激突3
「キミも取引に乗ったの? だったら来るの遅いんだけど」
「取引なんて知らないわよ。うるさくて読書に集中できないから静かにして欲しいって言いに来ただけ」
「読書ってあの辞書? どんだけ暇人なのよ」
「んなワケないでしょ! 武器になりそうな物が無かったから仕方なく使っただけ」
ネズミと口論をはじめる羽月。
「間野……さん?」
「もう佐伯くんってば、羽月って呼んでって言ったでしょ?」
あの日の夜の続きのような態度の羽月。
「ほら、来るわよ! 戦おうなんて考えちゃ駄目よ。あたしもキミも力を封じられているんだから……」
「貴女に言われなくてもそうしますよ。万全でもヤバイ相手なのに」
「佐伯走矢。キミもわかっていると思うけど、あの蛇女の目を見ちゃ駄目だぞ。神話どおり石にされちゃうから」
「あの、ネズミさんってもしかして……」
「ああ、キミの通う高校の元保険医だよ。キミとはあんまり面識無かったね」
このネズミは元保険医、来島 紗由理が操る土人形らしい。
間野羽月と来島紗由理。
この2人、実はぬらりひょんこと早川 由利歌と取引をしており、この事態を想定していた由利歌は走矢を守る代わりに罰則の軽減を約束していた。
メデューサの頭部から分離した蛇達が迫る。
ソレを迎撃しながら逃走をはかる羽月。
「まずいな、このままじゃ追いつかれる……。せめて翼が出せれば……」
「チョットやってみる」
そう言ってネズミが羽月の背中にしがみつくと、コウモリの翼に姿を変える。
「なんかサイズ小さくない? 左右非対称な気もするし……」
「しょうがないでしょ! 土粘土の量が足りないんだから! あと、左右非対称は気のせい! 絶対に気のせい!!」
ハイハイわかった、と受け流す羽月が翼を羽ばたかせその身体を宙に浮かせる。
「しっかりつかまっててね。荒っぽくなるから」
羽月達の話によるとあのメデューサとドッペルゲンガーは、『黒幕』との『協定』の条件に合意しなかったため学校内に入れず、街に潜伏していた妖だという。
由利歌はそういった連中が学校の外で走矢がかくまわれるのを待っており、網を貼っている可能性を考えていた。
人妖機関はその有力候補だとも。
「コレはあたしの考えだけどあのドッペルゲンガー、入れ替わったのは昨日今日じゃないと思うんだ。黒幕との協定を拒んだ時から、とかだいぶ前から潜んでたんだろうね。かくまわれたその日に仕掛けてくるなんて、簡単な話じゃないから」
羽月の翼にネズミの顔を浮かべて仮設を述べる紗由理。
「一応、ぬらりひょんには連絡しといたけど、果たして間に合うのか……」
「あのぬらりひょんがここにかくまうのを否定的だったのは、外から攻めづらいって言うのはいざ中に入られてしまうと、外に逃げづらいって事でもあるのよね。私達みたいな者の脱走防止のために色々と対策されているから」
「お昼前に仕掛けてきたのも人妖機関のスケジュールをよく分析してるんだよね。出払っている人達もその頃にいったん戻るからさぁ、その前にやっちゃおう、って感じ」
そうこうしているうちに見えてくるエレベーター。
「で、上と下、どっちに逃げる?」
尋ねる羽月。
「普通は下でしょ」
「でも、今なら飛べるじゃない」
「この作り物の翼がヤラれたらお終いじゃない! 自分から袋小路に逃げ込むようなもんだよ?!」
紗由理が言い終わるタイミングで後方からもの凄い音がする。
「なに? 今の?!」
「……、たぶんアイツら、床に穴を開けて下に向かったんだと思う」
下の階から響く轟音をバックに紗由理が力無く解説する。
「上に行くしかないわね」
そう言って羽月はエレベータの屋上のボタンを押す。
