第53話 溢れる想い
「ダリウス」と絞り出すような声は、彼にはきっと届かない。
けれどダリウスが私の名を呼んでくれた。単純かもしれないけれど、それだけで私は嬉しくて元来た道を戻ろうと振り返る。
「あ」
浮かれた気持ちに対して、体はそこまで回復してはいなかった。足がもたつき、私は階段から足を踏み外す。体がふわりと浮いて私は重力に従って落ちる。
ふと落ちかけた瞬間、彼の顔が見えた気がした。
「……ダリウス」
手を伸ばす。
もしかしたら彼が──助けに来てくれるかもしれない。そんな都合のいい奇跡は起こらないのに。指先は空を掴んだ。
***
痛みを覚悟して目を閉じた。
けれど、いつまで経っても痛みはやってこない。恐る恐る目を開けると──。
その場所に突如現れたかのように、彼は私を抱き上げていた。
真っ黒な髪は前髪の一房だけで、それ以外は真っ白だ。それでも、彼が誰か分かる。白いシャツに深緑色のズボンというラフな格好で、僅かに髪が濡れていた。何日もろくに寝ていなかったのか、目の隈が目立った。
その姿に息が止まりそうになる。
「ユヅキ」
彼はうっすらと口を開き、体の──筋肉が緩むのがわかった。彼の温もりに、私は気づけば泣いていた。
ボロボロと涙が止まらない。
ダリウスに会ったらたくさん話したいことがあったというのに、声にならない。彼はあやすように優しく私の背中をさすってくれた。
「ダリウス……」
「ユヅキ。俺を恨んでもいい──けれど、何も言わずに逃げないでくれ」
「ちが……」
胸が軋むように痛い。けれど悲しそうに微笑むダリウスの言葉に、私は言葉を紡ぐ。
「違う……の。目が……覚めたら、ダリウスが……いなくて」
「…………っ」
「怖くて……。私が勝手に──押し付けて……ごめんなさい。ダリウス……助ける方法が、他に何も思い浮かばなくて」
「いいんだ。それに俺はお前が望んだからこそ生きている」
ダリウスは私を力強く抱きしめる。けれど押し潰さないように加減してくれていた。彼は私をあやしながら、階段を上がって寝室へと戻る。私が三十分以上かかった道はものの数分で辿り着いた。
壊れ物を扱うように、私をそっとベッドに降ろす。そして騎士のように膝を着いて、私に怪我がないか確認した。以前よりも過保護になっている気がするのは、気のせいだろうか。
「だ、ダリウス。大丈夫よ?」
「お前の大丈夫は全く信用できない。さらに言うとお前を一人にすることが、どれほど危険なのかも身をもって知ったところだ」
ダリウスは冷静を保っているように見えたが、それでも寝不足で疲れてもいるだろう。声が震えているし、彼自身が今にも崩れ落ちそうなほど、弱々しく見える。
今の私に出来ることは少ない。
「ユヅキ?」
彼の頬に手を当てた。少しでも安心してもらいたくて、そっと彼の唇に触れる。
ついばむような口づけ。
ダリウスが息を飲むのが分かった。
「あの時、ちゃんと言えなかったから。──愛しているわ、ダリウス」
「…………………」
ダリウスの反応がない。
固まっていた。私は小首を傾げた。疲れ過ぎているのかもしれない。
「横になってみては?」と提案しようかと思ったのだが──。
「ユヅキ」
「ん? ──んっ」
ダリウスから口付け。それも触れるようなキスではなく、噛みつくような激しいものだった。前よりも情熱的で激しく濃厚なキスに私は思考が追い付かない。けれどあの時と違うのは、キスに応えるように、ダリウスの背中に手を回す。
ようやく唇が離れると、追い打ちをかけるように、ダリウスが口を開いた。
「ユヅキ、愛している」
耳元で囁く声に、心臓が持たない気がした。自分だけドギマギするのが悔しくて、私も負けじと唇を動かす。
「私も……ダリウスが大好きよ」
頬、唇、首筋にキスをしていき、ダリウスは私の顔をじっと見つめた。
「出来るだけ早く式をあげるよう」
「は、はい!?」
「これから先、一時たりともお前から目を離すものか。少しでも離れるとろくなことにならない。わかるか、さっきだってお前がベッドに居ないで肝を冷やしたんだぞ」
「あれは──ダリウスを探して」
「ああ。それでも心臓に悪い」
「ダリウス」
「……だから、ずっと俺の傍らにいてくれ」
まっすぐに熱のこもった眼差しに、私は小さく頷こうとして頭を振った。でも不安ごとがある。だから私はそれを一つ一つ言葉にしていく。
お読みいただきありがとうございます(*´ω`*)
毎日更新しておりますが、「楽しい」「続きが気になる!」など思ってもらえれば嬉しいです。
残すところあと2話で完結です!
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
執筆の励みになります٩(ˊᗜˋ*)و





