28. 東京湾封鎖戦 (4)
東京でその報を受けた東郷は、会議室の時計を見た。午後零時二十二分。
わずか数分前まで、彼らは湾口規制の時間調整と海上広報文の語尾を議論していた。国家はいつもそうだ。死者が出た瞬間でも、まだ文面と時刻表を扱っている。それが冷たいのではない。文面と時刻表を止めたら、次の死者が増えるからだ。
「公表は」
報道官が訊く。
東郷は即答しなかった。遺族への通知が先だ。だが隠せばすぐ漏れる。
「遺族連絡を最優先。確認後、事実として出す」
「戦死と表現しますか」
その問いに、部屋の空気がわずかに張る。
日本はまだ、対異世界での法的位置づけを完全に定義していない。だから「戦死」という言葉は重い。だが現実として、これはもう戦争だと誰もが感じ始めている。
「公務殉職」
東郷は答えた。
「ただし、文脈で逃げない。海上脅威への対処中に敵対行為を受けた結果であることを明記する」
戦死と書かずに戦争を隠すことも、戦死と断じて法理を飛ばすことも、どちらも危うい。だからいつものように、日本は中間の、しかし実態から逃げない言葉を探す。
真田が低く言う。
「社会の空気が変わりますね」
「ええ」
東郷は短く頷く。
初めての明確な死者は、数字ではなく実感として届く。世論は一段硬くなる。強硬論も、報復論も、抑止強化論も、急に現実味を帯びる。
帝国はそれを狙っていたのかもしれないし、単にこちらの救難を壊す一手だったのかもしれない。どちらでも結果は同じだ。日本社会は、今日を境に少し変わる。
◆
夕方、佐世保港では救助された者たちの選別と治療が続いていた。
医療テント。検疫ライン。簡易翻訳端末。海盟側協力者。泣く子供。黙り込む老人。腕に黒い印を刻まれた男。手首に縄の擦過痕が残る女。彼らの中に、本物の難民がいることはもう疑いようがなかった。
その一方で、偽装した工作員も少数混じっていた。救助直後に逃走を図った者、衣服の縫い目に粉末を隠していた者、身分証代わりの印章が偽造だった者。人道と脅威は、きれいに分離してはいない。
アルシアは臨時収容テントの外で、その光景を見ていた。海盟の言葉で泣き叫ぶ者たち。本当に海盟沿岸の村から来た者もいる。だが帝国や黒灰会が紛れ込ませた者もいる。海盟自身が、その境界を完全には守れていない現実が、彼女の肩へ重く乗る。
「これが帝国のやり方です」
彼女は東郷に言った。
「困った者と、悪い者を混ぜる。そうすれば、助ける側はどちらにも傷つく」
東郷はテント群を見つめたまま答えた。
「こちらも、きれいに分けられると思っていたわけではありません」
「でも、少しは思っていた」
その言葉に、彼は否定しなかった。
日本人は制度を信じる。線を引き、ルールを置き、確認し、手順で切り分ける。その癖は強さでもあるが、時に“切り分けられる”という期待を抱きすぎる。帝国はそこを汚してくる。
アルシアはふいに問う。
「今日、死んだ者の家へ、何を言う」
東郷は少しだけ息を止めた。
「事実を言います」
「十分?」
「十分ではないでしょう」
「それでも?」
「それでもです」
アルシアは彼の横顔を見た。東郷真尋は、英雄には見えない。剣も持たず、艦も率いず、前線で人を引き上げもしていない。だがこういう種類の人間が国家を支えているのだと、彼女は少しずつ理解し始めていた。死者の後に、事実を並べ、言葉を選び、国家が壊れないようにする人間。
「大変な国」
彼女はぽつりと言う。
「あなたたちの国は」
東郷は苦笑した。
「そちらに言われると複雑ですね」
アルシアも少しだけ笑ったが、すぐに真顔へ戻る。
「でも、まだ港の門を閉じていない」
彼女はテントの列を見る。
「それは、覚えておく」
◆
帝国側では、西方海域での“半成功”が報告されていた。
潮喰い一体の誘導、工作船二隻の接近、難民偽装の混入、救難体系の攪乱、そして日本側死者。完全勝利ではない。港は落ちていない。海路もまだ生きている。だが、目的の一部は達した。
ソフィア・レンヴァルトは報告を読み、表情を変えなかった。
「東海鋼国は、やはり見捨てなかった」
彼女は言う。
「ええ」
セルディンが答える。
「しかも、完全には飲み込まれませんでした。線を引きつつ助けた」
「厄介ですね」
「厄介です。だが、人道を守れるほど強く、同時にそこに悩むほど律儀でもある」
ユリウスが鼻を鳴らす。
「海獣と工作船で勝てるなら苦労せん」
「勝つ必要はありません」
ソフィアは静かに返した。
「まず、何を切り捨てられない国かを確かめればよい」
彼女は窓の外、曇る辺境の空を見た。日本は強い。だがその強さは、無差別な残酷さではない。だからこそ、押すべき場所がある。
「次は?」
セルディンが問う。
ソフィアは迷わなかった。
「もう少し大きな港を揺らす」
東京湾。
その名を口にしたわけではない。だが室内の何人かは、同じ場所を思い描いた。
首都を飢えさせる必要はない。ただ、首都圏が海の向こうを“遠い戦場”ではなく“自分の不便”として感じればいい。大国は、生活が揺れた時に初めて本気になる。そして本気になる時、しばしば判断を誤る。
◆
その夜、日本では、公務殉職した海上保安官の名前が公表された。ニュース速報、顔写真、簡潔な経歴。SNSは一気に硬くなり、祈りと怒りと報復を求める声が混ざる。小早川は昼に切った映像構成を最後まで変えなかった。今日の海では、本物の難民も工作員も同じ波に沈んでいた。雑な単純化は、次の判断を雑にするだけだと、彼女はもう知っていた。
◆
深夜、榊原遼はようやく一人になった執務室で、戦闘経過報告書の末尾に目を落としていた。
救助者数。行方不明者数。工作船無力化数。竜騎撃墜数。海獣誘導失敗・成功。港湾規制時間。損傷。死者一。
死者一。
数字にすると、あまりにも軽い。だが数字の軽さが、死の軽さを意味するわけではない。むしろ逆だ。一という数字は、誰か一人の生活全部の重さを圧縮してしまう。
机の上には、今日救助された海盟の子供が握って離さなかった濡れた木片が置かれていた。通訳によれば、家族の船の一部らしい。榊原はそれをしばらく見つめた。
同じ海で、一人は死に、一人は助かる。その差を選び取るのが自分たちの仕事だ。だが選びきれるわけではない。足りない時間、足りない船、足りない判断。その不足の先で、人は死ぬ。
窓の外、港の照明はまだ消えない。修理中の船、警戒中の艦、医療テント、臨時の検疫ライン。会談で結ばれた紙の線は今日、海の上で試された。切れなかった。だが摩耗した。
榊原は報告書に最後の一文を書いた。
敵は港を沈めようとしているのではない。港を港でなくそうとしている。
書き終えた後、彼はしばらくペンを置いたまま動かなかった。東京湾も西方海域も、もう平時の海ではない。帝国は港を一撃で沈めるのでなく、次の一便をためらわせる形で封鎖を始めている。戦争は、日本の生活へその名前で入り込んだ。
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