人妖機関の施設は7階建てのビルで、走矢の部屋は5階にあった。
8階にあたる屋上に出ると人の気配は無く、一同は取り敢えず胸をなでおろす。
「のんびりしてられないよ。あたし達が上に逃げたのはエレベータの表示でわかっているはずだから、すぐに追っかけてくるよ!」
相づちを打って走矢を抱っこするようにして屋上の柵に向かって走り出す羽月。
翼を広げて飛び立ち柵を越えたとき、真下の地面でこちらを見ているメデューサの姿があった。
「アイツを見ちゃだめ!」
「わかってるわよ……?!」
紗由理のアドバイスを受け流し、そのまま無視して飛び去ろうとした羽月だったが、メデューサが頭の蛇達を発射してきた事に驚愕する。
「しまった、翼が!」
回避をこころみたものの、何匹かを翼に食らい、飛行能力を失う。
最期の力で屋上に戻ろうとするが届かず、羽月が辛うじて屋上の柵を掴むにとどまった。
もう片方の手に走矢を掴んで。
羽月は力を振り絞り、走矢を柵の内側に投げ入れる。
と、同時に羽月の真横の柵に蛇が絡みつく。
「逃げて!」
何が起こっているのか理解した羽月が叫ぶ。
メデューサが頭の蛇を屋上まで伸ばし、自身を引っ張り上げさせたのだ。
「手間をかけさせてくれたな」
屋上に下り立ったメデューサは表情こそ冷静だが、その口調には苛立ちが込められていた。
「早くエレベータに戻って!」
メデューサを追って屋上に着地した羽月。
叫びながら走矢を一瞥して息をのむ。
エレベータの方向にはナイフの切っ先を走矢に向けた三原かな子が立っていたのだ。
「走矢くん、ここは危険よ。脱出するからついてきて……」
ニタリと笑いながら連れ出そうとした時のセリフを再現する。
その時、突然現れた猫がかな子のナイフを持つ手に噛みつき、落としたナイフを口にくわえて彼女の腹部に突進する。
「ぐ?! この腐れ魔女が!!」
ナイフの傷口は浅かったようで、かな子は猫を引き剥がすとキックを食らわせる。
猫はバラバラに砕け、その内側が空洞だった事がうかがえた。
「やっぱり土粘土のの量が足りなすぎたかぁ……」
猫の破片の一部が羽虫になって、走矢の耳元でボヤく。
しかし、かな子も無傷では無い。
浅いとはいえ腹部からは出血し、両手で押さえている状態だ。
意を決してかな子に全力でショルダータックルを食らわせる。
「「えっ?!」」
走矢とかな子が同時に驚く。
走矢のタックルは思いもよらない威力を発揮し、かな子を屋上の鉄柵ごとふっ飛ばし、地上に叩きつけた。
「あのお母さんの力ね。今よ、エレベータに……?!」
横目で一部始終を見ていた羽月が指示を出そうとするが、メデューサに掴まれて走矢に向かって投げられる。
「うわぁっ?!」
驚きの声をあげる走矢に重なる様に倒れる羽月。
「まったく、こんな小僧の足止めも出来ないなんて」
早足で近づいてくるメデューサ。
しかし、
「今だ!」
羽虫がそう叫ぶと、メデューサの足元から火柱があがる、
7階まで移動していた紗由理がありったけの力を込めた攻撃魔法で撃ち抜いたのだ。
「雑魚どもが……。次から次へとイラつかせる!」
大ダメージを与える事はできたが倒すにはいたらず、メデューサは怒りの形相で立ち上がる。
「くそ!」
ファイティングポーズをとる走矢。
「バカ! そんな付け焼き刃で対抗できる相手じゃないの。逃げるのよ!」
羽月は背中で走矢を押しのけ、メデューサの前に立ちふさがる。
その時、無数の炎の矢が上空からメデューサに降り注ぐ。
「この妖術は……」
羽月が上空に視線を向けると、そこには真紅の翼を広げた村瀬火織がいた。




