(何度見ても驚かされる……本物だぁ……)
獣人が存在するなんて、さすがは異世界。すでに小鬼と大鬼と遭遇しておいて今更ではあるが……。
(魚が好物だったりするのだろうか?……うーん、猫が魚好きという認識は、魚が食卓に並ぶ機会が多い地域特有のものと聞いたような……海外じゃ、普通に肉好きという認識だったり? ライオンみたいにさ)
などと取り留めのないことを考えながら、オレがぼんやりとメイドさんを眺めていると、彼女は面はゆそうにネコミミをピコピコと動かした。
(うむ。実に新鮮なネコミミだ)
ネコミミである。
メイドである。
ネコミミメイドである。
(わぁ……愛らしい…………)
「………………」
(くそぅ! オレにそっちの癖がないのが悔やまれる! いや、確かにカワイイよ? カワイイとは思うけどもっ!)
おそらく、そちらの界隈の方々が、血涙を流して羨むであろうシチュエーションに直面しているのに、オレの食指は動かない。哀しいかな朝夕の海原のように心は凪いで穏やかだ。
オレは記憶を失う前の自分の不勉強を呪った。
(これは、もっと精進する必要がありそうだ……)
「本日のお召し物はこちらになります。お着替えは――」
「もちろん自分でします!」
毎度のことながら、着替えを手伝おうとするネコミミメイドさんを、毎度のことながら速攻で制する。お得意のインターセプトだ。
(…………得意? はて……?)
朝食前だというのに、何かが奥歯に挟まったような……何か大事なことを思い出せそうな気がする。
(んー……気のせいか? まあ、いいや)
いわく、上流階級の人間は使用人を下等と見なし、素肌を晒しても、まったく気にしないらしい。人間が動植物や置物を前にして羞恥心を抱かないように、使用人を自分とは別の世界にカテゴライズしているようだ。
現代の価値観に照らし合わせるとナチュラルに屑な思想で、うっかり公言しようものなら、人権問題として一悶着起こしそうな事案だが、それはあくまで現代の価値観からすればの話だ。
国や時代が異なれば常識も異なるのは至極当然。部外者が他所様の家に土足で上がり込み、自分の尺度で測れないからといって糾弾するのは、身勝手を通り越してナンセンスだ。
だから、郷に入れば郷に従え。ということわざがあるように、本来であればオレも、この世界の基準に合わせるべきだろう。それこそ上流階級の価値基準にアップデートし、使用人を動植物や置物と言わないまでも、医療従事者に肌を晒すくらいの気持ちで着替えさせてもらえばいい。
(そう割り切れば、どんなに楽か……)
医療従事者に肌を晒すのは、健康診断や病に罹っていたりして、必要に迫られて脱ぐわけで、日常的にそうあることじゃない。医者と患者と病院と……いくつもの心理的フィルターを重ねて、診察台に揚がるのだ……まな板の鯉のような気持ちで。
やはり一般庶民のオレが、妙齢の女性に着替えさせられることに対して、抵抗感を拭えないでいるのはどうしたって仕方のないことだ。
「……そうですか。仕方ありませんね」
(――Yeah! 今日もやり過ごせたぞ!)
勝利を確信したオレは、心の中でガッツポーズを決める。勝利のファンファーレを鳴らすなら今だ。
自らの業務を全うしたいメイドVS羞恥心に駆られた青少年。これまでも幾度と切られた対戦カードは、またもネコミミメイドさんが折れるかたちで決着するのだった。
そうしてオレは、メイドさんが退出して扉を閉めるのを見送ると、用意された衣服を確認する。
(今日も昨日に負けず、かなりアレだな……)
貴族が着る衣服というのは、どうしてこうも派手なのか。
まるで自分たちの富を誇示するかのように、豪華な刺繍や宝石などがあしらわれている。
大変に煌びやかで、身に付けていると二重の意味で肩が凝りそうだ。
(普通、こんな見るからに高価そうな服を、他人にホイホイと貸し出すか?)
人の上に立つ人間は、手本となる振る舞いを要求される。屋敷に招いた客人がボロを着た貧民では、主人の品格が疑われる。これは、そうした世間体を見越したネコミミメイドさんの配慮だろうか。
(貴族の生活も楽じゃないんだろうなぁ)
オレは用意された衣服の中から、一等派手で自己主張の激しい服に袖を通す。
ネコミミは好きですか?
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
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