第52話 貴方のいる世界
遠くから聞こえる鳥の囀りと、日差しの眩しさに私はゆっくりと目を開いた。あまりの眩しさに何度か瞬きを繰り返して、どこにいるのか周りを見渡す。
カーテンから差し込む日差しが眩しくて、目が眩んだ。未だ曖昧模糊な意識だったが、それでも自分の置かれた状況を思い出す。
「ん……」
ふかふかのベッドの上が心地よくて微睡の中、何度か瞬きを繰り返す。不意に自分の髪の色が黒いことに気づいた。
(あれ、どうして──痛っ)
寝返りを打とうとして、体が殆ど動かないことに驚いた。下界に降りて、目を覚ました時よりも体にガタがきている。
いや眠り続けていたせいで体が、硬くなってしまっただけなのかもしれない。少し寒い。いつもならすぐ傍に、温もりがあったはずなのに。
刹那、眠気が一気に吹き飛んだ。
(ダリウス!?)
周囲を見回してもダリウスの姿がなかった。
そのことが無性に不安を掻き立てる。自分がどれだけ眠っていたのか分からない。夢の中で父様は「かなり時間が経っている」と言っていたが、龍神族の時間の感覚は人間とは異なる。
(五十年ぐらい経っていたらどうしよう)
ずっと眠り続けたせいで、ダリウスに愛想を尽かされていたとしたら──。考えたくもないが、不安が募る。
夢の中でダリウスが何度も名前を呼んで、キスをしてくれた。あれは──夢だったのかもしれない。あまりにも都合がよすぎる。私は全てを中途半端にして、ダリウスに押し付けてしまったのだから。
ふと、自分が新品のガウンを着ていることに気づいた。少しだけ胸元がはだけて、「刻龍印」が刻まれていることに安堵する。
「ダリウス?」
もう一度、私は彼の名を呼ぶ。
今までダリウスと離れ離れで過ごしたことは殆どない。いつだって私が目を覚ますと、目の届くところに彼が居たのだ。
それだけで独りじゃないと安心できた。けれど、この部屋には彼がいない。徹夜で仕事をしているのではないか。魔物の襲撃によって結界も砕かれて、寝る暇もないのかもしれない──そう自分に言い聞かせる。
「痛っ」
体を起こすと関節が軋み、体が悲鳴を上げた。喉もカラカラだったが、私はゆっくりと起き上がる。
私はダリウスにちゃんと気持ちを伝えていない。
彼を助けるためとはいえ、「刻龍印」を結んだことも、窮地に立たされたからじゃないと言いたかった。意識を手放してからダリウスに全て押し付けた。刀夜との決着も、魔物との戦いも──。
龍神族である誇りよりも、愛おしい人を選んだのだ。もしかしたらダリウスはそのことで怒って、傍に居ないのかもしれない。
烙印を押し付けて、戦いの後始末まで任せる傲慢な女だと思われていたら──。
でも事実だ。
大事な時に、戦わないで何が龍神族だ。
涙がぽろぽろと零れ落ちる。どうにか涙をせき止めようとしたが、私の気持ちとは裏腹に涙は止まらなかった。
思い出すのは、ダリウスの低くて優しい声。
肌に頬が触れる感触はくすぐったくって、抱きしめられた温もりは心地よくて──。彼の長い髪を乾かすのも、梳くのも好きだ。武骨で大きな手で頬に触れられるのは、安心する。
好きだ。ダリウスに会いたい。
もう一度、彼の温もりを感じたくて──私は自分の体に鞭を打ってベッドから立ち上がろうとして、失敗した。
思い切り、転んだ私は床に倒れてしまう。予想以上に足腰の筋肉が落ちているようだ。長期間のリハビリが必要かもしれない。
(ダリウスが傍に居るなら、苦にならない……のに……)
この時、私は魔法を使うという手があったが、頭が回っていなかった。のろのろと、壁に寄りかかりながら寝室を出ると、部屋を出る。
部屋を出るまでに三十分はかかっただろう。けれど少しずつ体の感覚が戻ってきた。もしかしたら、一度に龍神族の力をダリウスに明け渡したせいで、私の肉体が今の状態に馴染んでいなかったのかもしれない。少しだけホッとするが、依然として廊下には誰もいない。執務室に行くには、階段を下りる必要がある。ここが西の塔の最上階でないことを祈るばかりだ。
ゆっくり一歩一歩、階段を下りていく。
それからどのぐらい経っただろうか。上の方で声が聞こえた。
(誰だろう。見回りの兵士たちだったら、ダリウスの居場所を聞くにはちょうどいいかも)
そう思って耳を澄ますと──。
「ユヅキ!!」
堅牢な城砦が揺らぐような怒号に、私は両肩を震わせた。
この声は間違いなく彼だ。
私は心音が高鳴りながら、彼の名を呼ぼうと口を開く。けれど、喉がカラカラで大きな声が出ない。
「──っあ」
「ユヅキ! どこだ!?」
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最終話まであと少しです。
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